人型の魔物
叫び声が止むと、こちらをじっと睨み続けてくる。
勇者だと思っていたら、突然違う声で喋りだしたものだから驚いたんだろうか。
残念ながらもう一度話しかける勇気は湧いてこない。
けれど、私に触れていられないなら一度大人しくしてもらうしかない。
魔物図鑑に書かれていたことをまた思い出す。
ギリギリ特徴がわかる簡素な絵に見つけたらすぐ逃げろと一言、他の魔物は丁寧なわかりやすい挿絵と詳細な生態、発見場所が書かれていた。
相手の正体が予測通りエリンさんだとしても、手加減は出来ない理由として十分だった。
気休めにフードを深く被り、足に魔力を回す。
水溜まりが飛沫を上げ、自分でも驚く速度で魔物に急接近し、脇構えから斬り上げる。
左脇腹から右胸にかけてぱっくりと容易く斬り裂けたのにもかかわらず、何の反応もない。
更に真横になぎ払うように腹を斬り、即座に距離を取る。
刀傷が黒い糸のようなもので塞がれいく。
これはまずいと思い、即座に同じ場所を狙って脇構えから斬り上げると、今度はがんっという音と共に私の両手が衝撃で痺れる。
刀が掴まれたと気づいた瞬間、一瞬光に包まれた後、バチンという大きな音が響いて私の身体に何かが流れ込んだのを感じる。
刀を消して、距離を取ると、手袋とブーツが真っ黒になって焦げている。
電気を流されたみたいだ。
魔物が口を開け、咄嗟に両耳を塞ぐと、口から音では無く光が漏れ、私に向かって降り注ぎ、盾がそれを防ぐと打ち消しきれないのか、四方八方へ光の筋が伸びていって鉄格子を焼き切り、床には真っ赤に焼けた痕が残る。
当たれば焼け死ぬと本能が叫ぶ。
光が止み盾を避けると、魔物の姿がない。
風切り音がしたかと思うとベチンと右から音が響いて、盾が尻尾の一撃を防いだことに気づく。
尻尾が盾を巻きつくように挟み込み、そのまま盾を振り回そうとし、咄嗟に盾を四つに分裂させて魔物にぶつける。
右手と左手で難なく受け止め、残りは尻尾を振り回して弾き飛ばす。
魔物の両手が塞がれている隙に、逆袈裟、袈裟、一文字、左一文字、そして上段からの真っ向斬りを叩き込む。
強さに反して、手応えを感じない。
首を落とし、胸を貫く。
核のようなものもないみたいだ。
しかし流石に首が離れ、胸を一突きされるのは致命傷だったのか、ゆっくりと倒れて動かなくなる。
これは多分エリンさんじゃない、それどころか魔物だったんだろうか。
見た目と強さに反して硬くなかった。
戦う意思もなかったように思う。
身体は柔らかく、攻撃する時だけ硬くなる。
祠の前に現れた水で出来た偽物に似ている?
本体がどこかに隠れているのかもしれない。
四つの鉄塊に周囲を守らせ、辺りを見渡す。しかし黒い水溜まりがあるだけで他に何もない。
「誰?……うるさいのは……」
どこからか声がする。
「エリンさん!助けにきました!どこにいるんですか?」
「助け?……そう……私を殺しにきたのね……」
「違います!ガンドルヴァルガさんとエリュさんに頼まれてきたんです!覚えていませんか?」
「ガンドルヴァルガ?……メリエのこと?」
「そうです!リーシルもあなたに会いたいはず!」
「そう……けど…もう手遅れなの…」
「そんなことない!」
「こんな姿になってしまったのに?」
水溜まりから、ゆっくりと魔物が姿を表す。
山羊のような角、黄色い瞳、口からはみ出た牙、蝙蝠のような羽、鋭い爪の生えた手足、蜥蜴のような尻尾。
胸の柔らかな膨らみが女性だという認識を生むけれど、エリンだった面影はそれ以外に見当たらない。
「リーシルの呪いを解くことができました。私はきっと勇者ユウキの未練から生まれた精霊。私は残された仲間達を助けるためにきっと生まれてきた」
「そう……じゃあ…助けてよ…もう我慢できない……」
「大丈夫です。私の手を握って…」
盾と刀をしまってゆっくりと歩いていき、手を差し出す。
「あぁ…もう我慢できないのぉおおおおおおお」
叫び出し、右手で思いっきり引っ掻かれる。
咄嗟に腕を引っ込めて後ろに下がる。
「エリン!しっかりして!」
「その綺麗な顔!白い腕!滅茶苦茶にしたくて堪らないのぉ!!」
もうとっくに正気じゃなかったのかもしれない。
それでも必死に耐え続けていたはずだ。
左手の鋭い爪が迫り、刀で受け止める。
「手足を斬り落としてでも…絶対助けるから!」
「黙って私に滅茶苦茶にさせてぇ!!」
盾を左肘に思いきり叩きつけて左手を退かし、そのまま左腕を叩き斬る。
ギギと変な音がしただけで無傷だ。
続け様に左脇腹に突きを放つけど、あまりにも硬くて私の手が痺れ、鉄塊達をぶつけながら私は後方に下がる。
見つけたらすぐ逃げろというだけあって硬い。
魔力を回そうとして一度止める。
いつもジリ貧で体力がギリギリだ。魔力が無駄遣いは出来ない。全解放をいつでも使えるようにしておかないと。
最初の一撃を思い出す。
「必要なところへ、必要な分だけ、自然と流れるように…」
刀を八相に構え、床を蹴って飛び出す。
水溜まりから飛沫を上げて、エリンの懐に飛び込み、突き出される右手を避けて回り込み、刃を振り下ろす。
チイーンという不思議な音が響いて、右の角が水溜まりにバチャンと落ちて転がる。




