牢の中は真っ暗で見えない
床に刺さった剣を王子様が引き抜く。
私よりも少し小さなゴブリンが持っていた時は大きく見えた剣が王子様が持つと少し短く見える。
「片手剣か。黒ずんではいるが欠けてはいないな」
王子様が拾った剣を眺め続ける。
「確認は済んだか?さっさとオークも帰してやらねーといけねーんだけど」
「すまない。ガンゼツの刀と盾以外を見るのは初めてでね」
くるっと王子様が私の方を向き、剣の柄を差し出す。
「預かっていてくれ。木剣よりは役に立つだろう」
「かしこまりました」
恐る恐る剣を受け取るけど、重いだけで特に何か感じるものはない。
ガンゼツの武器同士が出会うと何かが起きるなんてことはないようで安堵する。
「レイゼリア後で話がある」
「ええお兄様わかっています」
王子様の案内ですぐに下に続く階段を見つけて降りる。
地下一階は通路と扉の無くなった空っぽの部屋があるだけだったけど、地下二階は様変わりしている。
湿った空気が漂い、カビ臭く、通路の左右にある等間隔の灯りが鉄格子を浮かび上がらせている。
そしてすぐに奥から足音が聞こえてくる。
「上の騒ぎに気づいていたのか?」
「かもしれねーな」
奥からゆっくりと巨体が現れる。
遺跡のことは詳しく聞いていないけど、二メートルはありそうなオークの巨体でも狭くないみたいだ。
「オオオオオオオ!」
こちらに気づいたオークが雄叫びを上げて走り出し、先頭のフィシェルさん目掛けて剣を振り下ろす。
フィシェルさんが杖を構えると、剣はフィシェルさんに届く前に何かに当たってギリギリと震え出す。
まるで見えない盾が剣を受け止めせめぎあっているように見える。
剣に力を込めて震えるオークの左右から、それぞれ槍と斧がフィシェルさんに向かっていく。
その二つの攻撃もフィシェルさんには届かず見えない何かに阻まれる。
三方向から押されているはずなのにフィシェルさんは微動だにせずに構えた杖を少し上に向ける。
するとフィシェルさんに向けられた武器が弾かれたみたいに離れていき、オーク達が仰け反る。
その隙にフィシェルさんの振る杖から水色の光が放たれてオーク達は仰け反った体勢のまま固まっていく。
「別パーティがくるかと思ったんだけど、音がしねー」
フィシェルさんが杖を大きく振って大きな円を描きながら言う。
「確かに変ですね。先程のゴブリン達は別パーティが物音に気づいて近づいてきていました」
「確かに叫び声が聞こえなかったとは思えないな」
三人が警戒を強め、私も気を引き締める。
「ここからは俺が先頭を歩こう。賊が奇襲してくるかもしれない」
「じゃあ今度は後ろにいてやるよ。セイと姫様はそのままな」
「わかりました」
「かしこまりました」
奥へとゆっくりと進んでいくけど、自分達の足音以外何も聞こえない。
それがふつうなのかもしれないけど不安は高まっていく。
私はこっそりと頭の上のリネに囁く。
「チチ…オークさんの匂いがわかったりする?」
チチチと鳴いて一回優しくつつかれる。
肯定と捉えていいだろうか。
「王子様、あの…少しよろしいでしょうか?」
王子様との話し方とかわからないけど失礼の無いようにしないと。
「どうした?確かセイといったか」
「あの…この子が何かに気づいた様なので…案内させてもよろしいでしょうか?」
チチチと鳴きながら頭の上から飛び立ち、私の周りをくるくると回って王子様の前で空中で器用に静止する。
「この小鳥が?」
「はい、チチという名前で言葉が分かるお利口さんなんです」
子供の戯言とでも思われてしまっているだろうか。
王子様が少し考え込んでいる。
「いいだろう。チチ、案内してくれ」
チチチと王子様に返事をして先頭になって飛んでいく。
そして通路の左側の牢の鉄格子を、ここだと言うみたいにつつく。
今までの牢は全部閉まっていたのにリネが案内してくれたそこだけ錠が壊されて潰れている。
教えてもらわないと暗くて見逃していたかもしれない。
「レイゼリアとセイは通路を見張っていてくれ。フィシェル殿はすまないが来てくれ」
「わかった」
中に何があるんだろうか。
「セイさんは後方を、私は前方を見張るから」
「わかりました」
何だか遠ざけられている気がする。
小声で王子様とフィシェルさんが何か話しているみたいだけど、内容まではわからない。
しばらく経ってから牢から王子様とフィシェルさんが戻ってくる。
もしかしてオーク達が亡くなっていたんだろうか。
「あの…もしかしてオークさん達ですか?」
「オーク達ではない…早く探してやろう」
王子様が私の頭に優しくぽんぽんと手を乗せて先に進む。
「あの……フィシェルさん、中には何が…」
「見なくていい。早く探すぞ?」
フィシェルさんも諭すように私の頭を撫でる。
「わかりました」
私は諦めて王子様の後についていく。
通りすぎる時にも牢の中は真っ暗で何もわからない。
何があったというんだろうか。
別に夢でたくさんひどい光景を見たから平気ですよと言ってもただ引かれるか哀れまれるだけな気がして、大人しく子供扱いを受け入れた。