こんにちは
岩の上で日に当てて乾かした青いケープは夢に出てきた男が着ていたものに似ている。
彼が勇者なら、やっぱり私は四人の子供の一人なんだろうか。そもそも勇者は何かをやっつけたりしたんだろうけど四人の子供ってなにしたんだろう。
焚き火に薪を投げながらぼーっと考えを巡らせる。狼のおかげでなんとか生きているけど、これからどうしよう。四人の子供が勇者の仲間なら何か魔法とか使えたりとかしたらいいのに。
小川に手をかざして叫んでみる。
「風よ!水よ!んーと…炎よ!」
思った通り何も出ないし恥ずかしさしか感じない。ベロンと狼が舐めてくる。
「慰めてくれてありがとう。私も狩りが出来たらいいんだけどね」
パチッと焚き火が爆ぜて腕に火の粉が飛んでくる。全裸に慣れすぎたかもしれない。そういえば全然日焼けとかもしてない。色白な肌をしてる。
岩の上に広げていたケープを羽織ってフードを被ってみる。臭くはないと思う。やっぱりちょびっと埃臭いかもしれない。
「どうかな?狼さん。まだくさい?」
狼の前で股下ギリギリのケープの裾を持って広げて見せる。
するとベロンと舐められてフードが取れる。そして尻尾を丸めて鼻先をぐりぐり押しつけてくる。臭くはないみたいだ。
「どうしたの?いいこ、いいこ」
甘える狼を優しく撫でていると、耳が立ち、急に顔を上げる。
遠くをじっと見つめたかと思うと、グルルルルと険しい顔で唸った後に突然森の中へと消えてしまう。
何か聞こえたんだろうか。あんな顔は初めて見た。私はケープの紐をしっかり結び直し、ナイフを何かあった時のために斜めに掛けて右手ですぐに抜けるようにする。
いつもは小鳥と少しの虫しか見かけない静かな森から物音がし始める。
アオーーンと遠吠えが響いた後、しばらくすると森がざわめく。
やっぱり何かが起きてる。すると小川の対岸から熊の親子が川を渡ってくる。
やばい食べられると思ったのも束の間、その後から鹿や狐もやってくる。
皆、川を渡って奥へ進んでいく。そのまま真っ直ぐ行くと花畑だ。
山火事でも起きてみんなで避難してるんだろうか。私は熊や狐が他の動物を襲わないのを見てついていってみることにした。
しばらく着いて行くとやはり花畑にたどり着く。既に他にも動物達が集まっていて岩壁を背に皆で縮こまっている。
私も隅の方に腰かけ回りを見渡す。
そんなに風は強くないのに森からガサゴソと音が聞こえてくる。熊と狐が音の先を睨み、唸り始める。
木々の間から何かが花畑に飛んできて転がる。花畑に転がりぴくりとも動かない。
「皆はここにいてね」
一応動物達に声をかけてナイフを抜き、ゆっくりと近づく。金色の髪に濃い眉、苦悶の顔でうめき声を漏らしている。鎧を着て剣を握っているから兵士なのだろうか。
ナイフを鞘に戻して声をかけてみる。
「あの、こんにちは?大丈夫ですか?」
緊張で変な感じになった気がするけど聞こえていたようで、ゆっくりと目を開けてこちらを見る。
「なんで、こんな、ところに、子供が?」
途切れ途切れにそう呟くと身体を起こそうとするので咄嗟に彼の身体を支える。
「魔物がいる。早く、逃げるんだ」
「魔物?」
「そう、だ。森の主様が、戦ってくれているが、数が多い」
森の主様というのは狼のことだろうか。ドドっドドっという音で顔を上げると黒く手足の長い何かがこちらに走ってくる。
「くそっ」
男の絞るような声が聞こえ、腕に痛みが走ったかと思ったら視界がぐるぐると回り、背中を打って地面に転がる。
叫び声ではっとなり兵士を見ると、黒く手足の長い悪魔のようなものに今にも押し潰されそうになっていた。
まるで弄ぶように右手で胴体を押さえつけ、ゆっくりと力を込めている。
鎧に長い爪が食い込みひしゃげていく。
このままでは殺されてしまう。
「やめろ!」
注意を引くために大声を出し、ナイフを投げつける。当たるとは思わなかったナイフが敵の肩に当たって弾かれる。
ギギギギギと変な唸り声を上げながら睨み付けてくる。細長い口にはびっしりと牙が生えていて尻尾は無いようだ。人狼という言葉が頭に浮かぶ。こいつが魔物でしかも複数いるらしい。
雄叫びと共に兵士を置き去りにして、こちらに向かってくる。あぁこれからどうしよう。ひとまずここから引き離さないといけないはずだ。
飛び掛かってきた魔物の腕をギリギリかわし、そのまま森へ駆け込む。迫る足音が振り向かずとも作戦の成功を知らせてくれる。
このまま森の中で逃げ続ければ、狼が助けにきてくれるだろうか。いや花畑に来なかったということはあの狼さんでも危険ということだ。
足音が止み、木の根元で丸まって休む。
静か過ぎて恐怖が増していく。どこからくるのか、諦めてくれたのか、狼が全部倒してくれたのか。
ガサガサと音が聞こえ、ナイフを抜こうとして、投げてしまったことを思い出す。
音が近づいてくる。鞘の紐を首から外して気休めにいつでも振り回せるように握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。
力が入ったからかパキっと足元から枝が折れる音が出てしまう。
足音がこちらに向かってくる。魔物とは別の影が近づく。木々を抜けてこちらを覗き込んだのは金色の髪を揺らし、青い瞳でこちらを見つめる綺麗な女の人だった。
「あなたどこから?どうして子供がこの森に?」
「えっと、こんにちは。レイゼリア」
「なんで私の名前を?どこかであったかしら?」
無意識に自然と名前を呼んでいた。しかも彼女は本当にレイゼリアのようだ。お墓を作ったのは彼女?