ママクラ亭
「ママクラさん、お久しぶりです」
「おっレーシャちゃんか、久しぶりだねぇ」
「パースさんがいらっしゃるとお聞きしたのですが」
「あいつなら二階のいつもの席だよ」
「ありがとうございます」
「休みの時には飲みに来てくれよ?」
「はい!もちろんです」
ママクラ亭の気さくな店主のおじ様と挨拶を済ませて階段に上がる。
まだ昼間なので一階にはご飯を食べにきた人達がいるけど二階はすっからかんだ。
その二階の階段のから一番遠い角のテーブルに見慣れた茶髪の男が一人だけ座っている。
「パースさんお久しぶりです」
「お久しぶりです、レーシャさん。お姫様のおつかいということでよろしいですか?」
「はい、レイゼリア様の使いでルルの酢漬けを受け取りに参りました」
合言葉を言って、胸元から一つの指輪を取り出してパースに見せる。
「なるほど…」
「ぜひお掛けになってお待ちください」
「ありがとうございます」
向かいの席に座り、パースの視線を受ける。
パースなら私がレーシャじゃないことに気付いただろう。
「まずはこちらを…ルルの酢漬けです」
鞄から瓶を取り出してこちらに差し出してくる。
それを受け取り、小さなポシェットにしまう。
「南への旅はどうでしたか?」
「とても暑かったですよ」
とても暑いということは何かの動きを見せているということだ。
「それは大変でしたね。観光やお土産などは暑さでダメになったりしませんでしたか?」
「それはもう大変でしたよ。遺跡は暑いし、食べ物も痛んでしまって」
遺跡で何か探しているんだろうか。
まさかガンゼツの武器?
南でも魔物が問題になっているんだろうか。
「それは災難でしたね」
階段から誰か上がってくる。
私もパースも口を閉じる。
「レーシャちゃん、これ今考えてる新作なんだ。若い子の意見も聞きたくてねぇ。金は入らないから食べてくれ。後で感想が欲しいんだ」
なにやら変わった飲み物をママクラさんが運んでくる。
「ありがとうございます。折角なのでいただきますね」
「おうよ。パースはそろそろツケ払わないと追い出すからな?」
「ごめんごめん。今その報酬の話をしてるから誰も上がってこないようにしておいてくれ」
「今度は姫様にどんな変な置物売りつける気だぁーあ?」
「可愛いだろ俺が選ぶ置物。なぁレーシャさん」
「えっと個性的で他にないところがレイゼリア様の気を惹き付けるのかもしれないですね…」
「確かに意味のわからん絵を集める貴族も多いし、貴族の人の美的感覚はわからないなぁ」
とぼとぼとママクラさんが階段を下りていく。
「そういえば忘れるところでしたね。ママクラに感謝です。こちらが今回のお土産です」
そう言って鞄から不気味な置物を取り出す。
人型の竜のような変わった見た目をしている。
「魔物の置物だそうですよ。今回のは可愛い系ではないですが、かっこ良いと思いませんか?」
「これが魔物?、お…レイアルト様に見せたら喜ばれるかもしれないですね」
「南の砂漠に現れると言い伝えられる魔物なんだそうですよ。けど見た人いないとか」
じゃあなんで見た目がわかるのかは聞かないでおいてあげよう。
レーシャに心の中で謝罪しながら、小さなポシェットに置物を突っ込む。
「では私はこれで。しばらく誰も上がってこないようにしておきますから、じっくり酢漬けを味わって下さい」
「はい、ありがとうございます」
パースがそそくさと階段を下りていく。
やっぱり私がレイゼリアだとちゃんと気付いていたようだ。
置物を一旦出して、ルルの酢漬けを取り出し、置物をポシェットに突っ込む。
酢漬けの蓋を取り、中の手紙に目を通す。
南方諸国に軍備増強の動きあり
しかし戦争の準備とは断言出来ず
蘇魔教に注意されたし
各地で魔法生物や精霊の殺害を繰り返している
軍備増強は何処の国も水面下で行っていることだ。
しかしそれが目立つ程となると話は面倒になる。警戒を強める必要があるだろう。
蘇魔教に関してはさっぱり情報がない。
南で動き出した新興宗教ということなんだろうか。
私はローブの隠しポケットに隠しておいた魔法陣を取り出してテーブルに広げ、胸元に隠しておいた指輪を全てつけ直し、魔法陣に魔力を流す。
魔法陣が緑色に光り出し、煙のような魔力が溢れ出して、円を描き始める。
円がどんどん大きくなって中心から手が伸び、円を掴んで這い出てくる。
大きな三角帽子の隙間から見えた顔はやつれているように見える。
テーブルに師匠が降り立つと円が煙のように崩れて消えていく。
そして師匠が私の顔を覗き込んでじろじろと観察する。
「あなた…レイゼリア?」
見た目がレーシャなのを失念していた。
「はい師匠。今はお忍びなのでレーシャに変身しています。今なら人目につきにくいと思い、魔法陣を使ったのですが、直接お会いできるとは思いませんでした。お元気そうで何よりです」
「ええ、ありがとう。それでね、大事な話があるのよ」
どうやらやつれて見えたのは勘違いとか、私の見た目がレーシャだったから怪しんでいたというわけではないみたいだ。
「お聞かせください師匠」
私は気を引き締めなおして返事をした。




