惑わされそうになってる?
ここはどこの街だろう。
人が一人もいないし、木造の家も石造りの家もあって、なんだか統一感がない。
そのどちらにも見えないどこか懐かしさを感じる入口が硝子に覆われた小屋のようになった家があり、遠くに大きな硝子張りの長方形のものが建っている。
そんな変な街をあてもなくふらふらと歩いている私の横にはリネもいて、人がいなくても怖くない。
突然リネが駆け出して左の路地に入っていき、私はそれを追いかける。
入り組んだ路地を走ってる途中で人影を見た気がして立ち止まる。
リネの足音が離れていく。
足音のする方とは反対の路地の真っ暗な奥に誰かが立っている。
よく目を凝らすと、路地の奥が真っ暗なんじゃなくて、真っ黒の人が立っている。
それが院長先生の姿ではないかと気づくと同時に今自分が夢を見ていることを自覚した。
でも声も出せないし、指一つ動かせない。
勇者の記憶とも花畑とも違うただの夢にみんなを呼べるだろうか。
声も出せないし無理だろうか。
何か、何か出せないだろうか。
刀を出そうとしてみるけど出せない。
物音でも立てたら向こうが気がつくかもしれないと思ったのに。
シャンっという音が静かな世界に響き渡り、盾が現れる。
でもやっぱり身体は一切動かせず、声も出せない。
お願い。みんな。私はいいから、行って…!
そう強く念じると盾が四つの鉄塊に分かれて路地の奥に飛んでいく。
子供達は彼女が見えているだろうか、感じられているだろうか、話せているだろうか。
そんなことをしばらく考えていると、身体勝手に歩き出す。
リネが走っていった先の路地を歩いていくと、突然頬にざらっとした生暖かいものが触れ、身体が一瞬跳ねて、触れた右の頬に手を触れる。
あれ?身体が動かせる?
そう思って右に振り向くと、煉瓦の壁からリネの頭が出ている。
首から先はどこにも見当たらない。
「リネ?だよね?」
まるで返事を返すようにまたべろっと顔を舐められたところで、振り返ってさっき院長先生らしき人影を見た路地へと走る。
「リネごめん!またあとで!」
おかしい。こんな一本道じゃなかったはずだ。横に続く道も十字路も見当たらない。
しかもさっきまでは自由に動けたのに、今は身体が勝手に走り続けている。
突然目の前にレイゼリアさんが出てきてぶつかると思った瞬間に目が覚め、暗がりの中、リネと目が合う。
そっと両手でリネの顔をわしゃわしゃする。
これは現実だ。
「おはようリネ…もしかして私の顔舐めてた?」
リネがわふっと答える。
もう一度わしゃわしゃしてあげた後に身体を起こし、隣のベッドを見てみるけどお姉さまはいないみたいだ。
夢に惑わされるな、という言葉をふと思い出す。
勇者の記憶に振り回されることよりも、今のこの状況こそが夢に惑わされているんじゃないかと少し不安を覚える。
子供達のためにも淀みの森を探すことを諦めようとは思わない。
ただ、今見た夢もそうだけど、この先また彼女を夢に見てもそれはただ私が考えているから出てきただけで、関係ないと思っておこう。
その方がひとまずお互いのためな気がする。
「リネ、みんなは甲板?」
リネが耳をぴくぴく動かして、上を向いてすんすんと匂いを嗅ぐ。
そしてわふっと答えてくれる。これは肯定だろう。
「ありがとう。じゃあ一緒に出よう?」
もう一度元気にわふっと吠えてベッドの柵を飛び越えて下りて、扉の前で待っていてくれる。
私はブーツから手袋を取って着け、ブーツを履いてしっかりブレスレットで手袋を調節してから扉を開け、通路を抜けてリネと甲板への扉を開く。
「おはよう…ござい、ます…」
あまりの光景に挨拶が変になる。
甲板の中央にはテーブルがそのままになっていて、コップや瓶がたくさん乗っていて、食器などもそのままようで、コーネルさんとエリンさんが顔を伏せて眠っていて、その横でゲンリュウさんが大の字になって床で眠り、テーブルを挟んだ反対の方ではお姉さまとフィシェルさんが床で横になって眠っている。
一体どれだけお酒を飲んだんだろう。
強そうだったエリンさんとゲンリュウさんまで飲み過ぎてしまったんだろうか。
とりあえずエリンさんの側まで行って、そっと声をかける。
「エリンさん、おはようございます。起きてください」
反応はなく、エリンさんの太ももに手を置いて揺すってみる。
「エリンさん、エリンさん」
「んむ…」
エリンさんがゆっくりと起き上がって薄目でキョロキョロとし出す。
エリンさんのおでこが赤くなっている。
「エリンさん、何があったんですか?」
「むなぁ…ユウキ…」
あくびをしながら私を見て、勇者の名前を呟く。
「ナズナですよ。どれだけ飲んだんですか?」
「あぁ…ナズナ…もう朝か…」
大きく伸びをしてからはっきりとした瞳で辺りを見回すと、立ち上がって杖を出して食器や瓶を魔法で片付け始め、布巾で拭き掃除までしてあっという間にテーブルが綺麗になる。
「ふぅ…フィシェルが機嫌悪かったものだからさ。みんなでちょっとお酒を飲もうってなったんだけど、ちょっとですまなかったね」
「そうですね…ちょっとエリンさんお酒臭いです…」
「うそ!?ごめんごめん!」
エリンさんが慌てて左手で口を押さえて右手で穴を開いて穴から小瓶を取り出して一気に飲み干して空の瓶を穴に入れて穴を消す。
「これでどう?」
酸っぱい果物のような薬草のような、清涼感のあるいい香りがする。
「いい匂いがします」
「よかったよ。とりあえず皆は寝かせておいてあげようか」
エリンさんが杖を掲げると、甲板に横一列に枕が並び、寝ているみなさんがゆっくりと宙に浮かんでふわふわと横一列に枕の元に寝かされるとシャンという音と光と共に毛布が掛けられる。
「船は大丈夫なんですか?」
「大丈夫なはずだよ。おかしくなったら私が魔法かけなおすしね」
「そうですか」
港に着くまでまた自由時間になりそうだ。




