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偶然

「会いに来てくれてありがとう」


 私は振り返らずに背後に立つ勇者へと語りかける。


「まだ、会うつもりはなかったんだけどね」

「ワインのおかげ…」


 私自身、この夢の中の花畑に来たかったけど、それはもっとちゃんと気持ちを整理してからだ。

 私としても完全に不可抗力というやつだ。


「どうしようとナズナの自由だよ。俺も焚きつけるようなことを言ったしね」

「どうして怒っているのか、ちゃんと教えてほしいんです…私にはまだ、わからないことだらけで…」


 私は答えてくれるのか不安だけど正直に聞いてみる。

 勝手に運命を感じたことか、命を粗末にしようとしたことか、無茶を繰り返したことか、その全部か、全然違うことなのか。


「俺もエリンの言葉を聞いて

反省したよ。だからはっきり言う」


 怖い。鼓動が早く大きくなる。


「君が生まれたのはただの偶然だよ」

「偶然…」


 喜びも悲しみも感じない。ただただ偶然という言葉が胸に染みていく。


「俺はガンゼツさんが打った刀を使い続けていたけど、それもたったの二、三年のことで盾も同じ。確かに大事にしていたし、生死を共にしたけど、それくらいで付喪神…こっちでは人工霊か、になったりはしないんだ」

「じゃあどうして?」

「ムーダンジアで何が起きたのか、俺は何も覚えていない。そこで何かがあって俺の身体は消えて、魔力は刀と盾に焼きついた」

「エリンさんの話を聞いても何も思い出せなかったんですか?」

「ああ…魔王の元に辿り着いたところまでしか覚えていない。そして刀と盾は石棺にしまわれた。きっと錆やカビを防ぐために職人達の手で精巧に作られたんだろう。密閉された狭い空間に漏れずに魔力が満ち続けて…そして君が生まれた」


 実感があるのかないのか、肯定も否定も出てこない。

 でもショックじゃないのはきっといいことだ。


「今のは俺の仮説だよ。実際のところはわからない。でもナズナ自身、心の何処かで偶然だと思っていたのかもな。そしてエリンの話を聞いて偶然と偶然が合わさって運命だと思った」


 偶然と偶然が合わさって運命だと思った…。

 そんなこと考えてもいなかったはずなのに、胸が貫かれるみたいな衝撃を受ける。


「みんなの無事を確かめたい気持ちはあるよ。でも、それはそれ。俺の記憶は関係ない。夢に惑わされるな」

「でも…」

「エリンの言う通りだよ。気にせず自分の道を進むんだ。そのためなら俺達はいくらでも力を貸すよ」


 突然身体が浮き上がり、上へ上へと花畑から離れていく

 お腹の中が持ち上げられるようで気持ち悪い。


「待って!まだっ…うっ!」


 吐き気がしてきて、うまく言葉が出せない。


「もう怒ってないよ。俺が大人げなかった」

「そん、な!…うぷっ…」


 どんどん花畑が離れて小さくなっていく。


「ナズナがやりたいことをするんだ」


 その言葉を最後にもう勇者がどこにいるかもわからなくなって、花畑も見えなくなり、強い光と吐き気を感じて目を覚ます。


「うっ……」


 石造りの見慣れた天井が見える。

 込み上げてくるものをぐっと堪えて身体を起こす。

 周りには棚と机、棚には瓶がいくつかしまってある。

 自分の部屋じゃない。病人用の部屋だ。

 いつもは暗いのに今日は明るい。アリシアさんが運んでくれたばかりなんだろうか。

 リネの姿はないみたいだ。

 また吐き気がして、うずくまって耐える。


「ナズナさん、お目覚めですか?」


 顔を上げると、扉からアリシアさんが入ってくる。


「はい…まだ気持ち悪いですけど…」

「何があったか覚えているようですね」


 コップを手渡され、とりあえず受け取る。


「はい…ワイン一口でこうなるとは、うっ、思いません、でした…」

「ゆっくりお水を飲んでください。酔いに効く薬草の汁を入れてあります」


 受け取ったコップに口をつけるとスースーとした涼しげな香りがして少し楽になった気がするけど後味はちょっぴり苦い。


「どれくらい眠ってたんですか?」

「二時間くらいでしょうか」

「日を跨いでなくて、よかった、です…」

「今日はこちらでこのままお休みになってください。リネさんは私かエリンさんの部屋でお休みしていただくことにします」


 吐いてしまっても大変そうだから大人しく従っておこう。


「わかりました。うっく…リネに大丈夫って伝えておい、てください…」

「わかりました。では服を着替えましょう」

「はい…」


 ゆっくりとエプロンを外すと、アリシアさんが指の分かれてないミトンで器用にシャツのボタンを外してくれ、するすると服が脱がされていき、全裸になる。

 持って来てくれていたのか、いつもの袖無しシャツとかぼちゃパンツを履かせてくれる。

 そして、横に寝かされて布団がかけられる。


「ありがとう、ございます…」

「ベッドの横にバケツを置いてありますのでもしもの時はそちらへ」

「はい…」

「それではゆっくり休んでください」


 アリシアさんが天井に手をかざすと灯りが消え、扉が閉まって暗がりになる。

 今起きたばかりで正直、眠れそうにない。

 とりあえず夢の中の花畑のことを思い出す。

 みんなが赦してくれたけど、これからどうしたらいいんだろう。

 ちゃんとやりたいことを見つけないと、またみんなに怒られてしまう気がする。

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