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手加減

 魔物になったエリンが怒りを露に私を睨み付け、左手で引っ掻いてくる。


「そんな角はエリンさんにはいらないはずです!」


 刀で左手を受け止め、お腹に盾を叩きつける。


「クソガキがぁ!ちょっとユウキに似てるからってよぉ優しくしてあげたら調子に乗りやがってぇ!」

「優しくされた覚えはないですが!」


 お互いに埒が明かないと思ったのか、距離を取って後方に下がる。

 突然身体が動かなくなり、宙吊りのような感覚になる。

 無数の棘が音もなく現れ、身体がまた絡めとられる。


「ああ…滅茶苦茶滅茶苦茶滅茶苦茶滅茶苦茶滅茶苦茶滅茶苦茶…」


 追撃にくるかと思いきや突然頭を抱えて滅茶苦茶を連呼し出す。

 棘は器用に私の素肌に触れないようになっている。

 触れたら魔法が解けるのかもと思い、鉄塊達を棘の根元にぶつけると、溶けて水に戻る。

 滅茶苦茶と呟き続けるエリンの斬り落とした右角が妖しく光り、切断面から緑色の歪な角が生えていく。

 更に魔物に近づいてしまっているのかもと思い、即座に角を狙う。


「滅茶苦茶滅茶苦茶めちゃ…………げ……て…」

「え?」

「逃げてっ!!」

「エリンさん!」


 突然生えた緑色の歪な角から波のようなものが発せられ、一瞬で広がっていく。

 咄嗟に盾を正面に出すけど意味はなく、盾も私も一瞬で飲み込まれる。

 熱い。全身が焼かれるみたいに熱い。肌がヒリヒリと痛んで、目を開けていられない。

 渇いて張りつく目蓋をぎゅっと力任せに閉じる。

 刀を消して、両腕で顔を塞ぐ。

 手袋が無くなって両手も焼かれるように痛み出し、ブーツも無くなって足がヒリヒリと痛み出す。

 しゃがみ込んで勇者の青いケープに手足をしまい、盾の影に隠れて必死に耐える。

 熱い。頭が締めつけられ、胸が苦しい。

 生存本能なのか、無意識に止めていた呼吸が苦しくなってきたところで波が止み、乾いた風が吹く。


「っ、はぁ、はぁ、はぁ、エリン…さん?」


 焦土のような火山のような光景が広がる。

 鉄格子は塵と消え、火の粉が舞い、水溜まりは干上がり、床は煤けて煙が上がる。

 エリンさんの姿は見当たらない。

 手袋とブーツは燃え尽き、アリシアさんがくれたせっかくくれたお小遣いも消えてしまった。

 我慢せずにいろんなものを食べておけばよかったかな。

 無事なのは叫び声対策に気休めに深くフードを被っていた頭とケープに被われた胴体で、手足は火傷のようにヒリヒリと痛む。

 突然宙を舞い、遅れて衝撃と痛みが全身に走る。

 一瞬視界に見切れたのは足を上げるエリンさんの姿だった。

 床に落ちる前に更に蹴飛ばされ、別方向に飛んでいく。

 飛びそうな意識を必死に鉄塊達を出して追従させて取り留めて追撃を防ぎ、地面に転がる。

 立ち上がり、刀を脇構えに、左肩の辺りに盾が浮かぶ。


「エリンさん、本当に手加減してくれていたんですね……ごめんなさい…」


 全身が軋むように痛い。

 お腹を最初に蹴り上げられたのか、特に痛む。

 全く動きが見えなかった。


「グルルルルルルルルルルル……」


 蝙蝠のような羽をゆっくりと上下させながらこちらをじっと睨み、喉を鳴らすエリンさんからはもう言葉が返ってくることはなかった。

 頭全部は魔力の無駄だ。

 目と耳だけに魔力を回すんだ。

 そう自分自身に言い聞かせ集中し、身体全体に魔力を回す。

 髪や爪には必要ないはず、全身の筋肉を強化して、目と耳に魔力を回し、敵を捉えるんだ。

 高速でエリンさんが飛行して突っ込んでくる。

 さっきまでは見えなかった動きが見える。

 刀を八相に構え、敵を捉える。

 突き出される鋭い右の爪をギリギリで避け、右の羽を真っ向斬りで斬り落とし、翻ってすれ違い様に尻尾を斬り飛ばす。

 きっと意識を失った状態で師匠と戦った時と同じだ。記憶に無くても身体がそれを覚えている。

 覚えてないけど勇者達の偽物を倒したのはきっと私自身だ。

 勇者達のおかげで私はエリンさんを助けることができる。


「グルルアアアアアアアアアアッ!!」


 雄叫びと共に斬った右の羽と尻尾が新しく生えてくる。


「エリンさんには角も羽も尻尾も似合わないですよ……生えなくなるまで何回でも斬りますからっ!」


 懐に飛び込み、斬り上げて左手を飛ばし、切り返して胸から脇腹を両断する。

 再生出来なくなるまで攻め続けるしか私には出来ない。

 手のひらと足の裏が熱い。

 魔力が無駄になっていないか不安になる一方でそれでいいと考えている自分もいる。


「ッ――――――――――――――――――ッ!!」


 刀を消して両手で両耳を塞ぐ。

 気休めにフードを深く被っていても耳が千切れて頭が割れそうになるほどの叫び声に、完全に身動きを封じられてしまう。

 閉じてしまいそうになる目蓋を必死に耐えて、エリンを視界に捉え続け、盾を四つに分裂させて飛ばす。

 叫びながら飛び上がり、高速で移動して鉄塊達を振り切ろうとする。

 負けじとエリンを追いかけて、一つを腹に体当たりさせ、更に残りの三つも肩、背、足に体当たりさせて体勢を崩させる。

 くるくると回りながらエリンが床に落ちて転がり、やっと叫び声が収まる。

 血の匂いがして、鼻血が出ていたことに気がつくけど、拭くものもないし、放っておいた。

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