次の部屋
部屋の中に入ると、また勝手に扉が閉まり、等間隔に火の玉が壁に灯る。
鞄を下ろして、集中する。
何かの音が聞こえる。
部屋の右側の壁の中央には何か四角い石、そして部屋の中央の少し左の方に敵の姿が浮かぶ。
何かが何かを食べている。
真っ黒な体毛、枝分かれした二本の黒い角、しなやかな四本の脚、虚ろな黄色い瞳。
鹿だ。少なくとも三メートルはありそうな大きな鹿の魔物が自分より小さい鹿の魔物を食べている。
ぐち、ぐち、ぐち、と不気味な音を出しながら、お腹に口を突っ込んで食べているようだ。
私に気づいているのか、気づいていないのか、虚ろな黄色い瞳はどこを見てるのかよくわからなくて不気味に思える。
よく見ると周りに二つ黒い水溜まりがある。その二つも食べたのか殺しただけなのか。
あの大きなまん丸太った竜の魔物も他の魔物を食べて大きくなったんだろうか。
すっと首を上げ、鹿の魔物がこちらに顔を向けてじっとする。
ピッフ……ピッフ……ピッフと大きさに似合わない甲高い可愛い小鳥のような声で鳴きながら、じっとこちらを見続ける。
盾を出して刀を脇に構えると、角をこちらに向けて走り出す。
構えた盾に真っ直ぐ突進してくると思いきや、突然右に跳び、盾を避けて角を突き出す。
刀で咄嗟に受け止めた瞬間に鹿が頭をぐんと上に向ける。枝分かれした角に刀が絡め取られて投げ飛ばされ、私は鼻先で突き飛ばされる。
「うわっ!……ぐっ!」
情けない声が漏れ、背中を打つ。
眼前にはもう大きな蹄が迫り、急いで盾を出して蹄を受け止める。
前足を馬のように持ち上げながら、キャーーーーと甲高い声で叫ぶと、角から一瞬枝分かれする青白い光が見え、バーンっという大きな音が響く。
鹿の魔物が間髪入れずに盾をガンガン踏みつけてる間に足元から離れ、体勢を整える。
石の床に黒い痕が出来て、少し煙が立っている。
雷…電気?
すぐに思考をこちらに気づいた鹿の魔物に遮られる。
ジグザグと素早い動きで左右に跳びながら突進してくる。
盾でどうにか動きを止めないと。
目の前に迫ってきた枝分かれた二本の角に四つの鉄塊を絡ませ、固定し押さえつける。
ぎき、ぎぎぎと金属同士が擦り合わさるような音を立てながら鹿の魔物が暴れる。
息を整え、刀を上段に構えて、首へと真っ直ぐに振り下ろす。
固定されてるはずの頭が左右に大きく振られ、左目を掠り、首への一刀をかわされる。
頭が痛むのか左目が痛むのか頭を左右に振りながら跳んだり、突然後ろ蹴りをしたり、近づけない。
よく見ると角がない。
鉄塊達を自分の周囲に出し直すと、カンカラカンと真っ黒の角が床に転がる。
暴れまわる鹿の魔物の隙を探して冷静に観察する。
突然、鹿の頭から枝分かれする閃光が走る。
大きな青白い角が一瞬見えたかと思うと、バーンと大きな衝撃音が鳴り響き、ビクッと身体がすくむ。
やっぱり雷の魔法を使えるみたいだけど、私には効かない。でも怖いものは怖い。
錯乱してるのか、いつまでも興奮状態で暴れ回り、突然雷を放つ。
攻撃を避けるのは簡単だけど隙がない。
諦めて、四つの鉄塊を頭を狙って思いきりぶつける。避けられた一つ目を囮に残りの三つを頭を当てる。
大人しくなってふらふらしてるところを、四つをくっつけて盾にして上から叩きつける。
そして漸く崩れ落ちるように倒れる。
「ごめんね」
胸から心臓にぐっと刀を刺す。
ヒューヒュー苦し気な呼吸が次第に治まっていく。頭を撫てであげると、虚ろな黄色い瞳に光が宿ったような気がする。それともただの涙だろうか。
なぶり殺しのようなことはしたくなくて盾をぶつけまくるのは避けていたけど、苦しんで暴れ回っていたなら、もっと早く止めてあげるべきだったろうか。
こういうのをエゴっていうんだろうか。
鹿の魔物の呼吸が完全に止まる。
「おやすみ…」
立ち上がり、入口に置いておいた鞄を拾おうとして四角い石を思い出す。
近づいて見ると、上部は蓋になっているのか切れ目のような継ぎ目のような隙間がある。
箱なんだろうか。
装飾などはなく、そこらの迷宮の壁や床と一緒の石っぽいとしかわからない。
重たいけどギリギリちょっと横にずれ、頑張って押し続けるとゴンと音がして蓋が床に落ちる。
中にはロープだろうか。赤くて太い丈夫そうな紐が輪の形に纏められて入っている。
とりあえずあれば何かに使えそうだと思い、鞄に入れておく。
石の箱を背もたれに座り、お姉さまの水筒を飲み干して、コーネルさんの塩漬け肉を薄く切って食べる。
身体強化を使わずに終わってよかった。また気絶するように寝落ちしたかもしれない。
でも次もまた何かと戦うなら部屋に入る前も眠れなかったし、寝といた方がいい気がする。
青いケープを脱いで丸めて枕代わりにして、角灯、空の水筒、ナイフ、ドライフルーツの巾着袋を外して、横になる。
目線の先の部屋の中央には鹿の魔物が倒れ、二本の角が転がっている。
反対を向いて石の壁が見つめながら目を瞑る。
また夢を見るんだろうか。




