訓練とは違うことが出来るようになった
「日が落ちてきたからそろそろ終わりにしよっか」
エリンさんの声で自分の手のひらから目を移すと、辺りはすっかり橙色に染まっていて、太陽が水平線の向こうに沈み始めていた。
全然出来ない。
お姉さまのように煙の量が減ることもなく、一切の進展がない。
「ナズナ、大丈夫?」
お姉さまが不安そうな顔で私を覗き込む。
「大丈夫です…ただ、先は長そうです…」
「私も少し煙が減っただけで全然だわ。一緒に頑張りましょ?」
「はい…」
「コーネル」
「とりあえずは今の地味なのを続けるしかねー。明日は最後の海の監視だからよく休んでおけよ」
「はい」
「わかったわ」
「さて、ゲンリュウとコーネルは魚釣れたのか?さっき、餌をやったけどよ」
「どうなんだろうね」
「コーネル!ゲンリュウ!釣果はどう?」
お姉さまが声をかけると、二人がおずおずと桶を持って歩いてくる。
「一応釣れたんだけど…なんか変なのばっかりで…」
「うむ…二人で八匹釣れたんだが、どれもクラーケンよりも食欲がわかん」
二人が女性陣の真ん中に桶を置く。
海水の張られた桶の中を、緑と赤の縞模様や黄色に紫の斑点模様、青色に茶色い渦巻き模様にすごくしゃくれた黒い魚など、どれもこれも奇抜な見た目の魚達が泳いでいる。
「これ…美味しいのフィシェル?」
「知らね。魚はお菓子に使えねーから。エリンはわかるか?」
「いや…私にもちょっと」
誰にもわからないみたいだ。
「仕方ねぇ…ちょっと飯が遅くなるかもしんねーけど調べてみるわ。みんなは休んでてくれ」
「手伝おうか?」
「いや…それなら念のため舵にいてくれ」
「わかったよ」
フィシェルさんがふわりと浮かせた桶を連れて船室に入っていく。部屋で何か作業をするんだろう。
手のひらをじっと見つめる。
意識してずっと止めておかないと。
「ナズナ!」
お姉さまの声ではっとなって、辺りを見回すと、縁の方で釣竿を持ったお姉さまが私に手を振っている。
「一緒に釣りしてみましょ?」
「わかりました」
手のひらに意識を残したまま、お姉さまの元へ歩いていくと、ゲンリュウさんが釣竿を渡してくれ、投げ方を教えてくれる。
「えっとこうして振りかぶって…」
びっと風を切る音がして、しなった竿の先から釣り針が海へと飛んでいく。
「あとは待っているだけだ」
「わかりました」
ずっと変わらない水面を眺めながら、意識は手のひらに。
一切魔力が止まってないようだからこれが正しいのかもわからない。
「ナズナ引いてるぞ!」
「え?」
ぐいっと竿が引っ張られて、腕が持っていかれそうなったかと思うと、さらに強い力で引っ張られて身体が浮き上がってしまう。
「おいナズナ!」
ゲンリュウさんが私の両足を掴むけどブーツがぶかぶかのせいで脱げて、海へと放り出されてしまう。
ああまずい真っ逆さまに落ちてる。私って泳げるんだっけ。鉄塊を掴んで移動したような。
そうだ!盾!
自分の真下に盾を水平に出して、その上に落ちる。
「くふっ!」
背中を撃って空気が勝手に口から漏れて、身体が跳ねて盾から転げ落ちる。
不思議と海面に向かって手が伸びる。
むしろ腕を曲げて身体を守った方がいいのではと思っているのに足も不思議と海面へと向けられる。
猫のようだと他人事のように思う。
「ナズナ!」
エリンさんの声が聞こえる。
竿が何処にいってしまったかわからなくなったことを謝らないと。
海面に手足が触れた瞬間、手足から魔力が溢れ出す。
そんなことで勢いが殺せるわけじゃないと目をぎゅっと瞑ると身体が大きく揺れる。
「ナズナ…いつの間にそんなこと出来るようになったの?」
エリンさんの声でゆっくりと目を開ける。
てっきりエリンさんがギリギリで拾ってくれたのかと思っていたけどどうやら違うみたいだ。
海の上に着いた両手が沈まずに浮かんでいる。
足も沈まずに浮かんでいてアメンボみたい。
「なにこれ……」
「何これってもしかして初めて?」
「はい…この…四つん這いの体勢から立てません…」
波に合わせて手足が揺れ動いて今にも転びそう。
「もしかして、魔法使いの方、は、同じことが?」
「そういう魔法はあるけど、普通は出来ないよ。そんなことを聞くってことはホントに初めてなんだね」
「勇者は、水の上を?」
「うん。魔力の含まれるものとは反発するからじゃないかって言ってたかな」
「そう、なんですね」
もう手足がきつい。
「ごめんなさい…あの、もう手足を伸ばしていられないんですけど…」
「ごめん。飛んできたのはいいもののナズナを掴むと私も落ちちゃうかも。落ち着いて盾を出して足場にして?ね?」
「そういえばそうでしたね…」
自分の下に盾を水平に出して手から順に盾に乗り移り、しゃがみ込んで休む。
「大丈夫ー?ナズナ!エリン!」
「大丈夫だよ!ミーティア!いま戻るから!」
「そう。気をつけてね!」
「うーん!…さて、落ち着いた?」
「はい…竿が何処にいったかわからなくなってしまってごめんなさい」
「それは大丈夫だよ」
エリンさんが指を振ると釣竿が海から飛び出してきてエリンさんの手に収まる。
なんかかっこいい。
座ったまま盾から足だけ下ろして海面を踏んでみる。
そのままだと普通に足が海に浸かる。
今度は足の裏から魔力を出しながら踏んでみる。
弾力のようなものを感じて、足が沈まずに押し返されているように感じる。不思議だ。ちょっと面白い。ぽよぽよだ。
「ふふふ、ちょっと遊ぼうか」
エリンさんが私を見て微笑みながら突然そう言った。




