変わった魔族
リネの背に乗り、船より一足先にガームスの港へと辿り着く。
街の上空では赤い鱗に四本の角を生やした竜がぐるぐると飛び回っていて、一触即発という言葉が頭に浮かぶ。
リネの飛ぶ海上からは衛兵が展開しているかどうかは建物の影になっているようでわからない。
しかし喧騒も聞こえない静かな様子から、みんなが慣れているか、避難しているのか、ひとまずの安全は想像できそうだ。
「リネ、もど…」
「おい!いつまでそんなところにいるつもりだ!」
子供の声だろうか。人のことは言えないのだろうけど。
どこからかリネを見ているのかと眼下の海岸線や波止場に人影がいないかを探す。
「去るのならとっと去れ!飛竜よ!去らぬのならば…」
声がするのは街の中の方だ。かなりの声量なのではないだろうか。
電気の流れるようなジジジという音が聞こえ、屋根の上がチカチカと光が見えると、光の中心に黒い影が見え隠れし、その影がどんどん大きくなって人影だということに気がつく。
姿がどんどん大きくなっていき、飛竜よりも大きな巨体が空に浮かんでいる。
子供のように見えても大人の魔族なんだろうか。
ボロボロの黒い外套に赤と紫の少し混ざったボサボサの白い髪の生えた頭。流石に顔まではよく見えない。
角は見えないけど、蛇のような尻尾が生えているみたいだ。
飛竜は警戒しているのか、一定の距離をあけて魔族の回りを旋回し続けている。
残念ながら巨体に驚いて逃げたりする様子はない。
「これでも下がらんか!これだから若い竜は好かん!」
旋回を続けていた赤い竜が突然海の方へ逸れていく。
街から離れてくれたのかと思ったけど、よく見ると体勢が崩れていき、気を失っているようにも見える。
やむ無く魔法で倒したのだろうか。
そのまま誰もいない海岸線に落ちて転がり、ぐにゃぐにゃになって事切れる。
「おい!勝手なことをするな!」
「いや!それは…」
巨体が誰かと話し、怒られているのか、言い淀むと一瞬で姿が消える。
元の大きさに戻ったのかもしれない。
「リネ…よくわからないけど終わったみたいだから戻ろうか」
「なんだお前…見てたのか?」
上から声がして振り向くと、ボロボロの黒い外套が揺れていて、黒蛇が赤い瞳で私を見ている。
「こんにちは?」
「それは尻尾だ…俺の顔はこっちだ!」
前屈みになって私を覗き込むのは、やっぱりさっきまで大きくなっていた魔族みたいだ。
右が赤く、左が紫のとても綺麗な宝石のような瞳は蛇のように縦長の瞳孔をしている。
「ごめんなさい。街の上空に竜が飛んでいるのが見えて、船から大丈夫か確認に来たんです」
「船?」
魔族が首を傾げてから海を見る。
「帆船がいくつか見えるな」
「はい…海の調査から戻ってきたんです。えっと、議長さんによろしく伝えていただけると幸いです」
「議長?なんのことだ?」
「議長さんや衛兵さんのお知り合いじゃないんですか?」
「違うが?」
「ごめんなさい、ガームスの関係者の方か、その方達にお願いをされて竜を追い払っていたのかと思いまして…」
「俺はたまたま街にいただけだ!ハッハッハッハッハッ!」
ふんぞり返ってゲラゲラと笑い出す。
「陛下!何をなさっているんですか!早く戻りましょう!」
街の方から蝙蝠のような魔族の男性が飛んでくる。
陛下とはこの人のことだろうけど、私は不敬罪で捕まったりしてしまうだろうか。
「女!何をしている!陛下の御前でっ」
「よせ。少女には関係のないことだ。それに空も飛べぬ子供に竜の背から落ちて死ねとでもお前は言うつもりだったのか?」
「いえ…そのようなことは……誠に申し訳ございませんでした」
蝙蝠のような魔族が竦み上がって縮こまる。
顔色も口調もにこやかなまま特に変わらないけれど、怒ると怖い方なのだろうか。
「すまんな!許してやってくれ。誰も彼も飛べるわけではないというのに、後でよく言い聞かせておく!」
「いいえ!あの、こちらこそ失礼いたしました…」
「船が騒がしそうだ。まあ俺のせいかもしれんが。早く戻ってやるといいぞ」
腕の組んで、竦み上がって縮こまったままの蝙蝠男をほったらかしにしたまま、魔族の人が言う。
とりあえず何か粗相をしてしまう前に戻りたいのは確かなので、お言葉に甘えておこう。
「ありがとうございます。失礼いたします…陛下」
「うむ!」
「リネ、船までお願い」
リネが踵を返して空を飛ぶ。
そういえば聞かれなかったし、名乗られなかったから名前を言ってないけど大丈夫だっただろうか。ちょっと不安になってきた。
船が港に着いた後に改めて何か言われたりしないことを願うしかない。
けど、陛下と呼ばれていたし、もしかしたらあの人達も宮殿に泊まっている可能性もあるんじゃないだろうか。
ばったり会ったりしないか不安が大きくなっていくけど、わざわざ戻って名前を名乗るのもおかしな気がするし、なんだか困ってしまう。
くぅ~んとリネが鳴いて我に返る。
「ごめんリネ。大丈夫だよ。街を守ってくれたし、悪い人達じゃないと思うんだけど、身分の高い人達だったら少しめんどくさそうだなって思っちゃっただけだから」
不安にさせてしまったリネの背を撫でてあげる。
「もう船が見えてきたね」
わふっと返事をするリネと一緒に甲板へとふわりと降り立ち、エリンさんの元へと二人で駆け寄った。




