ヘンダーは本名なんだろうか
「ナズナさんには気にせずお菓子を召し上がって頂いて、私達は仕事のお話をよろしいでしょうかフィシェルさん」
「おう」
この場合はどうしたらいいんだろう。
食べたら失礼なんだろうか。
むしろ食べない方が失礼なんだろうか。
お皿を近くに寄せられたし、ここは子供らしくいただくべきだろうか。
邪魔をしないように小さくいただきますと言ってお菓子に手を伸ばすと、レースさんがにこっと私に微笑み、フィシェルさんの方へ視線を戻す。
「詳しいことは明日ググレさんと詰めていっていただくことになりますが、船はお使いになる予定ですか?」
「ああ、一隻用意して欲しい。全員が空を飛べる訳じゃねーし、敵の正体もこれからだからな。船員はいらねー。こっちで動かす」
「わかりました。帆船を一隻用意しておきます」
「おう。よろしく頼むぜ」
黒茶色で四角い棒状のお菓子を口に運ぶ。
少しひんやりとしていて、ポキッといい音がする。
鼻に抜ける甘く独特で芳醇な香りを私は知っている気がする。
チョコレートだ。勇者の記憶にある、ここにはないはずのお菓子。
記憶よりも香りはとても弱いけれど確かにそっくりな香りがして、口どけもいい。
美味しい…。
「お気に召したようで何よりです。勇者のお菓子という名前で、勇者が残したメモを参考に作られたとか」
口に出ていたんだろうか。
それとも顔に出ていただけだろうか。
恥ずかしくて顔が熱くなる。
「はい…とても美味しいです。貴重なものをありがとうございます…」
「気にしないで下さい。私には少し甘過ぎてね。それでフィシェルさん、船の他に何か入り用なものはありますか?」
「そうだな…物じゃねえけど、結界を張ったのは誰だ?」
「ああ、魔物避けの結界のことですね。ググレさんから聞いたかもしれませんが、一度こちらで独自に海の調査をした時に雇った魔法使いの方が街を去る前に残していってくださったんですよ」
魔物避けの結界…もしかするとエリンさんの魔力に反応してみんなの位置がバラバラに?
「魔物が入ってきた場合はどうなんだ?」
「色が変わるからすぐにわかると言っていました。今のところは一度もないのでひとまず魔物は沖にいる様子ですね。このまま離れて消えてくれればいいのですが、航路の安全が保証出来なければ死活問題です」
エリンさんの魔力が魔物と誤認されたわけではないということだろうか。
お茶も美味しい。
チョコレートが甘いから少し渋いけど口の中がいい感じに抑えられる感じがする。
「その魔法使いはどんな奴だった?」
「赤黒いローブをした金髪の男でしたよ。名前はヘンダーと言っていました」
赤黒いローブ?
「そいつどこに行くって言ってたか、知らね?」
「さすがにそこまでは…仕事で忙しいとは言っていましたが…」
「そうか…あんがと」
「いいえいいえ、何かの参考になったのでしたら覚えていた甲斐がありますよ」
赤黒いローブの男は森で見た奴だろうか。
それとも仲間とかなんだろうか。
質問を繰り返したということはフィシェルさんも気がついたに違いない。
海の魔物もヘンダーという男の仕業なのだろうか。
「とりあえず聞きてぇことは聞けた。悪かったな。変な質問ばっかして」
「いいえ。しかしヘンダーという魔法使いとは知り合いか何かで?」
「いや…うーん。なあナズナ、言っちまってもいいよな?」
「そうですね…。今後のガームスの安全のためにも話してもいいと思います」
にこやかだったレースさんの顔が、少し険しくなって私とフィシェルさんを見つめる。
「次に赤黒いローブの奴がガームスに来ることがあったら、仕事は頼むな。バレねぇように監視をつけろ」
「それは一体…」
レースさんが困った顔で言い淀む。
でも私もどこまで言って話していいのかわからない。
「以前、とある村が魔物に襲われる事件がありました…その犯人が赤黒いローブを来た魔法使いだったんです…なので海でのことも何か知っているのかもしれません」
「…では結界は?」
「魔物避けじゃねーよ。街の外からの干渉を妨害するものだ。魔物が魔法を使ってきたなら防いでくれっかもな」
「街の外からの干渉?……じゃあフィシェルさんが連れの方々と離れ離れになったのは」
「結界のせいだ。魔法陣の場所教えろ。外と連絡が出来なくなってるからすぐに壊した方がいいぜ」
「すぐに警備に事情を言って破壊させます!少々お待ちを!」
ガタッと大きな音を立てて椅子から立ち上がり、レースさんが部屋を飛び出していく。
扉が閉まる音を聞いた後にフィシェルさんがチョコレートを口に放り込む。
「ヘンダーという人が海に何かしたんでしょうか」
「わかんね。怪しさ満点だけどな」
「エリンさんとリネが一番遠くに飛ばされたのもわざとなんでしょうか?」
「かもしれねぇな。魔力の多い奴は遠くに飛ばされたのかもな」
「チョコレートどうですか?」
「ちょこれっと?」
「あっ……えーと勇者のお菓子のことです」
「勇者の記憶か…思い出すってことは結構再現度高いのか?」
「そうですね…私自身の記憶という訳ではないので断言はしにくいですが、似ていると思います」
「へー…ちょこれっと…」
「チョコレットじゃなくてチョコレートですよ
よ」
「ちょこれーとか、作り方を調べねぇと」
「エリンさんかガンドルヴァルガさんなら何か知ってるかも知れませんよ?」
「確かにな」
ガチャっと音が扉が開いて、レースさんが部屋に戻り、机に座ってお茶を一気に飲み干す。
「はぁはぁ、失礼。今、連絡を伝えてきました」
「連絡出来ねーの気づいてなかったのか?」
「恥ずかしながら…こちらからの連絡は出来ていたので、ちょっとした不調で相手側の天候か何かの問題かと…」
「なるほどな。ちょ…勇者のお菓子、美味かったからウチも買いてーんだけどどこに売ってるか教えてくれねーか」
「ヨウル大陸からの貿易品でして、詳しい場所まではわからないんです。申し訳ございません。ですが作っているのはカジマという南の方の街だそうですよ」
「あんがと。調べてみる。…んじゃ、ウチらはそろそろ」
フィシェルさんが立ち上がると、レースさんが手を二回叩く。
「気に入ったのでしたらお土産にどうぞ。一つずつで申し訳ないですが」
そう言うと油紙に丁寧に包まれた棒状の物が机の上に現れていた。
「嬉しいけど孫にやらなくていいのか?」
「まだ少しだけありますから。それに食べ過ぎて虫歯になってもいけませんからね」
「悪ぃな。じゃあ代わりにこれを孫にやってくれパッチの実だ。食べると面白いぜ」
そう言いながら三角帽子から小袋を取り出してレースさんに差し出す。
「パッチの実?ありがとうございます」
「二十は入ってるはずだから味見しても大丈夫だぜ。じゃあいくぞナズナ」
「はい。レースさんありがとうございました」
「いえいえこちらこそ。扉の外に控えているシャウマが部屋まで案内してくれますよ」
お辞儀をして、さっさと扉から出ていこうとするフィシェルさんを追いかけて部屋を出る。
そして扉が閉まる瞬間にうわっという驚くような声が聞こえた。
パッチの実ってどんな味だったんだろう。




