立派な赤い角
昼過ぎに港に戻ってから、あっという間に一日が終わり、二日目の朝。
昨日に続いて今日もフィシェルさんは会議に報告書に大忙しで、こんなはずじゃなかったと嘆いていた。
エリンさんがついているからきっと大丈夫だとは思うけど。
お姉さまとコーネルさんは知り合いと会ってくると言って二人で出ていき、ゲンリュウさんは宿に戻って休んでいることだろう。
私は宮殿の一室でリネを撫でながら何をしようかと考えている。
とりあえず散歩にでも行こうかな。お昼ご飯を探さないといけないし。
「リネ、お散歩に付き合ってくれる?」
リネが元気にわふっと返事をくれ、フィシェルさんから預かっていた首輪をリネに着けて、一緒に部屋を出る。
一階のカウンターに鍵を預けようと向かうと、先客がいるみたいだ。
陛下と呼ばれる人といた蝙蝠男さんと身長の大きな女性が何やら話し込んでいるようだ。
額から伸びる立派な赤い角はオーガの人なんだろうか。服装はドレスのようなものを着ている。
「貴様!何を見ている!」
蝙蝠男が私とリネに気がついて怒鳴ってくる。
カウンターに用があるから待っていただけなのにひどい。
「私もカウンターに用があるので待っているだけです」
「その声とその犬、昨日の…」
「黙れドラット。お前のせいで陛下の品位まで疑われかねん」
「ぐむぬぬううう」
苦虫を噛み潰したような顔で蝙蝠男さんが私から目を反らす。
「お前がそんなだから見識を広めろとドラレート様が大役をお譲りになったことを努々忘れるな」
「…申し訳ありません」
大きな女性が私の方へ歩いてくる。
話は終わったんだろうか。
私の前で立ち止まってしゃがんでくれるけど、それでも見上げるくらい大きい。
リネが唸ったりしないし、敵意は無さそう。
「すまないな。見た目ではわかりにくいが彼もまだ子供なんだ。どうか許してやってくれ」
「気にしてないので大丈夫です」
「ありがとう。ドラットも謝るんだ」
蝙蝠男さんがゆっくりと歩いてきて、深々と頭を下げる。
「申し訳、ございません…」
魔族だから人族の見た目の私は嫌いなのかもしれない。
「気にしないでください」
それよりもオーガらしき女性の顔がカムムさんに似ているような気がする。
「あの、カムムさんというオーガの女性を知っていますか?」
「ん?なぜ妹の名を?」
「一度お会いしたことがありまして…」
「そうなのか?ダクムとは仲良くやっていたか?」
「はい。お二人で行商の旅をしている様子でした」
「そうか。元気なようで何よりだ。良いことを聞いたよ。ありがとう」
「いえ…この子に美味しいお肉を送ってくれるって言ってました」
「味は保証するが気長に待ってやってくれ。多分一から狩りに出ているだろうから」
「狩りに?」
「肉に関してはオーガは妥協しないからな」
「じゃあ楽しみに待っていますね」
「そうしてやってくれ。それでは私達はこれで失礼するよ。もしもまた会う機会があればアムムも元気にやっていたと伝えてくれ」
「わかりました」
アムムさんとドラットさんがカウンターを離れて宮殿を出ていき、私もカウンターに鍵を預けて宮殿を出る。
「どこに行こうか」
リネが答えられるはずもなく、ぶらぶらと道なりに歩き続け、とりあえず中央広場にまで出る。
竜騒ぎがあったからなのか、調査から船が戻ったという噂でもあるのか、今日は露店は全然いない。
その代わりに港の方へ人が流れているように感じる。
リネが人目に晒されにくいのは良いことだから助かるけれど、街の人達はいつでも漁に出られるように用意を始めているのかもしれない。
噴水の側に見覚えのある黒い外套の人が立っていて、こちらに気がついたのか近付いてきて顎に拳を当てて、リネのことを見回す。
「ほう…それが本来の姿か」
「本当はもっと大きいですけど姿は本来のものです。ロスマンナさんこんにちは」
「ああ、こんにちは。船が出られるようになったという噂は本当か知らないか?」
「まだわからないです。フィシェルさ…賢者の杖様からは何も聞いてないので」
「そうか」
「でも調査が終わったのは本当なのでもう少しで再開されるかもしれません」
「それはそれは良いとこを聞いた。情報料代わりにこれをやろう」
何か懐から小袋を出して差し出してくる。
「いえ…そんな」
「甘いものは苦手でな。子供にはおまけだとタダでくれたから黙って貰っておいたはいいが、どうしようかと困っていたのでな」
「そういうことでしたら…」
私に小袋を渡すと、またなと小さく呟いて広場から出ていってしまう。
手荷物は見当たらなかったけど、お昼ご飯を買って宿に戻るところだったのかもしれない。
そういえば私もお昼ご飯を探しているんだった。
「リネにお肉を出してもらえるところあるかな」
リネが首を傾げておすわりするのを見て私も噴水に腰掛け、貰った小袋からお菓子を一つ取り出してみる。
砂糖がまぶされた四角い透き通った黄緑色のお菓子。パン屋さんがくれた奴だ。
「二人でおやつか?」
聞いたことのある声がして顔をあげると、ぴっちりとした黒いズボンに、大きな胸にはビキニのような黒いものを着け、何かの毛皮のようなコートを羽織っている。
大きくて更に上を向かないと顔が見えない。
そして首が痛くなりそうになりながら茶色い髪に特徴的な赤い角を確認すると、アムムさんだと気がつく。
「こんにちはアムムさん。服装が違っていたので気づくのが遅くなってしまいました」
「ああ、あれは仕事着だからな」
「そうだったんですね。あっこれアムムさんも一ついかがですか?」
「いいのか?」
「はい」
アムムさんがお菓子を摘まむとすごく小さく見える。
そしてお菓子を食べるとアムムさんの凛々しい顔が女性らしい柔らかな笑顔へと変わった。
お肉が主食といってもやっぱりおやつは別なのかもしれない。




