手も足も出ない
足に魔力を回して、もう一度一気に距離を詰める。
狙いはタルガだ。
こちらに気づいたタルガが私を迎え撃つべく、こちらに一瞬で飛んでくる。
タルガの槍斧が振るわれる瞬間、盾を出して上に跳ぶ。槍斧と盾がぶつかり、激しい衝撃音が鳴り響く中、タルガの頭上から刀を振り下ろす。
しかし勇者の時と同じように水で出来た身体には当たる感覚も無くすり抜けていく。
空中で勢い余って一回転し、槍斧とぶつかり合う盾を消して、足場として出し直し着地する。
気づけば、四つの長方形の水塊に囲まれ、背後にはタルガの槍斧が迫る。
更に風を切る音が聞こえ、目を泳がせると鋭く尖った氷の塊が飛んでくる。
四つ水塊を無視し、盾を分裂させ一つを足場に残し、残りの三つで氷塊を防ぎ、背後から迫る槍斧をまともに受ければまた吹っ飛ばされると思い刀でなんとか受け流す。
慣れないことをしたからか、両腕が衝撃で痺れる。
間髪入れず水塊が四方から私を目掛けて降ってくる。
何かやばいと思い、咄嗟に飛んで避けると足場にしていた鉄塊にゴゴゴンと大きな鈍い音を立てながら衝突する。
足元から掬い上げるように槍斧が迫り、鉄塊を足場に出し直して更に空中へ飛び上がると周囲に無数の光る球が現れる。
一瞬気を取られていると、同じように水塊を足場に飛んで来た勇者が斬り込んでくる。
勇者の刃と同時に無数の球が私に向かって飛んでくる。レイゼリアの魔法だ。
水で出来た刀を刀で受け止め、三つの鉄塊を呼び戻して足場の鉄塊を盾に戻し、広くなった足場で踏ん張る。
不思議な力で硬くなった水の刀と私の鉄の刀が鍔迫り合い、ギリギリと音を立てながら徐々に押され始める。
氷の様になっているわけではないのか、水の刀には揺らいでいる部分もあるみたいだ。
魔力を拡散して魔法を打ち消すという刀とどうやってこんなに触れていられるのかがわからない。
氷や石の魔法も私が触れた途端に崩れたり、消えたりするわけではない。
炎や雷は消えなくとも効いたりはしない。
私の力の限度の問題なのか、相手の力量の問題なのか。
師匠の操っていた植物達もそうだ。私にぶつけたところで操れなくなるなんてことはなかった。
私は刀の能力を過信してたんだろうか。
それとも私がちゃんと使えていないだけ?
夢で見聞きした話を思い出す。
魔法が斬れるのはガンゼツさんの技術、魔法を弾いたり消したりするのは勇者の魔力。
盾は魔法を自然と弾いたり消したりしている。やっぱり魔力で動いているってことなんだろうか。
刀にもあるはずの魔力を引き出せてない?
光球が私に当たる前に光球同士でぶつかり、光を放って爆ぜる。
勇者もろとも、光と爆発に包まれ、衝撃と爆音で視界が奪われ、耳鳴りがする。
左肩から胸に掛けて衝撃が走って体勢を崩し、痛みで力が抜けて後ろに倒れるように盾から落ちる。
失いかけた意識が頭から泉に落ちた衝撃で引き戻される。
身体が動かない。
息が続かない。
暗くて何も見えない。
耳鳴りが治まり、音も消えていく。
がぼごぼぼっと最後の息が抜け出た音を最後に何もわからなくなる。
沈んでいるのか浮かんでいるのか、生きているのか死んでいるのか。
勇者も子供達も会いに来てくれないようだし、花畑にも行けないみたい。
真っ暗だ。
本当に死ぬのかもしれない。
パチッと長方形の明かりが付く。
ノートパソコンの画面がついて、排熱のファンの音だけが聞こえる。
狭い部屋を占領するベッドに大きな枕とボロボロのタオルケット、壊れて開かなくなった窓、積まれたままの段ボール箱、漫画と小説が入った本棚、埃を被ったパーカー、テーブルの上のノートパソコン、ティッシュが溢れたゴミ箱、恐竜のぬいぐるみ、本棚の上の怪獣のフィギュアとロボットのプラモデル、そして閉じられたドア。
全部初めて見る。
だけど全部知ってる。
ノートパソコンの明かりのみで薄暗い部屋の中で、私はベッドの上で体育座りをしながらパソコンの画面を見ている。
今までの全てが夢?
そっとキーボードの下のタッチパッドに触れて左クリックすると、暗転して知らない青いアイコンが一つだけのデスクトップが映し出される。
見たことのない青いアイコンにカーソルを合わせてダブルクリックして開いてみると、何かの映像が映し出される。
青いマントをした長い髪の女の子が水で出来たみたいな透けた人達と戦っている。
刀を振り、時折目にも留まらない動きで刀とハルバードを持つ二人と斬り合っている。
その周囲には四つの何かが浮かんで自在に動いて飛び回り、二人を攻撃したり、後方から女性が放つ魔法を防いだりしている。
「私…?でも、動きが全然違う…」
青いマントに見えたのはぶかぶかの青いケープだ。
でも何故か裸足で水上を走り回っている。
何がどうなっているのか。
やっぱり私はこれを見ながら寝落ちして、今まで夢でも見ていたのかな。
ベッドに横になる。
自然と左向きに丸くなり、枕の下に左手を入れて、右手で枕の端を掴む。
目の前には見慣れたボロボロの手袋が映り、飛び起きる。
「これは夢…?」
手袋をしていたらカーソルは動かないんじゃ?
自分の姿を確認する。
青いケープに白い袖無しのシャツとかぼちゃパンツ、手袋と腰にナイフ。
そして画面に映る自分と同じようにいつの間にかブーツが無くなって裸足になっていた。




