ミルクの正体
お皿を下げに厨房に戻ると、フィシェルさんが厨房でご飯を食べながら、果物を台の上に並べて眺めていた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「おー、そりゃよかったぜ」
「ナズナさん、食器はこちらの桶に入れておけば勝手に綺麗になります」
「わかりました」
「ナズナさん、少し待っていてもらえますか。主様にちゃちゃっと何か作りますので。フィシェルさん、ナズナさんの話し相手になってください」
「相変わらず師匠以外には急に雑になるな。まぁいいけどよ。なぁこんなかに好きなもんあるか?」
「えっと記憶が無いのでどれが何やら。食べると思い出したりするんですが」
並んだ果物を眺める。赤、黄、緑、様々な色と形のものがある。
その中に知ってるものを一つ見つけるブブの実だ。
「このブブの実は知ってます。リネやレイゼリアさんと一緒に食べたんです」
「あのねーちゃんとか。少しすっぱいけどうめーよな」
リネは今も森でお墓を守ってるんだろうか。
「なんか喰ってみてーのは?」
「食べてみたいもの…」
台の上の果物を改めて眺める。
ひびだらけの真っ赤な丸い実が目に留まる。
「この、何故かひびだらけのやつが気になります」
「こいつか。いいもん選んだな」
そう言うとフィシェルさんが私の顔くらいのその実を摘まむようのに取ると、まるで初めから切られてたみたいに一切れだけ取れる。
更にそれを指先でなぞると一口大に切れる。
「ほらよ。食後のデザートだ」
「いいんですか?ありがとうございます。いただきます」
すごく甘くていい香りがする。皮は赤かったけど果肉は橙色をしてる。
柔らかいけど少しシャクシャクしていて甘い果汁が溢れてくる。とても美味しい。
「お二人とも、お待たせしました」
「そーだアリシア、ミルクくれよ。食料庫になかったぞ」
「怪我人の方々に精をつけてもらうために飲ませていたので」
「えー絞れねーの?」
「はぁ、あげれるのは一瓶分だけですよ?」
「やったぜ」
アリシアさんがエプロンを外して、シャツのボタンを外すと、たわわが溢れる。まさかなんだろうか。
食器棚から瓶を一つ取って片方のたわわにあてがうと空いた方の手で下から揉むと、先端から溢れた白い液体が瓶に溜まっていく。
「あのミルクはアリシアさんのだったんですか?」
「はい。少しわけありでして。そういう体質みたいなものです」
大きなミトンをしたまま器用に持ち手と揉む手を交代しながら交互にたわわを搾り、瓶がいっぱいになると、ガラスの蓋をして台に置く。
「あんがとよ。こいつは牛とか山羊とかギルムーとかの乳より濃くて甘くて栄養が多いんだよ。だからお菓子の材料に欲しくてな。クリームにすんだ」
「栄養が。それで私に飲ませてくれたんですね」
「そうです。ナズナさんが元気になってよかったです。稀にお腹を壊してしまう方もいるので。では主様に昼食を届けに行きましょうか」
「はい」
アリシアさんがボタンを留めてエプロンをつけ直し、布を被せた持ち手の付いた籠を持つ。
私はフィシェルさんに改めてお礼を言って食堂を後にする。
中庭を抜けて、階段をたくさん上がる。
少し息が上がってきた。
「すみません。いつものことなので失念していました。病み上がりにはきつかったでしょう」
「いえ、大丈夫です」
「まだ少し階段が続くので、失礼しますね」
軽々とアリシアさんが私の脇を抱えて持ち上げ、抱っこされる。
「あの、もう大丈夫ですから。お、降ろしてください!」
「じっとしてください。二人で転げ落ちてしまいます」
そう言われたらとりあえずしっかり捕まるしかなく、抱っこされたまま階段を上がっていく。
あぁ誰にも会いませんように。
「もう少しで上に着きます」
「アリシアか。師匠に用事か?」
誰か降りてきてしまったみたいだ。
恥ずかしくて顔を上げられない。
「はい。主様に昼食を届けに」
「そうか。私はこれから任務に戻るからしばらくまた城を空ける。師匠とみんなのことは頼んだ」
「はい。トーチカさんもお気をつけて」
「ああ」
話終え、すれ違う。
顔を隠そうとぎゅっとアリシアさんに抱きつく。
すると、くるっと銀色の髪の女性が振り返り、私と目が合う。橙色の綺麗な瞳だ。
そして、徐々に顔が熱くなる。
「アリシア、その子赤いぞ。部屋に寝かしてあげた方がいいんじゃないか?」
「トーチカさんに抱っこされてるところを見られて恥ずかしいんですよ」
「そうなのか。それはすまない。君が元気なようならそれでいいんだ。では」
あぁ恥ずかしい。最悪だ。
振り返り、階段を降りていく後ろ姿を眺めていると、
「さあ着きましたよ」
アリシアさんがやっと降ろしてくれる。
目の前には扉がある。塔のようなものだったんだろうか。
「ナズナさん、エリュさんに魔法を試しに当てられたことは覚えていますか?」
「はい。私には魔法が効かない。触れると消えると言ってた気がします」
「この中には様々な魔法道具や魔法のかけられた書物などがあります。念のため、触れないようにお願いいたします」
「じゃあ私はここで待ってます」
「大丈夫です。一緒に入りましょう。見てるだけで面白いものもありますから」
「えっと入ってもいいなら、はいお供、します」
何かに触れてしまわないか不安になりながらアリシアの後に続いて扉の中へと入る。