徹夜の予感
真っ暗闇の中に浮かぶ、黄金の半球。
穏やかな波の音と時折流れる優しい風。
右も左も行く先も見えないのに、不思議と明るい海より怖くない。
幻想的に感じるからだろうか。
たまに月明かりに反射してきらきらと水面が光るのもとてもきれい。
「眠れないのか?」
声がした方に振り向くと、コーネルさんが角灯を持って歩いてくる。
「目が覚めてしまって…コーネルさんはどうして?」
「ゲンリュウさんと交代で見張りをしてるんだ」
「そうだったんですね…」
「ミーティアは大丈夫そうだった?」
「顔色は悪くなかったので多分…」
「ならよかったよ。ナズナちゃんはもう平気?」
「はい。ちょっと顔がかぴかぴですけど…」
「かぴかぴ?」
「リネのよだれで…」
「それはそれは…もうフィシェルさんもエリンさんも寝ちゃったしなぁ。ちょっと待っててよ」
コーネルさんが船室戻っていき、また穏やかな海と月を眺める。
すると月に小さな黒い影が一つ重なり、それに続くように更に二つの黒い影が重なって通り過ぎていく。
竜か何かの家族なんだろうか。
「今日の月はなんだか色が濃く感じるね」
コーネルさんが手すりに角灯を置いて隣に立つ。
「さっき何かが左から右に飛んでいったんです」
「若い竜かな。自分のすみかを探して移動するんだ。海を渡り切れるのは少ないけどね」
「そうなんですね…」
海の上では休めないだろうし、命懸けの大移動ということなんだろうか。
だから夜でも休まずに飛び続けているのかもしれない。
リネも休まずに私のところまで飛び続けたんだろうか。
「こっち向いてナズナちゃん」
呼ばれてコーネルさんの方を振り向くと濡れた布で顔を拭いてくれる。多分、緑色のハンカチだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「船を襲ってたのはあの黒いあいつだと思いますか?」
「どうだろうね…でも俺達の船も襲われたし、あいつなんじゃないかな?」
「そうですか…」
「海には、クラーケンや海竜もいるからね。あいつ以外にもいるとも限らないけど、そいつらみんな巨大で陸の近くまではこれないし、沖でそいつらに襲われた漁船が逃げ切れるとも思えないからね」
「そうなんですね」
「うん…だからヘンダーっていうんだっけ?そいつの目的はわからないけどとりあえず船を襲ってた犯人はあのスライムもどきなんじゃないかな。あの無敵具合じゃ槍や大砲も効かなかっただろうし、フィシェルさんやエリンさんの魔法まで効かなかったとなると、そこいらの野良魔法使いじゃ手も足も出ないよ。それが黒くて強い奴となると魔物だと思ってもおかしくない」
「なるほどです…」
「さあ…そろそろ部屋に戻った方がいいよ」
「わかりました…」
「難しいことはとりあえずフィシェルさんに任せるしかないよ」
「はい…」
コーネルさんに背中を押されて船室まで見送られ、私に丁寧に毛布を被せておやすみと言ってコーネルさんが部屋を出ていく。
頑張って眠ろうと目を瞑り、じっと横になって丸くなり、頭の中でギルムーを数えていると、きいっと扉の開く音が聞こえる。
コーネルさんがお姉さまの様子を見に来たのかなと思い身体を起こすと、見知らぬボロボロのシャツの男と目が合う。
ボサボサの頭に無精髭でなんだか全身濡れているような。
「あの…誰ですか?」
声をかけた瞬間、血相を変えて私に向かって腕伸ばしてきたところをリネが思い切り噛みつく。
「うぎゃあ!!何処から沸いてきやがっ…………」
ごっと鈍い音が鳴って目を回して男が倒れ、その後ろに棒を持ったコーネルさんが立っていた。
「無事!?」
「はい…リネが助けてくれたので…この人は?」
「海賊、他にも二人いた。多分近くに船が潜んでる。こいつらは偵察だよ」
「ミーティアは…気付かず寝てるってことはまだダメそうか…ごめんナズナちゃん刀借りてもいいかな。ゲンリュウさんも自分の一つしか剣が無いらしくて」
「わかりました」
私はすぐさま刀を出してコーネルさんに渡す。
「リネ、起きたのなら敵を探してくれないか?」
リネがわふっと答える。
「ナズナちゃんはミーティアを頼む。もしも知らない奴が入ってきたら迷わずに盾で殴るんだ。いいね?」
「はい」
「よし、リネ頼む!」
二人が部屋を飛び出していき行き、開けっ放しになった扉を閉じて、念のために盾を出しておく。
そういえば倒れてるこの人どうしよう。
鼻先に人差し指を近づけてみると、息はあるみたい。
とりあえず持っている物を確認してみると、腰にナイフと縄、そして裏がべたべたの謎の葉。師匠が教えてくれた植物にもこんなものはないはず。
手にも葉を一枚持っていたのか、右手に葉がくっついている。
とりあえず縄で手首と足首をぐるぐるに縛り、私にしようとしていたと思われる通り、口をべたべたの葉で塞いでおく。
「ナズナ、無事?」
扉の向こうからエリンさんの声がする。
「はい。大丈夫です」
「開けるね」
扉がゆっくりと開く。
念のためにいつでも盾をぶつけられるように四つに分けて狙いをつける。
きれいな腕が伸びてきて袖のないシャツに胸の膨らみ。
「とりあえず船に入ってきた奴はみんな捕まえたよ」
本物のエリンさんだ。
「こいつがコーネルくんが言ってた奴か。ナズナが縛ったの?」
「はい。その人が持っていたもので…」
「この葉っぱも?」
「はい。私に着けようとしてたのか手に握っていたのでこういうことなのかと…」
「ふむふむ…とりあえずこいつ連れていくから部屋で待ってて」
「わかりました」
エリンさんが男に指を振ると男が宙に浮き上がる。
そしてエリンさんが男を連れて部屋を出て扉を閉める。
「う~ん…もういらないわ……」
お姉さまはまだ眠っているみたいだ。
このまま起こさずにすむといいな。




