夢のことはさっぱり
もうどれだけ雪の中を歩いたんだろうか。
感覚のない足の指を見るのが怖い。
それでもようやく扉を見つけた。
すぐに扉に触れ、石の壁が開くと暖かい空気が流れてくる。
ああ、やっと雪から抜け出せた。
―――――――――
「タルガ!右から別動隊が来てる!」
「おうよ!こっちは任せておけ!いくぞ!お前らぁ!」
勇者がドワーフの戦士のタルガに声をかけると雄叫びと共にタルガの後に続いてドワーフの一団が右へと駆けていく。
「エリン!俺達はこのまま本体に突っ込めばいいんだな?」
「うん!このまま行ってデルファルの魔法を止めないと!」
デルファルは生と死を操る強力な魔法使いだ。魂を縛り、屍を操るという特殊な魔法を代々受け継いできたデールラルという少数魔族の生き残りで恐らく最年少の軍団長だ。
「本隊とぶつかる!いくぞ!みんな!」
勇ましい雄叫びと共に、生きた魔族と屍の混ざり合うデルファルの軍と衝突する。
勇者はエリンと二人でデルファル目掛けて敵陣を突き進む。
魔族達を斬り伏せ、盾で叩き潰しながら進んだ先に、いくつもの今にも叫びだしそうな顔がたくさん浮かび上がる杖を持った三つ目の少女が立ち塞がる。
「デルファル!」
「ああ勇者様…やっぱりその子達にまた会いたいから来たの?」
「会いたいに決まってるだろ!でもお前の操り人形としてじゃない!」
「操り人形だなんてひどいなぁ…じゃあ何でまた連れてきたの?」
デルファルが杖をかざすと、盾が勝手に四つに分かれて勇者に向かって飛んでいく。
「させない!」
エリンが杖をかざすと四つの鉄塊が空中で静止しながらかたかたと震える。
その隙に勇者がデルファルに斬りかかるけど、ゆらゆらといとも簡単に避け、杖で勇者を殴り、小突く。
「やっぱり優しいね、勇者様は」
「そうだな…子供は斬りたくないっ!」
そう言いながらも、攻め続ける。
デルファルは身体能力の差を見せつけるかのようにゆらゆらと避ける。
「お前を斬らないと!子供達が苦しみ続ける!」
「魔族の子供達はどうでもいいの?」
「よくないよ。だからさっさとお前も魔王も倒して俺は帰る!」
ガンっと大きな音がして刀と杖がぶつかり合う。
「くっ!私を殺してさっさと家に帰るだなんて…ひどいなぁ!」
刀と杖がぶつかり、デルファルの魔法が途切れ、鉄塊達が勇者の回りを飛び回り、周囲では暴れまわる屍が突然動かなくなり、デルファルが表情を崩す。
その隙を逃さず、杖を両断し、デルファルに刃を振るう。
「やめて!降参!」
しゃがみ込んで今にも泣きそうな顔をするデルファルにこれ以上刀は振れなかった。
「だったら今すぐ敵味方全ての捕らえた魂を解放するんだ」
刀を突き付けながら勇者が言う。
「そっそんなことできない!私の魔法はそういうものじゃない!」
「とにかく魔法を解いて…お願い」
「エリンの言う通りにするんだ」
「わかった…」
回りから鼻を刺す酷い悪臭が漂い始め、周囲から悲鳴と嗚咽が聞こえる。
魔法の効果を打ち消す刀を持っている勇者はデルファルから目を離さずとも何が起きているのかを知っている。
「魔王軍よ!デルファルは倒れた!直ちに退くのなら命は見逃す!」
勇者がそう叫ぶと魔族達が退き始める。
刀を鞘に納め、しゃがみ込んでデルファルの顔を覗き込む。
「エリン、あれを…」
「うん、じっとしててね…」
エリンがデルファルに腕輪をはめる。
「私はどうなるの?」
「悪いようにはしない。俺達も町まで下がろう」
「レイゼリアに怒られない?」
「怒られるだろうね」
二人は少女を優しく支えながら、戦場を後にする。
―――――――――
身体中が痛い。角が至る所に当たっている。
何をしてたんだっけ?
真っ暗で何も見えない。
手で探ると段々になっているみたい。
そうだ。階段だ。
やっと階段を見つけて、それから…気を失ってたんだろうか。
倒れて階段を転がったのかな。
角灯はどこにいったんだろう。
鞄はあるみたい。
ゆっくり一段ずつお尻を着けながら座ったままで降りていく。
ぼーっと下り続けていると、右手に何かが当たる。
そっと触って拾いあげ、両手で触って何かを確かめる。
四角くて、長方形で、四角の面の片方に輪っかがついてる。
角灯だ。幸い壊れてないみたいだけど、油が無くなってしまったみたいだ。
鞄に押し込んで、座ったまま、また降りていく。
頭がくらくらする。ちょっと寒気もする気がするけど休む暇はない。
休むとしたら扉の前でだ。
唇が濡れて鼻水が垂れてきたことに気づく。
口に入ってちょっとしょっぱい。
迷ったけど手袋の甲で拭ってまた一段ずつ降りていく。
頭痛もしてきた。
私は精霊らしいけど精霊って風邪を引くんだろうか。雪の中をオーバーサイズな青いケープと袖無しの白いシャツと白いかぼちゃパンツとボロボロの手袋とボロボロのブーツで過ごしていたから引いてもおかしくはないとは思うけど。
そういえば洗濯もしてないし、身体もずっと拭けてないしもう白くないかもしれない。
水代わりに雪を空の水筒達に詰めておくべきだったんじゃないかと今更思い始める。
「はぁ……」
ため息が階段中に響きわたったように感じる。
とりあえず身体に鞭を打ってゆっくりと降りていく。




