調査は停滞中
ヘーンド遺跡の地下迷宮の調査を開始してからおよそ五日、わかったことはおそらく迷宮核という魔法道具が使用されて迷宮となっていること、そしてその使用された迷宮核はおそらく盗賊達が盗んだものではなく、元々遺跡に残されていたかつての大戦時のものだろうということだ。
召喚された魔族達が凶暴化し操られている様子から予測し、今まさに賢者様と師匠への追加の手紙をしたためている。
自国内で迷宮などが見つかっても黙っている国がほとんどだが、賢者様に進められた場所なだけあり、礼儀として賢者様へ発見してすぐに一報を入れておいていたことは運が良かったかもしれない。
魔族が関わっているとなると、賢者様の力を借りたいところだ。
「レイゼリア様、お客様です」
「レイゼリア、今いいか?」
レーシャが開いた天幕の入口からお兄様が声をかけてくる。
「大丈夫ですお兄様」
「やはり、奴らは決まった道を徘徊しているようだ。魔族が外に出てくることはないだろう」
「そうですか…私も今手紙を書き終えたところです。すぐに賢者様へ送ります」
王都の城との連絡用に念のために持ってきていたスクロールを広げ、魔石を置いてすぐに手紙を送る。
「しかし、オークやゴブリンは滅んだと聞いていたが僅かに残っている者達がいたのか?」
「森の奥で静かに隠れ住んでいたのかも知れないですね」
「しかし彼らはエルフのように長い寿命を持っていたのか?」
「いいえ、習った通りならあまり私達人族と変わらないはずです。身体の大きなオークは少し長く、身体の小さなゴブリンは少し短いと習いました」
「ならば彼らは魔王軍の残党などではないんだな?」
「はい。戦争のことを伝え聞いている可能性はありますが当時を知るものはもういないでしょう」
「いったいどうやって召喚したんだ…」
何か使用者や魔法と呼び出されるものに繋がりや足掛かりとなる共通の物が無ければ召喚魔法は成立しない。
実物は見たことがないけど迷宮核は複雑な箱の形をしていて、その中に無数の魔法が詰め込まれているそうだ。
魔力が無くても起動でき、魔王軍は占領した各地でこれを使い、即製の基地や要塞、罠や収容所を作っていたという。
素材にはゴブリンやオークの血や髪など身体の一部でも使われているんだろうか。
そうだとしてもかなり代替わりが進んでいそうだけれど。
「レイゼリア、何か来たみたいだぞ?」
お兄様が驚く視線の先でスクロールの魔法陣が輝き、拳大の水晶玉のようなものが届く。
「レイゼリア、そこにいるか?」
玉が淡く光り、賢者様の声がする。
「はい。ここにおります。兄も一緒に」
「そうかそうか。こんな玉で申し訳ない王子よ」
「驚いたがかまわない、森の賢者殿。レイゼリアからの手紙の通りだ。遺跡にオークとゴブリンが現れ困っている」
「こちらでも、オークとゴブリンから仲間が突然光って消えたと報告を受けている。できれば穏便にすませたい」
「幸いこちらにも相手にもまだ被害は出ていない。彼らは洗脳状態にあるようで決まった経路を徘徊し続けている。正気に戻す方法はあるのか?」
「魔族の言葉がわかるものはいるか?」
「数人なら」
「オークを一人気絶させてみてくれ。それで正気に戻るようならいいがそうじゃない場合は完全に洗脳されてしまっておる。ゴブリンの方は独自の言語を用いているから話は出来ないと思った方がいい」
「わかった。やってみよう。しかし完全に洗脳されていた場合は?」
「明日そちらに一人弟子を送る。洗脳が解けるようならそちらで解いてから森へ帰そう。解けない場合は捕らえた後に城で対処する」
「いいでしょう。兵士達にもいい訓練になりそうだ」
「ありがとう。では一度失礼するよ」
光が消えて水晶玉が静まり返る。
「師匠に会えるかもしれないなレイゼリア」
「そうですね」
「とりあえず一人捕らえてみよう。悪いが待っていてくれるか?」
「一緒に行きたいですが少数精鋭の方がいいのも確かです。もしものことを考えて入口で待機しておきます」
「ありがとう。助かるよ」
お兄様が天幕の外へ出ていき、私もすぐにマントを羽織って魔石をかき集め、天幕を出る。
お兄様もすぐに用意を済ませ、精鋭達を選び終えたようだ。
「ダン、ガード、エレイナ用意は出来たな?」
「はっ!」
「ゴーレン、ハーク、カルケンはレイゼリアと入口で待機だ」
「はっ!」
「よし、早速調査に向かおう」
もう歩きなれた道を進み、何事もなくすぐに迷宮となった地下への階段の前へと辿り着く。
「エレイナさんこれを」
「失礼ですが、こちらは?」
「赤くて四角い宝石の付いた指輪は私の着けている同じ指輪と繋がっているの。何か非常事態があれば魔力を込めれば私に伝わるわ。緑色の宝石の指輪は蔓が伸びて狙った相手を絡めとることができるわ。オークの力が予想以上だった時に使って。それと念のための魔石三つを」
「ありがとうございます」
「エレイナいくぞ」
「はっ!では」
「ええ、気をつけて」
お兄様達が階段の奥へと消えていく。
今はとりあえず指輪を使わずに済むことを願うばかりだ。