エリンさんの言葉
「ナズナ?泣かないで…」
エリンさんがくるくると両手の間で回していた魔法を消して、ベッドから降りる。
私はエリンさんを助けるために目覚めたのに、ちゃんと助けられなかったら目覚めた意味がない。
「ナズナは…どうしてそこまで真剣になってくれるの?」
「それは…きっとエリンさんを助けるために目覚めたから…」
「本当に?」
本当のところはわからない。でも運命のようなものを感じたのは本当だ。
うまく言葉を返せない私を見てエリンさんが更に言葉をかけてくる。
「あの時、私は魔王の右腕だったコルキレリアと戦ってた。早く倒してユウキと合流したかったけど、相手も手強くて戦いは膠着状態だった。そんなときに光に飲まれて…気がついたら見知らぬ森で倒れていて、やっと見つけた人に聞いてわかったのはムーダンジアは一夜にして光と共に消えたということ、そして私達連合軍の主力は行方不明になってること。身体に鞭を打ってなんとか隠れ家に辿り着いたけど、どんなに待っても誰も帰ってこなかった。そして光を浴びた私の身体はどんどん黒く、変異していって夢遊病のように意識がない間も勝手に動き回るようになって、そのうち、起きている間も力を抑えられなくなって、迷宮に閉じ籠ることにした。原因がわからない以上、ガンドルヴァルガも頼れなかった。他に人や動物へ感染していく場合もあったから」
なんでいきなりそんなことを語るんだろう。
「ユウキの記憶があることはエリュとガンドルヴァルガから聞いてるよ。本当に私を助けるためにあなたは生まれたの?」
「それは…」
「ユウキはみんなを信じてたよ。探しに行かないとって思っても、助けないととは多分…ならない。私達は信じあっていたから」
記憶の全てを見た訳じゃない。無い記憶もある。でも確かに勇者はみんなを信じてたと思う。
そもそも勇者は自分が一番弱いと思っていた。
「精霊のあなたには何か生まれた意味があるのかもしれない。でもそれは少なくとも私を助けるためじゃないはずだよ」
精霊は何のために生まれるんだろう。
武器の私は何かを倒すため?
「そもそも…意味なんてあるのかな?」
「え?」
「生きるものみんな意味なんてなく、この世界に生まれ落ちる。愛があろうとなかろうとね」
「意味なんてないなら…どうして私は?」
「それは頑張って必死に生きた最期にわかることなんだよ」
「頑張って…必死に生きた最期…」
「今のあなたは初めて会った時のユウキに似てる。死にたがりだったころのね」
死にたがり、確かにエリンさんを助けたら死んでもいいと思ってた。
そのくせ、いざとなったら怖くて怖くて堪らなかった。
「見ず知らずの小さなあなたが、なんで命をかけて助けてくれたのか、わからなかった。もうやめなさいって言っても聞かないし」
エリンさんの手が私の頬に触れる。
「夢に惑わされないで。勇者の記憶は勇者のもの、ナズナにはナズナの記憶がこれからたくさん紡がれていく。ユウキの記憶や思いはナズナの生きる糧になるよ。でもそれはそれ…勇者の記憶の中にはない、ナズナ自身が命をかけて守りたいと思う、ナズナだけのものをこれから見つけるの」
私だけの命をかけて守りたいと思うもの…。
「いい顔になった…」
「ありがとうございますエリンさん…」
「気にしないで」
リネが私に身体を擦りつけ、お腹を鼻先でぐりぐり押してくる。
「ありがとうリネ…ごめんね…」
もう勝手に一人でいなくなろうとしない。
「アリシアさんもごめんなさい…」
「いいんですよ。ナズナさんがまた前を向けるようになったのなら」
エリンさんが私の頭を撫でてベッドに戻る。
「さあナズナさん、エリンさんを休ませてあげましょうね」
「はい」
「三人ともまたあとでね」
エリンさんの部屋を後にしてアリシアさんが扉を閉める。
「ナズナさん大丈夫ですか?無理に手伝わなくてもいいんですよ?」
「もうお邪魔にならないように頑張るので手伝わせてください」
「わかりました。ではさっきの水を置いてきてください。ポケットに入れっぱなしだと疲れてしまいますよ」
そういえばリリクラ用に汲んだ水の入った瓶がそのままだった。
師匠が鍵を閉めずに出ていった師匠の部屋に瓶を置いておき、アリシアさんのもとに戻る。
「次は食糧庫の確認と夕食の準備をします」
「お掃除とかはしないんですか?」
「広いお城ですから主様が魔法で綺麗にしているんです。洗濯物が溜まっていたら洗うくらいです」
「そうだったんですね」
三人で食糧庫に入り、食糧の確認をする。
「リネさんのお肉を注文しといた方が良さそうですね」
わふっとリネが答える。
「奥には何があるんですか?」
「お酒とチーズとお肉が少しです」
「お酒は凍らないんですか?」
「酒精の強いものは凍らないみたいです。アルセル王国のワインもあったかと」
「そういえば手紙が来たんですよね。レイゼリアさん元気でしょうか」
「きっと大丈夫ですよ」
ぐるっと食糧庫を一回りし、紙切れにアリシアさんがお肉と小麦粉と書き込む。
今は人が少ないからあまり減っていなかったそうだ。
アリシアさんがワインを一つ手に取り、私に振り向く。
「今日はワイン使った料理にしましょうか。ナズナさんもお手伝いよろしくお願いします」
私が口にしても平気なようにだろうか。
私は元気にはいと返事をして、三人で厨房に移った。