子供部屋
ノートパソコンの画面の向こうでは、相変わらず私が勇者とドワーフの戦士とお姫様の偽物と戦い続けている。
三人称視点のゲームが脳裏に浮かんで消える。
私はどうなっているのか、なぜこの部屋にいるのか。
「みんな…いないの?勇者も……いないの?」
ノートパソコンのファンの音しかしない。
そういえば音がないと思って、キーボードを弄る。
別にミュートにはなってない。音量を上げても変わらないからそもそも音は無いみたいだ。
画面の向こうの私は私よりもずっと強いみたいだし、もうみんな任せてこの部屋にずっといた方がいいのかな。
ベッドに大の字に寝転がると左足に何かぶつかる。
タオルケットにスマホが埋もれてたみたい。
手袋をしたままなのにスマホも反応する。この手袋スマホ対応なのかな。
スマホにもアプリが一つしかない。青い羽のマークの知らないアイコンに一件通知があるみたいだ。
開いてみるとSMSのようで知らない人から
「よく見て覚えるんだ。エリンを助けるんだろ?」
とメッセージが来ている。
勇者から?
じゃあ今戦っているのは勇者なのだろうか。
見て覚えろって言われても…。
身体を起こしてベッドに座り、ノートパソコンの画面を見る。
戦いを見ても何がどうなっているのかなんてさっぱりわからない。
そもそもどうやって水の上に立っているのか。
なぜ鉄塊が自由自在に動かせているのか。
ここが夢なのだとしたらそれを覚えていられるんだろうか。
ふと師匠の顔が浮かぶ。
師匠と戦ったのは勇者?
仮にそうだとしたらここで見たことは忘れてしまうんじゃ?
映像では私が刀で勇者を何度も斬っているけど水で出来た身体には効果が無い。
試しにスマホでメッセージを送ってみる。
「ここはどこ?夢なら見て覚えるなんて出来ない」
ぽしゅっと気の抜けた音で送信され、すぐに返信が返ってくる。
「大丈夫」
「あなたが覚えていなくても」
「身体が覚えてるぜ」
「きっとできるよ」
子供達からだろうか。忘れても身体が覚えてるということはやっぱりここのことは忘れるんだろう。
「盾の使い方もそうなの?」
「うん」
「いつもあなたは考えすぎてる。自然体でいればいい」
「手足とかわんねーよ」
「そー思う」
確かにいつも考えて動かしているけど…。
ノートパソコンの画面の向こうでまた私が勇者を斬っている。
そして斬られた場所がバシャバシャと跳ねて水飛沫を上げている。
斜めに入った刀傷は最初に私が斬った場所だ。
水で出来た勇者の刀が折れて、折れた先から水飛沫を上げる。
水で出来た勇者の身体が水飛沫の勢いを増して二つに分かれる。
その間にも私はタルガを相手に、泉の上で目にも留まらぬ速さで戦っている。
「水の上を何故走れるの?」
「えーとそれは…」
「魔力を弾く性質を利用してるそうだよ」
「だってよ」
「だって」
会ったことはないけれど水の精霊がいるそうだから水に魔力があっても不思議じゃないのかもしれない。
けど私は魔力を出す方法を知らない。
手袋を脱ごうとすると全然脱げない。どんなに引っ張っても噛んで引っ張っても取れない。
練習しようと思ったのに、ぺろんっと音がして通知が届く。
メッセージを開くと、
「今の姿は画面の向こうと繋がっている。足から魔力も出ているかもしれない」
画面の向こうと繋がっている?
だから私も裸足でブーツがどこにもないということだろうか。
膝を抱えて足先を触ってみるけど手袋越しでは特に感じるものはない。
けどなんだか足の裏にたくさん汗をかいてるみたいな感覚がある。
足が濡れているわけじゃないけど、確かにじわっと暑くて蒸れているみたいな感覚が足の裏にある。
暑さ…熱…もしかして魔力?
でもどうやって出しているのかがわからない。
ただ漏れ出てるようにしか感じない。
画面の向こうでは飛んでくる魔法を物ともせずにタルガの攻撃を避け、受け流し、ついにタルガを斬り伏せ、レイゼリアへと向かっていく。
「あれ?そういえば髪が白くない……」
急いでスマホにメッセージを打ち込む。
「身体強化は使ってないの?」
「使ってるはずだよ」
「必要な部分にだけ回して抑えてるんだ」
「だってよ」
「だって」
髪が白くなるのは魔力の無駄遣いと言われたらそうなのかもしれない。
狙ってやっているわけじゃないけど、髪の毛にまで魔力を回す必要は確かに無いとも思う。
もっと効率的に必要な部分に集中させることが出来たら水の上を歩くことも出来るのかもしれない。
レイゼリアが為す術もなく斬られ、三人の偽物が消える。
ぺろんっと音がしてまたメッセージが届く。
「君の身体はまだ危険な状態みたいだ。入れ替われない。」
鎧の剣士にやられた時よりも酷い状態ということなんだろうか。
恐る恐る青いケープ脱ごうとするけど脱げず、首元まで捲って、ゆっくり下を向き、自分の胸を覗き込む。
白い袖無しのシャツの左肩から胸の下にかけて血が滲んでいる。
ケープとシャツは切れてはいない様子から擦り傷のようになっているのかもしれない。
その上更に鎧の剣士にやられた右の脇腹のように腫れ上がっているのが想像できる。
痛みは感じず、ただ呆然と自分の胸を眺め続ける。




