思ったよりも砂だらけ
「ふぅ…流石に俺も疲れたぞ。稽古は終わりだ。形にはなったのではないか?」
「はい…ありがとうございました…」
更に三回組み手をしたけど一度も勝てなかった。
その後は技の練習に付き合ってくれて、全身汗と砂まみれだ。
でもゲンリュウさんのおかげで、師匠の技はかなり扱えるようになったように思う。
「得るものはあったか?」
「はい!」
「ならばよかった」
「はい、二人とも。お水だよ」
「かたじけない」
「ありがとうございます」
エリンさんとお姉さまが壁際から歩いてきてきてくれて水筒を手渡され、水を飲む。
思ってたよりも喉が渇いていたみたいで、飲み始めたら止まらずに飲み干してしまった。
「さて俺はお暇するかな」
「もうなの?ゲンリュウ。早くないかしら?」
「せめてお風呂借りていったら?」
「ほら!ナズナの寂しそうな顔を見て!」
急にお姉さまが私の背後に回り込んで両手で顔を挟んでゲンリュウさんの方に向ける。
確かにもう返っちゃうんだなと思ったけど。
そんなに悲しい顔をしていただろうか。
「あの…」
「ナズナ…」
「そうだ!昨日の店に行きましょ?どう?エリン!」
「いいね。ゲンリュウさん夕飯一緒にどうですか?」
ゲンリュウさんがじっと私の顔を見つめる。
なんだか恥ずかしくなってきて目を逸らす。
顔はお姉さまに固定されて動けない。
「わかった…お邪魔でなければ…」
「決まりだわ!よかったわねナズナ」
「はい」
やっとお姉さまが顔を放してくれる。
「とりあえず戻ろうか。ゲンリュウさんは私の部屋のお風呂貸してあげるから。ナズナは自分の部屋のにね」
「わかりました」
「むさ苦しい男が女人の部屋の風呂など借りれん!申し訳なくてたまらん…」
「ゲンリュウさんなんて私からしたら赤ちゃんなんだから気にすることないよ。ほらいきまちゅよ~」
エリンさんがそう言いながらゲンリュウさんの背中を押す。
「エリンには敵わんな…」
「エリンさんはすごい人ですから諦めてくださいお父さん」
「お父さん!?」
エリンさんが驚きの声をあげ、何か背筋がひやりとする。
「あっ…」
「どういうことか聞きましょうか…ゲンリュウ?」
お姉さまの笑顔が怖い。
ゲンリュウさんも何かを感じ取ったのか顔がひきつっている。
「やましいことなどは何一つ!路地裏ではその方が都合が良かっただけで…」
「ゲンリュウさんの言っていることは本当ですお姉さま。髪の色も一緒で都合が良かったんです」
「仕方ないわ…」
「ナズナの姉は怖いな…」
「そんなことは…」
そんなやり取りをしつつ訓練所を出て、一階にあるカウンターに訓練所の鍵を返してお姉さまと泊まっている部屋に戻る。
「ナズナ、使い方は大丈夫?」
バスルームに服を脱いで入ると、扉の外からお姉さまの声が聞こえる。
「取っ手を捻ればいいんですよね?」
「そうよ!扉のノブみたいなのがお湯の出るところで、瓶の蓋みたいなのが温度の調節だったわ」
「わかりました!」
備え付けのシャワーの下を念のために避けて取っ手を捻る。
キヒィと甲高い音がして動き、水がちゃんと出てくる。
そっと落ちる水に手を伸ばして温度を確かめる。
水に触れた瞬間、あまりの冷たさに反射的に手を引っ込める。
昨日お姉さまと入った時は温かかったのに。
とりあえず温度を上げるために、円柱形の取っ手を捻る。
もう一度手で水の温度を確かめるけど変化はない。
捻る向きが間違っていたのかなと思い、さっきと逆に捻っても変化はない。
ふと自分の両手を見る。
もしかして…壊してしまったんだろうか…。
―――――――――
「ふぅーー~~~」
「ゲンリュウさーん、魔法で綺麗にした服置いときましたからー」
「かたじけない!」
「いえいえごゆっくりー」
いつ以来の風呂だろうか。
普段は行水か、水を貰って身体を拭くだけで済ませていた。
だが、やはり風呂はいい。
疲れも湯に溶けて消えていくようだ。
エリンが湯に入れてくれた果実もとてもいい香りで心まで安らぐようだ。
しかしやはりおなごには親父の臭いがキツかったのではとも考えてしまう。
臭い消しで入られたものだとしたら仕方のないことといえ少しばかり心に響きそうだ。
「ゲンリュウさーん!ちょっと失礼しまーす」
「どうした!何かあったか!」
浴室の扉が開いて、エリンが隙間から顔を覗かせる。
「ごめんなさい…ナズナのことお願いしてもいいですか?お湯が出なくなっちゃったみたいで」
「ああ、わかった」
「失礼します…」
隙間からもじもじとナズナが入ってくる。
稽古の間は凛々しい少年のようだったが、今は見た目通りの少女に見える。
「使い方はわかるか?」
「はい…でも触ると壊れてしまうんです…シャワーを出していただいてもいいですか?」
「少し待っていろ」
湯船から立ち上がり、シャワーからお湯を出してあげ、念のために少し温度を下げておく。
「ありがとうございます」
湯船に浸かりなおし、手慣れた様子で身体を濯ぎ、握っていたらしい石鹸で髪と身体を洗っていくナズナを見る。
特に危ないところも無さそうだが、風呂のある家に住んでいそうということはやはり良いところの娘なのだろうか。
それから触れると壊れるとはなんだろうか。
「ごめんなさい…止めてもらってもいいですか?」
「ああ」
湯船から上がり、シャワーを止める。
「さあ湯船に浸かるといい」
「ありがとうございます」
ナズナが桶に手を掛けるがどうやら背丈が足りないようで、恥ずかしげもなく足を上げて股を開いてよじ登ろうとしている。
危ないので脇を抱えて一緒に湯船に浸かる。
「大丈夫か?」
「はい…」
「そういえば大きな手袋をしていたな。滑り止めにしてはぶかぶかだと思っていたが何か関係があるのか?」
ナズナを膝の上に座らせて聞いてみる。
「はい。魔力が漏れているそうで、魔法道具に触ると壊れたり動かなくなることがありまして…それを防ぐための手袋なんです」
「それは難儀だな……俺みたいな親父と一緒で嫌ではないか?」
「嫌とは…?」
「入ってきた時もじもじしていたのでな。やはり恥ずかしいのかと思ったのだが」
「いえ…恥ずかしったのは自分でシャワーも出せないと思われるのが少し…」
「そんなことが恥ずかしかったのか?」
堪えきらずに笑ってしまう。
「笑ってるじゃないですか…」
「すまんすまん。しかしナズナくらいなら別に固くて捻れないことも普通にあるだろう」
「それは…そうかも?」
「そうだぞ。むしろ父としては娘に恥じらいがない方が心配だぞ?」
「知らない人の前では裸になったりしないから安心してお父さん」
「そんな当たり前のことを言われても安心できんぞ…」
「確かに…」
困った様に笑うナズナに妻の面影が重なる。
もしもナズナを連れて帰ったらアズサはどんな顔をするだろうか。
とりあえずきっと、かぼちゃだんごをたくさん拵えるだろう。




