ワインの味
「さあ出来ましたよ」
「思ったよりも簡単な料理なんですね」
「そうですね。具材を切ってワインで煮るだけですから。あくをしっかり取ることと、よく煮ることを忘れなければナズナさんお一人でもきっと美味しく作れますよ。あまりワインを使いすぎると怒る方がいるかもしれせんけどね」
アリシアさんが鳥肉をばらして切り、私はにんじんとたまねぎを切って、アリシアさんが鍋で切った具材を炒めた後にワインを入れて、ぐつぐつとあくを取りながら煮て完成した。
「少し早いですが、せっかくですので出来立てをいただきましょうか」
「はい」
「リネさんのお肉を取ってきますね」
「わかりました。じゃあ器によそっておきます」
「お願いしますね」
リネは料理中は流石にすることがなかったからか、いつの間にか丸くなって眠っている。
木のボウルを二つ出して、スプーンも二つ出し、ボウルに匙でワイン煮込みを盛り付ける。
しかし身長が足りなくて匙に手が届かない。
厨房の角にある空の木箱を足場にしてようやくよそうことができた。
ワインが少し残った瓶はとりあえずそのままにしておこう。
「リネさん起きてください。少し早いですがご飯にしませんか?」
アリシアさんがお肉を取って戻ってきたようで、右手にパン左手にお肉を持って厨房の入口の横で丸くなってるリネに声をかける。
リネはゆっくりと立ち上がって尻尾をぶんぶんと振り出す。寝ぼけているようだけど匂いで気づいたのかもしれない。
私もボウルを持って、食堂の方へと運ぶ。
テーブルに置いて、すぐにスプーンを取りに行って戻ってくる。
「アリシアさん、残ったワインはどうしますか?」
「そうですね…捨てるのも勿体無いですから、私が飲んでしまいましょうか…」
「お酒に強いんですか?」
「この城では一番でしょうか。毒等にも強いんです」
アリシアさんが厨房へと歩いていく。
ガンドルヴァルガさんよりお酒に強いということはアリシアさんは酒豪なんだろうか。
アリシアさんがコップにワインを入れて戻ってきて、私には水を入れたコップを持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
「では食べましょうか」
「はい。いただきます」
「リネさんもいいですよ」
いつも律儀に待っていてくれるリネががつがつと食べ始めるのを見て、私もスプーンでお肉とたまねぎを掬って食べる。
なんだか不思議な味だ。
果実味があって少し甘酸っぱくて後味がほんのり渋い。
果物を使ったスープみたいだ。これが大人の味というやつなんだろうか。
香りはとてもいい気がする。
「お口に合わなかったですか?」
「いえ、そんなことは。ただ初めて食べる味で不思議だなって。勇者も食べたことがなかったのかなって」
「戦時中は貴重であまり手に入らなかったのかもしれませんね」
そういえばお酒の記憶は全くない。
「試しに一口だけ飲んでみますか?」
アリシアさんがワイン入ったコップを持ってそう言う。
正直どんな味なのか気になる。
一口だけなら酔っぱらうこともないだろう。
「じゃあ一口だけ…」
ワイン煮込みはとてもいい匂いがしたのに、こっちはとても酒臭くて鼻につんとくる。
息を止めながら一口口に含むと、少し冷たいはずなのに熱くて舌が痺れるし、とても渋い。
うっと吐き出しそうになるのをこらえ、一気に流し込むと、口から喉、喉から食道と焼けるみたいに流れていく。
「ナズナさん?大丈夫ですか?」
「…はい…でも…うっ、私には…早かった、うっ、みたいです…」
アリシアさんが水の入ったコップを手渡してくれて、一気に飲み干すけど、喉の奥から酒臭さが込み上げてくる。
なんだか気持ち悪い。
顔が熱くて、なんかアリシアさんがぼやけてきた。
「あれ…うっなんか…アリシアさんが…」
ぼやけてきて、なんだか身体が重たい。
誰かの声ががんがん頭に響く。
うるさくて頭が痛い。
あれ私はいつの間に花畑で寝転がっているんだろう。
なんだかお花の匂いだけじゃなくてお乳の甘い香りがする。
なんだか安心する。
「……ぶ?」
誰かの声がする。
今度は頭が痛くない。
「大丈夫?しっかり!」
「おーい」
「起きて」
「おきて」
子供達の声だ。
重たい身体を起こすと一面の花畑が広がっている。
なんでここにいるんだろう。
「あれ?…私なんでここに…」
「倒れたのよ」
「ワインを飲んでね」
「お前酒に弱いんだな」
「そー思う」
一口飲んだだけで倒れるっておかしいんじゃ?
弱いだけでこうなるものなんだろうか。
「みんな…心配してくれたの?」
「まぁ…」
「その…」
「一応…」
「うん」
「…ありがとう」
相変わらず姿は見えないけど、怒ってるって言っていたのにみんな優しい。
身体はなんだか重たいけど、ここでは気持ち悪さはないみたいだ。
次に自分から花畑にこれるのはいつになるのか、わからない。
ちゃんと話をしよう。
「みんな…ごめんなさい。勝手に運命だとか決めつけて、無茶ばっかりして、命を粗末にしようとした…」
「いいよ」
「私達もごめんね」
「お前が生まれたばかりなの忘れてた」
「うん」
「みんな…ありがとう。勇者ともちゃんと話をしたいの」
後ろから草をかき分け踏みしめる足音が近づく。
振り返らずとも、私にはそれが勇者のものだとわかる。
どんどん音が大きくなって、私の後ろで足音が止まった。