心があたたかい
ぼーっと暗い海を眺めていると、扉の開く音が聞こえる。
ゲンリュウさんかコーネルさんが見張りに出たんだろうか。
足音が近づいてくる。
「ちゃんと反省したかしら?」
お姉さまが横から顔を覗かせる。
「どうなんでしょう…」
「まだ縛られてたいの?」
「いえ…でも、きっとまた同じことをする気がして…」
「そうね…するでしょうね…そんな気がするからお仕置きしたんだから」
お姉さまには全部お見通しみたいだ。
お姉さまがしゃがんで縄を弄ると、するすると縄がほどけて床に落ちていく。
「実際に使われた武器と使われてない武器の差なのかしらね…」
「使われた武器と使われてない武器?」
「エリンが言っていたわ…ナズナは戦争で使われたから悪い奴も苦しんでる人も見過ごせないんだろうねって、それが目の前で起きたことならなおさらって。私にはそんな強迫観念みたいなものないから…」
強迫観念…。
お姉さまが悲しそうに私を見て微笑み、夜空を見上げる。
「私にあるのは、守るんだ!って槌を振るお爺さんの姿。だから初めて人を殺した時も私は約束を守れたんだって、みんなを守ったんだって…」
お姉さまが私の方へ視線を戻し、じっと目を見つめる。
ゆっくりとお姉さまの顔が近づいてくる。
頭突きでもされてしまうんだろうか。
お姉さまが私の長い前髪を左右に分けて、両手で私の頬に触れる。
目を合わせていられなくて、ぎゅっと目を瞑ってしまう。
暖かくて、柔らかいものがおでこに触れ、ちゅっと湿った音がして離れていく。
「これで私の気持ちが伝わった?」
少しどきっと胸がなんだか暖かくなる。
「はい…」
「中に入りましょ?」
お姉さまが私の手を引いて、船室へと入っていく。
引かれるまま下を向いて歩いていると、エリンさんとすれ違う。
「ナズナ、顔赤いよ?」
確かにまだ少しぽかぽかしているかもしれない。
「おまじないをしたからよ」
「おまじない?」
「ナズナが自分を大事に思えるおまじないよ」
「そう…流石お姉様だね」
「ふっ…褒めても何も出ないわ!」
「それは残念。リネが寂しがってるから早く部屋に戻ってあげて」
にこっと笑って手を振ってエリンさんが部屋に入っていくとお姉さまも扉を開けて部屋に入っていき、私も手を引かれたまま中に入る。
とととと足音が聞こえて、リネがお腹にぐりぐりと鼻先を押しつけてくる。
「リネにもおまじないをしてあげるわ」
お姉さまが扉を閉めて、私の手を放すと、しゃがんでリネの顔を両手で包んでそっとおでこに唇をつける。
するとリネもお返しにお姉さまのおでこに口先をつける。
さっき心が暖かく感じたのはキスだったんだ。
「ナズナもしてくれるかしら?」
お姉さまがしゃがんだまま私を見てそんなことを言う。
「…キスをですか?」
「ほら、リネも待ってるわよ?」
リネを見るとお利口にお座りをして私を見つめているように感じる。
本当に待っているんだろうか。
「リネも…してほしいの?」
わふっと返事を返してくる。
「ほらね?」
「えっと、じゃあ…」
なんだか少し緊張してきたけど、リネの顔を両手で挟んで、そっと口づけをする。
リネの毛が鼻の下をこすってくすぐったい。
リネもお返しに私のおでこに口先をつけてくれる。
恥ずかしい。でもやっぱりなんだか胸が暖かくなる気がする。
「私にもしてくれる?」
お姉さまが私を見てからそっと目を閉じる。
お姉さまの前髪にそっと触れる。柔らかくてさらさらでいい匂いがする。
そっと前髪をかき分けておでこを出して、そっと口づけをする。
「むっ!」
急にお姉さまに抱きつかれて心臓が跳ねて変な声が漏れる。
「さあもう寝ましょ?家族三人で」
「家族…はい」
リネもわふっと返事をくれる。
お姉さまが私を抱き締めたまま立ち上がって私を持ち上げると、そのまま柵を跨いでベッドに上がって私を寝かせて、お姉さまも横になると腕を広げる。
「リネもよ。家族三人だからね!」
リネが軽々と柵を飛び越えてベッドの上に着地すると私の足元で丸くなる。
お姉さまが私に毛布をかけてくれ、上体を起こして手を伸ばし、隣のベッドから毛布を取る。
「じゃあ明かりを消すわ」
そういえば夜なのに部屋の中が明るい。
お姉さまが天井に手をかざして開いた手を握ると明かりが消える。
「おやすみ、ナズナ、リネ」
「おやすみなさいお姉さま、リネ」
リネがくぅーんと鳴く。おやすみの代わりだろうか。
まだ緊張しているんだろうか。
全然眠れる気がしない。
何かが当たったかと思うとぐいっと押されるような引っ張られるような、そして顔にぽよぽよが触れる。
お姉さまが胸に抱き寄せたんだろうか。
まだ目が慣れてなくて何も見えない。
お姉さまの胸の音が聞こえる。
とくん、とくん、とくん、と優しくも力強い音が聞こえる。
足を伸ばすとリネの毛が当たってくすぐったい。
すごく安心してなんだか心が暖かくて、眠たくなくてもずっとじっとこうしていたくなるような不思議な気持ちでいっぱいになる。
全然眠気が無かったはずなのに、気付けば私はその不思議な気持ちでいっぱいになって花畑へと意識が落ちていっていた。




