ガンゼツの武器
エリュさんがレイゼリアさんを指差し、不敵に笑うと、指先に光が灯る。
ひゅっと風を切る音がして光がレイゼリアさんに飛んで行き、レイゼリアさんの胸にくっつくとバチっという音がして、レイゼリアさんが大きく仰け反る。
うぐっとレイゼリアさんからうめき声が漏れ、崩れるように膝をつくと胸にくっついていた光が離れて、エリュさんの指先に戻る。
「師匠、これは、流石に、子ども、には…」
まだ身体が痛むのかレイゼリアさんは大きく肩で呼吸をしながら言う。
「自分のことが知りたいなら盾を出しちゃだめよ」
エリュさんが私に光を向けて、不敵な笑みを崩さずに言う。
怖い。どれだけ痛いんだろうか。
「じゃあいくわね」
今度は私に向かって光が風を切って飛んでくる。怖い。胸に真っ直ぐ飛んでくる。
恐怖に負けて目をぎゅっと瞑る。
「あの、あれ?」
光がどこにもない。
「はぁ、今度は目を閉じちゃだめよ」
そう言うと一瞬で光を放つ。
驚く暇もなく光が胸に当たって弾けて消える。
なんともない。
「レイゼリア、これを触って。ちょっとでいいわ」
そう言って今度は手のひらに光の玉を出す。
レイゼリアさんが人差し指で恐る恐る光に触れるとバチっと鳴ってレイゼリアさんが指を引っ込める。
「さああなたの番よ」
私も恐る恐る人差し指で触れる。
すると光の玉がぶれて消えてしまう。
魔法に触れない?
「レイゼリア、もう痛くしないから安心しなさい。久しぶりボール遊びでもしましょう」
手にはいつの間にやらぽよんとしたボールを持ってる。
それをエリュさんが両手に持って下から上に腕を振ってレイゼリアさんに投げると、ふわふわと放物線を描いて飛んでいきレイゼリアが難なくボールをキャッチして困惑した様子でエリュさんに投げ返す。
ボールが三往復ほどしたところでエリュさんが私を見てニコッと笑うと私にボールを投げる。
ゆっくりふわふわと飛んでくるそれに触れるともやもやと形が崩れ、煙のように消えてしまう。
「そんな悲しい顔しないで欲しいわね。ボールくらいレイゼリアに頼めば何百個も買ってもらえるわよ」
「しっ師匠、一応姫なのでボールくらいなら否定はできませんが。それで一体これは?」
「私は魔法が触れない?」
「そうね。あなた自身が触れもしないのは少しだけ驚いたけど。これがガンゼツの武器の特徴よ。魔法はかき消え、魔力は拡散して消えてしまう」
「あの、じゃあ私は魔法を使えないんですか?」
「え?まあ、そうでしょうね」
私の密かな夢は今あっさりと潰えた。
私が落ち込んでるのを知ってか知らずかレイゼリアさんがエリュさんに問う。
「ナズナが盾の所有者になったから魔法に耐性を持った。ということではないんですか?」
「違うわよ」
はぁとため息をついて、エリュさんが私が見つめる。
「そういえばもう一つ確めることがあったわね。ちょっとそこで待ってなさい」
そう言うとエリュさんが宙に円を描いて出来た穴に入っていってしまう。
レイゼリアさんは腕を組んで考え込んでいる。
私は盾を出して、しまう。これは魔法ではないらしい。
穴からエリュさんがひょいっと戻ってくる。
思ったよりも早かった。
「アイマ」
こっちよ。知らない言葉のはずなのにエリュさんの言葉の意味がわかる。
すると緑色の肌の大男が屈んで穴から出てくる。
ゆっくりと身体を起こすと頭が天井すれすれだ。
茶色いボサボサの髪に口からは牙が飛び出している。上半身は逞しい筋肉を見せつけるかのように裸で、腰には何かの毛皮が巻かれていて股間は隠している。
そして右手には大きな鉈のような剣が握られている。
「アーユニエイル、エルルエンダ」
あれが新しい勇者、あなた達の敵。
そんなことを言いながら私を指差し、不敵に笑う。
「構えないと死ぬわよ」
部屋が揺れる程の雄叫びを上げて、天井を破壊しながら剣を振り下ろしてくる。
がんっと大きな音をたてて盾がそれを防ぐ。
驚いて顔を反らすとレイゼリアさんが何故か倒れている。
その隙を逃さなかった大男に首を掴まれ簡単に持ち上げられ、捕まってしまう。
男の動きが止まったかと思ったのも束の間、床に叩きつけられる。
背中から衝撃が突き抜け息が出来なくなる。
飛びかけた意識が激しい金属音に呼び戻される。
なんとか身体を起こそうとするけど全身が痛くて重い。
なんとかうつ伏せになり身体を起こすと倒れているレイゼリアに剣が振り下ろされる。
息も絶え絶えで声は出ない。盾で守ろうとレイゼリアに腕を伸ばす。
「させないわよ」
エリュさんの声がして、突然顔に何かがぶつかって視界が揺れる。
ブラシが床に転がり、激しい衝突音が聞こえる。視線を向けると盾がクローゼットを押さえ、さらに部屋中の物が飛んでくる。
大きな物を四つの鉄塊がなんとか食い止めているけどブラシや靴や手鏡が飛んできて身体中にぶつかる。
手を止めていた大男と目が合う。大男が口角を上げてニヤリとすると剣をレイゼリアさんに振り下ろす。
声が出ない。レイゼリアさんは倒れたまま、気づいていない。エリュさんはレイゼリアさんを守るどころか私を攻撃している。
頭が割れそうになる。
私はどうなってもいい。なのに盾はレイゼリアさんを守ってくれない。どうして?
「お、ねがい……いって!」
ひとつがレイゼリアに向かって飛んでいき、剣を受け止める。
そして上から降ってきた何かに私は潰されて目の前が暗くなる。
バキっという木の折れるような音が意識が消えるまで頭に響き続ける。