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朝から何事かと思った

 目の前に広がる地面一面の白い花。

 久しぶりにここに来た気がする。

 でも私は奇抜な色や形の魚をみんなで食べて、見た目の割に白身で味もたんぱくだってみんなで話して、それからフィシェルさんに今日は早く寝ろって言われて…。

 ベッドに入ってすぐに落ちてしまったんだろうか。


「誰かー!いるー?」

「いるよ」


 いつものように背後から勇者の声が聞こえる。


「久しぶり?」

「うーんまあそうかな」

「ずっと聞きたいことがあって…淀みの森ってどこのこと?」

「それは知らない。けど彼女には見覚えがある」

「あれ院長先生だったよね?」

「たぶんな」

「そんな気がする」

「そー思う」

「院長先生?」

「ああ、子供達のいた孤児院のね…でも孤児院が魔族に襲われて焼かれた時にはいなくて」

「戻って来なかった」

「隣の村に買い出しに出たきり」

「いたのは私達だけ」

「こわかった…」


 みんなの声が沈む。


「淀みの森で待ってるって言ったのは勇者の声だったよ?」

「前にも言ったけど俺は本人じゃなくて勇者の記憶から作られたナズナの心の中の存在だから、深層心理の声として俺の声に聞こえたんじゃないかな?」

「なるほどです…でも、あれは記憶とかじゃなくて夢…だったってことだよね?」

「そうだね」

「淀みの森なんて無いかもしれない」

「院長先生もいないかもしれない」

「記憶の欠片が見せた幻だったのかもしれない」

「でも…んっ、探して、ひっ、ほしい…」


 一番下の女の子が泣き出してしまう。


「エリンさんに聞けば孤児院のあった場所はわかるよね?」

「ああ…きっとエリンなら覚えてる」

「淀みの森はその近くとは限らないけど、探してみる」

「ひっぐ、ひっ、おね、がい…」

「うん!」


 力強く返事をすると同時にぱちっと目が覚める。

 足元ではリネが丸くなっていて、隣のベッドではお姉さまが寝息を立てている。

 二人を起こさないようにそっと柵を越えてブーツを手探りで探して中に入れておいた手袋を着けてブーツを履いて、静かに扉を開いて通路を抜けて甲板に出ると、丁度日の出が終わったくらいの時間のようで、水平線の上に太陽が浮かんでいる。


「おふぁふぉお……はぁ、早いねナズナ」


 あくび混じりで舵の方からエリンさんが声をかけてくれる。


「おはようございますエリンさん。多分寝たのが早かったので…」

「そっかそっか」

「エリンさんはどうして舵に?」

「フィシェルと交代で一応ね」

「そうだったんですね…何も知らなくて…」

「いいんだよ気にしないで」

「あの、そういえば聞きたい事があって」

「どうしたの?」

「淀みの森って知ってますか?」

「淀みの森…うーん聞いたことあるような…」

「どこかわかったりは…?」

「うーん…ごめん。思い出せそうで思い出せない…」

「それじゃあ…孤児院のあった場所って覚えていますか…?」

「覚えてるけど、今どうなっているか…近くまでは行けると思うけど…なにせ五百年経ってるらしいからね」

「そうですか…」

「行ってみたい?」

「はい…それと実は…」


 私は階段を上がってエリンさんの横に行き、以前に見た不思議な夢の話をエリンさんにも話した。

 夢に出てきた女性は孤児院の院長先生だったかもしれないことも含めて。


「淀みの森で待ってるかぁ」

「孤児院の近くは森で囲まれていたから、どこの森のことかは…みんなが起きたら地図で確認してみよう。もし寄る時間があれば私が穴を繋ぐよ。それで近くまでは行けるはずだから探してみよう」

「ありがとうございます…てっきり気にしない方がいいとか、夢に惑わされるなって言われるかと…」

「それが勇者の記憶だったなら言ったかもね…ナズナには責任も義理もないよ、ユウキとナズナは別々の人だからって」


 エリンさんが私の頭に手を乗せる。


「でも、私はたくさん斬りました…」


 ゲンリュウさんが言っていたように、きっと見る人が見れば私が幾人もの血に濡れていることがわかるのだろう。


「斬ったのはユウキだよ。守るために、死なないために……復讐のために。そこにナズナの意思は無い。だから勇者の記憶に惑わされちゃだめ。でもその夢にはリネとミーティアもいたんだよね?」

「はい…いました」

「だからだよ」


 だからどういうことなんだろう。

 でも夢に院長先生を見るということは、私の身体が小さな子供なのはやっぱり四人の子供達の影響ということになるだろうか。


「とても興味深い話ですね。精霊のお嬢さんに宿り木のエリン様」


 突然知らない声がして驚いたのも束の間、エリンさんが私の前に立って杖を構える。


「宿り木のエリンなんて呼ばれたの戦争以来だよ。あなたは、あのヘンダーって人の仲間かな?」

「同僚という点では、そうですね」


 赤黒い血のような外套に深いフードで顔はわからないけど、声は女性のもののように聞こえる。

 誰かの声に似ている気がする。


「いつから…というか何をしに来たのかな」

「森の賢者ガンドルヴァルガ様と事を構えるつもりはありませんが、上から指示で一応確認に」

「ヘンダーなら逃げたからいないよ」

「知っています。証拠が無く申し訳ありませんが、あの男はこちらで処理しました。賢者様のお手を煩わせたことをお詫び致します」


 女が深々と頭を下げる。


「ガームスの議長にもちゃんと謝罪したのかな?」

「ええ…昨晩お邪魔いたしました」


 蜥蜴の尻尾切りという奴なんだろうか。


「あなた達は何をしているのか、説明してくれたりするのかな?」

「あなた程の魔法使いの方なら大方予測がついているのではないでしょうか」

「隠居の身でね。恥ずかしいけど世情には疎いんだ。正直に話してくれると助かるんだけど」

「…こちらも仕事ですので少しだけ。おやすみ中の賢者の杖のフィシェル様なら予想のついていることかもしれませんが、魔物の研究をしていますよ」

「相手の国に魔物を呼び寄せて襲わせるんですか…?」

「大丈夫ですよ精霊のお嬢さん。今のところはそのような予定はありません」

「あの黒い液状の奴も魔物だったのかな?」

「ええ…私どもが作りました。御しきれず海に逃がしてしまったことも深くお詫び致します。もちろん議長様にも謝罪をさせて頂いています」

「そう…」


 聞かれなければ黙っていたんだろうか。


「では、そろそろ失礼致します。皆様が起きそうですので」

「最後に…お顔を見せてくれませんか?」


 エリンさんの前に出て、無理を言ってみる。


「申し訳ありません。その代わりに名乗っておきましょう。私はカイラルの魔法使い、マスティアと申します。それでは」


 ぶんっという鈍い音がした瞬間、目の前に大きな石の拳が降ってきて、マスティアがいた場所が叩き潰される。


「ちっ…外した」

「こうなるだろうと思いまして、精霊のお嬢さんと宿り木のエリン様だけにお話をさせて頂きました」

「あったりめーだろ!先にウチらに手ぇ出したのはヘンダーとかいう変態野郎だぞ!」


 帆柱の上から声がする。

 魔法で移動したんだ。


「ヘンダーはこちらで処理を致しました。後はよろしくお願い致します。宿り木のエリン様」

「待ちやがれ!」


 轟音を響かせて、大きな石の拳と拳がぶつかり帆柱の頂上に立つマスティアを叩き潰す。


「ちっ…」


 フィシェルさんの舌打ちを最後に、船の上を静寂が包み込んだ。

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