檻の中
石板が大きな檻の目の前に着き、石板から降りるとゆっくり上に戻っていく。
それよりも今はエリンさんを探さないと。
鉄格子の幅は大人には無理そうだけど、子供の私は余裕で通れるくらいの幅だ。
上からじゃよくわからなかったけど二重になっているのか、檻の中にまた檻がある。
一応ぐるっと檻の周りを歩いてみる。
物音も特に無く、入口も見当たらず、一周して戻ってくる。
鞄を石板が降りてきていた辺りに置いておき、盾と刀を構えて檻の中に入る。
「エリン…さん、お邪魔します……」
もちろん返事はなく、物音一つしない。
本当にエリンさんがいるんだろうかという不安が過る。
二つ目の鉄格子も身体を横にして難なくすり抜けるけど、私が痩せているだけかもしれない。
ぴちゃっと雫が落ちるような音がする。
中心を目指して歩いていくと、またぴちゃっと音がする。
石造りの床の大きな石と石の間の溝に何かの液体が溜まっている。
薄暗くて、それが何なのかはよくわからない。
更に進んでいくと、ぴちゃっという音が大きくなってきて、足元には黒い水溜まりが出来ている。
そしてその奥に、何か大きな焚き火の跡ような火事の跡のような薪を円錐状に並べたような黒いものがあり、そこから何かが滴り落ちて大きな水溜まりを作っているようだ。
得たいの知れない水溜まりに触れて大丈夫なのか不安はあるけど、ここまで来たらもう腹を括るしかない。
右足を水溜まりに踏み入れ、特に何もないのを確認して左足も踏み入れる。
特にブーツの中が濡れるとかもないからひとまず気にしないで謎の黒い建造物に近づいてく。
薪ではなく、黒い茨か棘か何かに見える。
それが床から円状に斜め上に伸びていて、円錐状になり、その黒い物が重なり合う円錐の頂点に何かがある。
真っ黒くて鋭い爪の生えた長い手足がだらんと垂れ下がり、尻尾と羽も生えているようだけど、力無くぶら下がっている。
胴体はいくつもの黒い物に貫かれ串刺しで、顔はよく見えない。
ぴちゃっと音がする。
垂れ下がった右足から水滴が滴り落ちていく。
どこかで似た絵を見た気がする。
それよりも檻の中には魔物が一匹だけ?
エリンさんはどこに?
消えずにまだ身体があるということは、この魔物はまだ生きているはずだ。
串刺しの魔物からまた雫が落ちる。
終わらせてあげることも優しさなんだろうか。
倒したら次の部屋の入口が現れる可能性もある。
四つの鉄塊を螺旋階段のように出し入れして、魔物の近くに上がっていく。
ようやく見えた顔は、鱗に覆われたような肌で目は閉じていて、高めの鼻筋、閉じられた口からは牙が飛び出し、頭には大きな二本の山羊のような角が生え、悪魔のようにも竜のようにも見える。
蜥蜴のような尻尾と蝙蝠のような羽はどちらかというと竜よりだろうか。
覚悟を決めて、ぐっと刀を握り締める。
黄色い月のような瞳と目が合う。
まさか本当はずっと起きてた?
「えっと……おはよう…ございます……」
「ッ――――――――――――――――――ッ!!」
凄まじい音で頭が割れそうになり、必死に耳を塞ぎながら丸くなる。
盾を壁にしても効果は無く、衝撃波で水溜まりに波紋が出来る。
魔物を貫いていた黒い棘が激しく振動し、パンっと破裂音を出して砕け散るのと共に叫び声が収まって突然静まり返り、盾をゆっくり左に動かして魔物の方を見ると、胴体に無数にあった穴がみるみる塞がっていく。
蝙蝠のような翼を広げ宙に浮かぶ悪魔のようにも柳月のようにも見える人型の魔物。
見つけたらすぐに逃げろとだけ図鑑に書かれていたあいつだ。
そして師匠が言っていたエリンさんの最後の姿、手足が黒くなり、角が生え、牙が生えていた。
これは人が魔物になった存在ということなんだろうか。
穴が完全に無くなると、胸に女性的な膨らみがあるのがわかる。
瞬間、何かが水溜まりが飛び出す。
無数の黒い棘が現れ、身動きが出来ない。
わざと私に怪我をさせないようにしたのか、掠りも刺さりもしていない。
しかし、完全に絡めとられたようで手首すら動かす余裕はない。
ゆっくりと魔物がこちらに歩いてくる。
水溜まりに一歩近づいてくる度に波紋が広がる。
魔物が屈んで私の顔を覗き込んできて、また目と目が合う。
また突然叫び出したりしないか怖くて鼓動が早くなる。
魔物の右手が、そっと私の頬に触れる。
まるで熱いものに触れたみたいにさっと手を引っ込めながらも、何度も私の頬に触れ、悲しげな表情をしている気がする。
リーシルも、恐らくゲルネイヤという魔族の人も私を勇者と見間違えていた。
魔物…エリンさんには、私が勇者に…ユウキに見えているのかもしれない。
私に触れると何か感じているなら、それはまだ元に戻せる可能性があるってことなのではないだろうか。
リーシルの時のように彼女に触れ続けなければならない。
「エリンさん…助けにきました。まずはこの棘をもどしてくれませんか?」
すんと顔が真顔になる。
声が違いすぎて人違いに気づいてしまったんだろうか。
「ッ――――――――――――――――――ッ!!」
衝撃で棘が砕け飛び、私も後ろへ吹っ飛ばされる。
あまりの音に両耳を塞ぎながら水溜まりで踞ることしかできなかった。




