可能性
魔物との昼の遭遇以降、何事もなく夜も静かに過ぎていった翌朝、馬に乗って沢の上流に向かって進んでいく。
徐々に川幅が広がり、水量も増えて渓谷の装いになっていく。
熊だろうか、親子で川の向こう側を歩いている。まだ魔物しか見かけていなかったから熊でも少し安心する。
川では時折、魚が跳ねているみたいだ。
「何か川にいたのかしら?」
「魚が跳ねていました。そういえばお姉さまは剣の姿でどうやって周囲がわかるんですか?」
「触れている人の見ている景色が私にも見えているわ。あと周囲にいる生き物がなんとなくわかるの。なんだか暖かいような…上手く言葉に出来ないわ」
「なんかすごいですね」
「蛇みたいね」
「それは褒められてるのかしら?………なんで何も言わないのかしら?」
「お姉さまはすごいってことですよ」
「持つべきものは可愛い妹分だわ」
先を行く師匠の後ろに乗るリネの耳がピンと立つ。
「何かが三体左の方から近づいてきてるわ!」
「みんな馬から降りなさい!」
お姉さまの声で師匠が下馬を指示し、私はコーネルに抱っこされて馬から下りる。
師匠が杖を出して馬達を木で出来た檻に閉じ込めて守る。
左の藪から三体の人狼のような魔物が飛び出してきて一体がリネに襲い掛かる。
リネは魔物に向かっていきながら身体を元の大きさに戻して、喉元に食らいつき、そのまま藪に入っていく。
こちらを睨みつける二体を師匠が蔓で縛りつけ、私とコーネルさんがそれぞれの首を落とすと、リネが怪我もなく藪から出てくる。
「今のも初めて見たわ」
「そうなんですか?私が初めて見た魔物は今のでした」
「報告は上がってたけど見るのは私も初めてね」
「俺も噂には聞いてたけど見たのは初めてだ」
戻ってきたリネをわしわしと撫で回す。
「師匠、魔物って新種が多いんですか?」
「新種かどうかはわからないけど未確認の種類が多いのは確かね」
「硬くて倒すのも大変だからね。だから護衛や討伐の手助けに傭兵が増えてるんだ」
「そうだったんですね…」
「リネ、申し訳ないけど三人乗せてもらえる?」
大きなままのリネが首を傾げる。
「リネ、私と師匠とコーネルさんが乗っても大丈夫?」
わふっとリネが答えると、師匠が馬を檻から出して、杖で作った穴に通す。
穴の先はマルデの町のジゼフさんの馬小屋で、話はちゃんとしてあるらしい。
「じゃあ、お願いね」
前から私、師匠、コーネルさんの順にリネの背に乗り、上流に向かって再び進む。
身体の大きさもあり、馬よりずっと早く渓谷を突き進む。
「初めからリネに乗せてもらえばよかったかしらね…」
「馬車も乗馬も初めてで楽しかったですよ?トールとポールもいい子達でしたし」
「そう…ならよかった。リネ!もう少しで迷宮の入口があるはずよ!」
走っていたリネがゆっくりと足を止めると伏せて翼を広げてくれる。
コーネルさんが先に下りて師匠と私を手助けしてくれ、石造りの門の前に立つ。
見た目は私が最初にいたお墓の入口に似ている。しかし石の壁があって中は何も見えない。
「最後に見た時はこんな壁無かったのに…」
「今さらだけど、なんで賢者様はこられないんだ?」
「一番は森の結界の維持のため、もう一つは眠り姫のためね」
「眠り姫?」
おそらくリーシルのことだろう。名前を伏せるということは私も言わない方がいいのだろう。
「あの、私はどうしたら…」
「とりあえず私が触ってみる。危険が無さそうだったらナズナの番ね」
師匠がゆっくりと壁に手を触れる。
何も起きない。
「ナズナ、お願い」
「はい」
手袋を脱いで、石の壁に触れる。冷たくて気持ちいい。
でも何も起きない。
「これはただの分厚い壁なんでしょうか?」
不安になって後ろのみんなの方を振り向く。
「違うみたいだわ。ナズナの手形がついてるわ」
壁を見ると私の手の形に少し凹んでいる。
私は試しに刀で壁に斬りかかる。甲高い音が鳴って壁に切り傷がつく。
「コーネルさん、お姉さまで試してみてもらっていいですか?」
「わかった。やってみる」
コーネルさんが思いっきり横振りで斬りつける。
鈍い音が鳴って壁には一切傷がつかない。
「ちょっとショックだわ」
「切れ味の問題じゃないです。お姉さまは私が斬れなかったまん丸の魔物を斬ったじゃないですか」
「そうね…けどナズナ一人じゃあまりにも時間がかかりそうだわ……コーネル、あれしかないんじゃない?」
「一人でいけるか不安だけどそうだな。まだ迷宮の中じゃないし試すなら今のうちか」
お姉さまが人の姿になる。
「ナズナちゃん、刀を貸してくれないか」
「どうぞ」
言われるがまま刀を渡すとコーネルさんが両手でしっかり柄を握り込む。
「みんな少し待っててくれ」
目を瞑り、集中している。
静かな時間が流れる。
「コーネル、無理そうかしら?」
「いや…ギリギリいけそう……」
コーネルさんの髪が白く光輝き始める。
「離れていてくれ………壊れろっ!」
上段の構えから石の壁を真っ直ぐに斬る。
壁に刀が深く入り、縦に大きな傷がつく。すると傷口から砂になって壁が崩れていく。
コーネルさんが膝をつく。
「コーネルやったわね!」
「一体何をしたの?」
「はぁはぁ…ナズナちゃん……刀を返すよ」
刀を受け取りに近づくとコーネルさんが震えていて、顔には汗が浮かび、鼻からは血が垂れていた。




