体質
気がついたらまた花畑にいる。
横になった身体を起こして座り、見渡す限りのナズナを眺める。
やりたいことを考えているうちに眠っていたみたいだ。
けど、今さっき来たばかりでなんだか珍しい気がする。
もしもみんなに会わないといけなくなったらお酒を飲んだらいいのかもしれない。
みんなを呼ぼうとして口を開きかけ、これは自分で考えないといけないとと思い、すぐにぎゅっと口を結ぶ。
そもそも精霊って何をしているんだろう。
その土地を魔物や悪い人から守ったりしてるんだろうか。
まだ会ったことがないけど城のある森の妖精はそういうことをしていると師匠が言っていた。
「あれ?また来たの?」
女の子が声をかけてくれる。
もちろん姿は見えない。
「うん。まだ吐き気がしてたから酔ってるのかもしれない」
「ははは!だっせー!」
「ださくないでしょ!」
「うんうん」
「みんなはお酒飲んだことあるの?」
「あるわけないじゃん」
「それでださいとかよく言えたわね」
「そー思う」
みんなは流石にお酒を飲んだことないはみたい。
勇者はどうなんだろう。
「勇者はお酒に強かったの?」
「知らない」
「わからない」
「さっぱり」
「にーちゃん!お酒弱いの?」
少し間が空いて、男の子がまた話す。
「弱くないみたいだぜ。ビールは嫌いだったけどワインは平気だって」
私には返事は聞こえなかったけど男の子には聞こえたみたい。
「ちゃんと調べておいた方がいいかな?」
「うん」
「それがいい」
「そうだな」
「そー思う」
精霊はお酒に弱いとかあるんだろうか。
でもそんな話があったらアリシアさんは薦めたりしないはずだ。
突然身体が地面に沈んでいく。
「すぐにバケツを取って!」
「ベッドの横だよ!」
「急げよ!」
「気をつけて!」
子供達の声がして、現実に戻ると同時に一気に吐き気が込み上げてきて、重たい身体を急いで起こしてベッドの横のバケツ取り、顔を突っ込む。
「うえっ…おえ…うえっおおぇ……」
夜ご飯をまだ食べ始めたばかりだったからか、量はほとんどない。少し多めに痰が出た程度だ。
さっきは気づかなかったけど机の上にタオルが置いてあり、バケツを元に戻しタオルの端で口を拭いてベッドに横たわる。
出したら少し楽になった気がして、すぐに意識が深く沈んでいった。
そしてぱっと目が覚めた時にはもう吐き気は消えて、身体のだるさだけが残っていた。
けど、このだるさはただの寝すぎかもしれない。
この部屋は時間がわからないからとりあえずベッドから降りて部屋を出ようと扉を開くと扉の横に靴が置いてある。
メイド服と一緒に履かされていた黒いブーツだ。
アリシアさんが私の靴がないから置いておいてくれたのかもしれない。
黒いブーツを履いて通路に出てとりあえずトイレで小さい方をしてから、誰かいないかなと食堂に向かう。
誰もいなかったとしても食堂になら時計があるし、今が何時かわかるはずだ。
誰ともすれ違うこともなく、食堂につき、入ってすぐに振り返って時計を見上げると時計の針は四時を指している。朝の四時だろうか。
「おう、久しぶりだな。元気してたか?」
声をかけられ、上を一生懸命向いていた首を元に戻すと、三角帽子とコートを羽織ったフィシェルさんがいつの間にか食堂の入口に立っていた。
「お久しぶりですフィシェルさん。えっと一応元気です。今帰ってきたんですか?」
「ああ。けど朝飯喰って報告したらまたすぐ次の場所に行かねーといけなくてな」
「もしかして魔物が大量発生してるんですか?」
「いや、そーいう話は聞いてねーな。魔物は倒すと消えちまうから急がないと痕跡が無くなんだよ。だからなるべく早く現場に行かないといけねんだ」
「なるほどです…」
「そっちはこんな朝早くにどーしたんだ?」
「実は…」
私はフィシェルさんに昨晩のことを話した。
「精霊がお酒に弱いとか聞いたことありますか?」
「ねーな。まあ飲まなきゃいけないものでもねーし。気にすんな」
「けど一口で倒れるとは思わなくて…」
「心配なら師匠にでも聞くといいぜ。ほら来たぜ」
「呼んだか?」
食堂にガンドルヴァルガさんもやってきた。
「おはようございます。ガンドルヴァルガさん」
「師匠、ナズナよろしくな。飯作ってくっから」
フィシェルさんがそう言って厨房へと入っていく。
「ずいぶん朝早いがよく眠れなかったのか?」
「いえ、むしろ早く寝たから早く起きてしまった感じです…」
私はガンドルヴァルガさんにも昨晩のことを話してフィシェルさんに聞いたことを質問してみる。
「ふむ、精霊が酒に弱いとは聞いたことがない。勇者が酒に弱いとも聞いたことがないな」
「そうですか」
お酒に弱すぎるのは私個人の体質のようだ。
もうひとつ気になっていたことを質問してみる。
「あの、アルセル王国からのお手紙の内容って聞いてもいいですか…?」
「あれか。アリシアから代わりに受け取ってくれたと聞いたな。ありがとう」
「いえ…」
「新しい迷宮が見つかったようでな。その報告だ」
「新しい迷宮?」
「どうやら盗賊団が盗んだ魔法道具の中に迷宮を生み出す迷宮核という道具があったようでな。昔の前哨基地が迷宮になっていたようだ」
特に私に関することではなかったらしい。
「迷宮核というのはすぐにわかるものなんですか?」
「長い年月をかけて自然に出来るものや、強力な魔法使いによって作られる迷宮と違ってな、迷宮核を使うと地形や建物などはそのままに魔法の罠が設置されたりするだけなんじゃよ。だから元の地形や建物の内部を知っていればすぐわかる」
かなり簡易的なもののようだ。
「作った魔法使いによって罠の種類や数は千差万別。しかし、レイゼリアなら大丈夫だろう。エリュの弟子でナズナの姉弟子だからな」
「そうですね」
心配か不安が顔に出ていたのだろうか。
けどガンドルヴァルガさんの言う通り、私は心配するようなことはきっとないだろう。