暗闇の先
「狼さん、私を見つけた場所に連れていってくれませんか?」
私は朝起きてすぐに大きな枝を松明にして、狼に語りかける。昨日見つけた場所が私がいた場所とは限らないと思い、頭のいい狼に連れて行ってもらえらないかと考えた。
狼はゆっくり尻尾を左右に大きく振ると立ち上がり、ちらちらと振り返りながら歩きだす。
「ありがとう」
私は右手に火のつけた松明、左手に予備の大きい枝を杖代わりにしながらついていく。
しばらく歩くと、昨日の白い花畑に出る。やはりあそこの入口の奥に私はいたみたいだ。
狼が花畑を越えて入口の横で伏せて丸くなる。
いってこいって言ってるんだろうか。
「ありがとう。ちょっといってくるね」
撫でようとして両手が塞がってるのを思い出して諦め、綺麗な四角い石で作られた入口から中に入る。
中の壁も床もただ岩壁を掘り進めたという感じではなく石のブロックで綺麗に舗装されている。
暗い道を真っ直ぐひたすらに歩くとやっと開けた場所に出る。四角い空間の入口の両脇には上が皿のようになっている石柱がある。もしかしてと思って、松明を近づけると皿に溜まった何かに火がつき部屋が少し明るくなる。
空間の中央には小さな石板があり、その奥には石の壁で塞がれた奥へと繋がりそうな入口とその両脇にも灯りを灯せそうな石柱がある。その二つにも松明で灯りをつけ、中央の石板に戻る。
見たことのない文字だけどなんとか読めるみたいだ。
勇者と四人の子供の魂が故郷へと帰れることを願う
レイゼリア・ネル・アルセル
レイゼリアという名前を見て一瞬顔が浮かんだ気がしたけどすぐに消えてしまう。そして文字の下には花のような紋章が刻まれている。
あれ?私はどこに閉じ込められていたんだろう。あの石壁で塞がってる先?あとここはお墓だったみたいだ。私は四人の子供の一人ってこと?
奥の塞がれた入口に立ち、隅に左手の枝を置いて、そっと石壁に手を触れる。大きな狼が通れるくらいなんだから何かきっと仕掛けがあるはずだ。ペタペタと触れてみても、ひんやりとしてつるつるとした石の感触しか感じない。
無駄だろうと思いながらも一応ぐっと力を込めて押してみる。びくともしないと思った瞬間急に感触が消えて、そのまま前に倒れそうになり、壁が目前に迫る。目を瞑ってそのまま数歩よろけながら前に進んでしまう。
「あれ?どこもいたくない…」
目の前には通路が伸び、背には石壁がある。原理はさっぱりだけどこの先にいけばきっと記憶の手がかりがあるはずだ。
少し進むとすぐに扉にたどり着く。
扉はすでに開いている。横の壁についた棒のような突起を掴んで引いてみるとガコっと音がして上から石壁が降りてきて扉が閉まる。もう一度突起を動かすと今度はまた開く。これならあの狼なら簡単に開けられそうだ。
部屋の奥には石棺のようなものがあり、蓋が開いて横に落ちている。近づいて中を覗いてみるけど何もない。しかし私がこの中にいたことは間違いないと思う。
部屋を見回してみるけど石棺は一つだけで、あとは奥の壁に窪みがあってそこに何かがあるだけだ。
勇者と四人の子供のお墓なら最大で5つの棺があるのではないのだろうか。普通に考えれば一つだけの棺は勇者のものになりそうだけど私で狭いくらいの小さな棺に大人は入れないだろう。勇者も子供だったんだろうか。
空の棺を回り込んで、奥の壁の窪みを松明で照らす。
窪みには四角い石柱が建っていて、埃まみれのフードのついた外套が被せてあり、その下の石柱の根元には埃の被った何かが落ちている。
拾い上げて埃を払うと革の鞘に入ったナイフのようだ。片刃で切っ先は尖っている。錆もなく、今でも使えそう。
鞘についた革の紐が切れて落ちていたようだけど小さい私なら結び直して紐が短くなっても困らなさそうだ。御借りしよう。
紐を結んでナイフを首から下げる。革の紐がナイフの重みで食い込んでちょっと痛い。
埃まみれでボロボロの外套に手を伸ばす。
「ごめんなさい。ナイフと外套、御借りします」
何も無くなった石柱にそう告げて部屋を後にする。記憶の手がかりはなかった。外套は小川で洗ってから着てみよう。
扉を一応閉め、通路を進み、また石壁に手をついてぐっと押すとまた急に感触が無くなりすーっとそのまま手が壁に埋まる。ゆっくりと進むと壁をすり抜けて、石板のある部屋に戻ってくる。隅に置き忘れてた予備の枝を松明にして長い通路を抜けて外に出る。
「ただいま」
私に気づいて起き上がってくれた狼にそう言って、鼻先を優しく撫でる。狼は埃まみれの外套に鼻を近づけると尻尾を丸めて伏せてしまう。埃まみれで臭かったんだろうか。
「一緒に小川に戻る?」
鼻先を撫でながらそう言うと、狼はゆっくりと立ち上がって歩き出す。
途中ブブの実を一つ見つけて拾い、試しにナイフで半分に切って二人で食べて、小川に戻る。ナイフは問題なく使えそうだ。
松明から改めて焚き火を起こし、ナイフを置いて小川で外套を洗う。流れていく水が汚れなくなったのを確認して川から揚げて広げてみる。
それはどこかで見た青いケープだった。