子守唄
誰かが名前を呼んでる。
あれ、何していたんだっけ、確か師匠を呼んで、それでビリっとして、ちょっと待っててって言われてそれで。
「レイ、ゼリア」
懐かしい声だ。
確か師匠の使い魔の。
「レイ、ゼリア、エリュを」
そうだ魔法生物のアルラウネのリリクラ。手のひらサイズのかわいい子だ。
「エリュを助けて」
なんだかすごく身体がだるいけど、身体を起こすとそこら中に蔓が伸びている。
「何これ、いったい何が?なんで私眠って?」
部屋が暗い。魔晶灯が壊れたんだろうか。
部屋中に物と蔓が散乱している。
師匠は壁に寄りかかって眠っている。
ナズナの姿はなく、蔓がぐるぐるに固まったものが五つ。
師匠の前にあるぐるぐるがリリクラ?
「リリクラ?」
「やっと、起きてくれた。エリュを助けて」
何が何やらわからないまま立ち上がり、師匠に近づく。
「師匠?ナズナはどこへ?いったい何が?」
返事はない。
首がだらんと下を向き、顎から何かが落ちる。
「ナズナはここ」
師匠の前の大きめの蔓の塊がゆっくりと引いていくと、蔓で手足から胴体、首に至るまで全身を縛られ、更に、後ろから妖艶な姿のリリクラに抱きつく様にして押さえられた虚ろな表情をしたナズナがいた。
「ナズナ?」
反応はなく、他の四つの蔓の塊がガタガタと揺れ、ナズナの腕が震えている。
リリクラにがっしりと押さえられ、更に蔓でがんじがらめの両手には何かが握られている。
震えるその手から視線を移していく。
鍔から伸びる刀身、切っ先は赤く染まった布で見えない。
刀に雫が落ち、視線はその上の口元へと移る。
「リリクラ、なんでナズナが師匠を刺してるの?」
「彼女に、刀を出させるために、魔族のフリをして攻撃したわ。けど、彼女は最後まで出さないで気絶した。そしたら突然起き上がって私の右腕を斬り飛ばしたわ。エリュは止めようとしたけど魔法は効かない。だから気を失う前に私に自分の魔力を渡して、私を元の姿に戻した」
「私はどうしたら?壁際じゃ師匠を刀から離せない!」
「壁を壊すか、彼女を正気に」
「むやみに、抜いたら、失血で、死ぬわよ」
「師匠!」
「エリュ!」
「うるさい、わよ。彼女を、正気に戻しなさい。多分、仲間がくるわ。早く、しない、と」
「師匠!しっかりしてください!」
「レイゼリア、仲間が来たら、この子は殺されてしまうかもしれない。なんとか正気に」
「そう言われても…」
「流石に子どもは殺さねーよ。時と場合によるけど」
「リリクラもう大丈夫だ。その子を離せ」
突然、師匠と同じ三角帽子と金色の紐をした二人の魔女が現れる。
「だめ、ガンゼツの武器、魔法が効かない。勇者の盾と刀」
「勇者のか。じゃあ殺るしかねーな」
「まて、逸るな。リリクラ、彼女は何だ?」
「多分、精霊。勇者の武器の精霊」
「それが何で暴れてる?」
「正体を探るために、追い詰めた。気を失ったと思ったら突然こうなった」
「じゃあわりーのはエリュだから殺っちゃだめか」
「そうなるな」
「キコクの武士みたいな動きで強い」
「勇者の動きを覚えてんのかもな」
「ふむ。リリクラ、私達の魔力をやるからアルキュラムラの花を作り出せ。エリュの使い魔ならできるはずだ」
「わかった。それなら確かに眠らせられるかもしれない」
「そしてそこの君、彼女とは親しかったのか」
突然、真面目そうな銀色の髪の魔女に話しかけられる。
「いえ、まだ出会って数日しか」
「貴族はお堅くてめんどくせーな。ダチなのか?ちげーのか?」
「友達です」
「なら子守唄でも昔話でもいい。彼女を安心させてあげてくれ」
「わかりました」
虚ろな表情のままのナズナをそっと抱き締める。
「ラーララーラ、ラーララ」
お母様が小さい時よく歌ってくれた子守唄を歌う。
お母様もお婆様によく歌ってもらったと言っていた。
眠れなくて、怖くて寂しいとき、部屋を抜け出してお母様の部屋によく逃げ込んだ。
私がこっそりと音を立てずに部屋に入っても、お母様は不思議とすぐに気づいてくれて、優しくベッドに入れてくれた。
そしてそんな時はいつもこの子守唄を歌ってくれた。
「ラララー、ラララ」
周りにたくさんの紫色の綺麗な花が咲き乱れ、濃い甘い香りに包まれる。
意識が離れそうになるのを歌い続けることで誤魔化す。
「レ、イ、ゼリ、ア」
「大丈夫。もう大丈夫だよ」
ナズナが目を閉じ、震えていた手が止まる。
リリクラがゆっくりと私ごとナズナを後ろに下がらせると、ナズナの手から刀が離れる。
「リリクラ、大丈夫だ。刀を」
「うん。エリュをお願い」
リリクラが蔓で刀を掴みゆっくりと引き抜く。
すぐさま銀色の髪の魔女が杖を構えると師匠が光の玉に包まれ、宙に浮く。
「すまないフィシェル。先に行く。後はまかせる」
「おーよ。さて貴族のねーちゃん、わりーけどこいつも連れてくぜ」
「ナズナ、を?」
「わりーよーにはしねー。エリュを信じてんなら、ウチらんことも信じてくれ」
「わかり、ました」
「あんがとな。ゆっくり休め」
もう意識が保っていられず、スッとなんだか身体が軽くなって、ゆっくりとまどろみの中に落ちていく。