悪魔の笑い声
「グルルアアアアアアアアアアッ!!」
雄叫びと共に、エリンさんが突っ込んでくる。
鉄塊達を一度消して、盾にして出し、迎え撃とうと刀を構えなおそうとするけど身体が動かない。
無数の棘が私を囲い、刺さって、溶けて消え、身体中に空いた穴から血が滴る。
熱を感じた後に徐々にズキズキと痛み出す。
沸き上がる感情を抑えて周囲を見ると、空を切るエリンさんが目前に迫る。
棘が消えて動けるようになり、右に跳んで鋭い爪をなんとか避ける。
冷静になれ。私に触れて魔法が解けたからそんなに深くは刺さってないはずだ。
今まで幾度も私を守ってくれた勇者の青いケープに初めて傷がついた。
「エリン!後でちゃんと直してもらうから!」
自然と言葉が出た。
立ち止まるのは危険と思い、エリンさんに即座に斬り込める距離を保ちつつ、周囲を走り回る。
油断するとまた黒い棘にやられてしまう。
右手を上に掲げたかと思うと、無数の枝分かれする閃光の後に轟音が響く。
何かを身体にぶつけられたような感覚が走るけど、身体を焼かれるようなことはなく、無防備に右手を掲げて隙だらけの脇腹を一文字になぎ払う。
しかしすぐに刀傷が黒い糸が伸びて塞がり、脇から何かが飛び出してくる。
あまりの早さに反応出来ず、首を殴られたのか呼吸が止まる。
「っ!ぐっ!」
殴られたのではなく、絞め上げられ、そのまま身体を持ち上げられながら更に首が絞まる。
刀を放して必死にエリンさんの腕を掴む。
口角を吊り上げながら不気味に微笑みながら尚も絞めつける。
盾で何度も肘や頭を殴りつける。なかなか放してくれない。
視界が真っ暗になっていく。
まずい。
「グギャアイアアアッ!」
「っ!……ぐうっ!っ!はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
突然ぶん投げられて地面を転がる。
すぐに身体を起こしてエリンさんを見ると、何やら手首の辺りから煙が出ているように見える。
痛むのか、唸り声を出しながら私を睨みつける。
まずいと思い駆け出すと、無数の黒い棘が追いかけてくる。
走りながら盾を四つに分裂させて、エリンさんに向けて放つ。
もっと速度を上げられないんだろうか。
だけど握っている刀にすら魔力を込められないのに触れずに宙に浮いている盾に魔力を込めるなんて夢のまた夢だ。
寒気がする。汗が乾いたのか血が乾いたのか毒でもあったんだろうか。
武器の材料には血や髪の毛が使われているかもしれないという言葉を思い出す。
あまり血を流しすぎると魔力が早く尽きてしまうかもしれない。
黒い棘に代わり無数の炎の球が現れ、宙に浮かぶ。
考え事に夢中になっている間も四つの鉄塊が自然とエリンさんに突撃と離脱を繰り返す。
いつもはすぐに頭が痛くなるのにどうしてだろう。
炎の球を避けながらエリンさんに近づき、炎の球の影から飛び出して、頭上から刃を振り下ろす。
四つの鉄塊と炎の球で完全に不意を突かれたのか左の角に刃が届く。
チイーンという音と共に左の角が斬り落とされて床に転がり、エリンさんが腕を振って暴れ、鋭い爪が左腕を掠めて血が滲む。
私に気づいて今にも叫び出しそうな顔を咄嗟に真っ二つにし、斬り返しで左の太ももを斬り、更に一文字に腹を斬って、胸を一突きした後に盾を叩きつけて後ろに下がる。
エリンさんが床に手を突き唸りながら立ち上がる。
角以外はすぐに黒い糸に紡がれ元に戻る。
何か違和感を感じ足元を見ると、煤けて乾いていた床がまた濡れている。
私の血ではない。エリンさんの周りも黒い水で濡れている。
エリンさんが飛び上がると無数の炎の球達が降ってきて床に落ち、そこらじゅうから火の手が上がり、炎に包まれる。
魔法で出来た炎なら焼かれることはないはずだ。
エリンさんを引きずり落とすために鉄塊達を飛ばして後を追う。
しかしすぐに呼び戻して盾の上に乗る。
炎で焼けることはない。しかし熱を防ぐことは出来ず、熱くて呼吸もしにくい。
「グギャギャギャギャギャ!」
盾の上で苦しむ私をエリンさんが嘲笑う。
見た目は竜よりでも中身は悪魔よりのようだ。
足に魔力をたくさん回して、盾からエリンさんを目掛けて全力で飛ぶ。
余裕の表情で避けられるけど流石にそんなことは想定内で、盾を垂直に出して着地し、エリンさんの背後に向けて飛ぶ。
しかしそれも簡単に避けられてしまう。
空を飛んで逃げているということはエリンさんも炎は効くはず。もしかしたら落とせば炎を消すかもしれない。
更に盾を足場を飛び上がる。
エリンさんを炎に叩き落とすまで何度でも盾を足場に飛び回る。
当たらない。
今までは斬られたところで再生してなんともないから避ける必要も無かった?
盾を四つに分裂させて、右に上に左に下に、縦横無尽に飛び回る。
手のひらと足の裏が熱い。汗で滑らないか不安になる。
でも刀を握る両手も、裸足で鉄塊を踏む両足も滑るどころか調子がいいような気がする。
鉄塊から鉄塊へ、次に移る度に速度が上がる。
刀を握っている感覚が無くなって、両手と刀が一つになって一繋ぎの延長線上にあるような気がしてくる。
刃が徐々にエリンさんに届き始める。




