魔物
「さあ!行きなさい!蔓人形達!」
エリュさんの生き生きとした掛け声で、蔓人形が動き出す。
動かしているのはエリュさんなのかリリクラなのか。
動きは鈍く、簡単に斬り倒す。
一つ、また一つと斬る。斬って斬って斬り倒す。十五から先はもう数えていられない。
足が重たくなってきた頃、武器を持った蔓人形が現れ始める。
疲れてきたからか、相手が武器を持ち始めたからか少し押されてきた気がする。
思ったそばから槍が突き出され、咄嗟に左に飛ぶ。そのまま足がもつれて膝をついてしまった。
「立ちなさい!」
エリュさんの怒鳴り声で急いで立ち上がり、蔓人形の剣を受け止める。
私の力では押し返せず、上からギリギリと体重をかけられて身動きが出来ない。
「盾を使いなさい!」
盾を出して蔓人形に思いきりぶつける。
体勢を崩したところを押し返し、一文字に斬る。
盾が脇構えの死角を塞ぐように、左肩の辺りの空中で静止する。
「難易度上げるわよ!」
エリュさんの声で蔓人形の動きが人の動きと遜色ない動きへと目に見えて変わる。
三方向から突き出された槍を盾が抑える。
正面の剣を持った奴を斬り、盾が抑えた三体を斬り払う。
四方八方からの攻撃に頭が爆発しそうになる。
何だか視界の全てが目についてしまう。
四つの盾を操り、攻撃を防いで、敵を殴る。
そんな中でも正面からくる攻撃を避け、刀を振る。
頭が割れる、全身沸騰してるみたいだ。
蔓人形がうねうねとし始める。
何か新しい攻撃だろうか。駆け出し、繰り出される前に斬り倒す。
自分の身体もふらふらとしてきた。
毒か何かなんだろうか。立っていられない。
「中止!リリクラ!」
「わかってる!」
ふかふかの綿毛の上に倒れ込む。
まだ頭がぐるぐるする。
「ナズナ!大丈夫?」
エリュさんの声がする。
エリュさんがうつ伏せの私を仰向けにしてくれる。
「なんか、急に頭が割れそうになって、身体も熱くなって」
「とりあえず城に戻りましょう。リリクラこのまま城まで」
「わかった」
綿毛がゆっくりと動き出す。全然揺れてないのに吐きそう。
城に運ばれて、すぐにベッドに寝かされる。
エリュさんが私の汗を拭いてくれいると、リリクラが呼んできたのかガンドルヴァルガさんがやってくる。
エリュさんが事の経緯を話してくれる。
「ふむ盾を使い出してからか」
「武器を二つ出すのはかなりの負担になるんでしょうか?」
「その、多分特に、ひどくなったのは、盾を四つに別れさせてから、だと思います」
「ふむ。知恵熱と魔力の過剰活性といったところか」
「過剰、活性?」
「そうね…身体の中の魔力が元気になりすぎて暴れちゃってるのよ」
「そう、ですか」
「ゆっくり休めばすぐに良くなる。今日はもう休みなさい」
「わかり、ました」
エリュさんとガンドルヴァルガさんが部屋を後にする。
眠気は全くない。汗が止まらない。
二人が置いていったタオルで汗を吹いていると気づく。
涙と鼻水も出てる。パンツも漏らしたみたいに濡れている。
これが過剰活性といっていたものの症状なんだろうか。
びしょびしょのパンツを眺めていると、声を掛けられる。
「ナズナさん、大丈夫です。皆さんには黙っておいてあげますからパンツをこちらへ」
「アリシアさん、黙って、おくって、何をですか?」
「お漏らしです」
「え?いや、これは、違います!知恵熱と、魔力の過剰活性、ってやつで」
「そうでしたか」
「あの、こんなに、何というか、汁がでるものなんですか?」
「いえ、そんなに穴という穴から出てるのは見たことがないです。精霊ならではなのかもしれないですね」
「そう、ですか」
「とりあえず服とタオルは預かりましょう。主様が貴重なサンプルとか言い出す前に」
私はびしょびしょの服達とタオルをアリシアさんに渡す。
「着替えを持ってきますから少々お待ちください」
アリシアさんが部屋を出ていく。
頭は少し楽になってきた気がする。涙も治まってきた。
またゆっくりと扉が開く。アリシアさんが戻ってきたのかと思いきや、エリュさんだ。
「あら?起きてたのね。あれ?服はどうしたの?」
「はい、眠たくなくて。今アリシアさんが着替えを持ってきてくれるそうです」
「そう…っと丁度戻ってきたみたい」
アリシアさんが持ってきてくれたぶかぶかの寝間着を頭から被って着る。
「そういえばエリュさん、私に何か用事ですか?」
「ちょっと様子を見にきただけ。治ってきたみたいでよかった」
「眠れないそうなので何かお話をしてあげたらどうですか?」
「そうね。何か質問とかある?」
「あの昨日、人とか魔法生物とか精霊の話をしてくれましたよね?魔物の説明はなかったなって」
「魔物については、まだよくわかってないのよ。魔王の死後から発見され始めた、まだまだ新しい存在よ。わかっているのは精霊と同じように魔力によって出来た身体を持っているってことくらいね」
「その魔力によって出来た身体というのは?」
「そうね…果物や切ったお肉をずっと放置したらどうなるかわかる?」
「えっと腐ってしまうと思います」
「そう。けど魔物の死骸はそうはならない。魔力になってこの世界に還るのよ」
「還る…」
「そうよ」
「エリュさん。子供を寝かしつける時にそんな暗い話をするものではないですよ。怖くなって眠れなくなってしまうじゃないですか」
「え?いや、ごめん」
「いえ、あの聞いたのは私ですから」
「もっと楽しい話をしてあげてください」
「えっとぉ、じゃあ明日からの訓練の話をしとこうかしら?」
なんとなくフィシェルさんの言っていた師匠以外には雑という言葉を思い出しながら私は二人のやりとりを聞いていた。




