素直に喜べない
アリシアさんにおんぶしてもらって実験室への階段を登っていく。
お手伝いをするつもりだったのにお荷物だ。
大人しく部屋に戻っていた方がよかったかもしれない。
「さあ着きましたよ」
「ごめんなさい…ありがとうございます…」
「気にしないでください」
アリシアさんが扉を叩いてから開くと、ガンドルヴァルガさんは今日も机で書類と格闘中みたいだ。
「主様、お薬を受け取りに来ました」
「おお、アリシアか。いつものところに置いてある。ん?ちっこいのはナズナか?」
「こんにちは…」
「はっはっはっ!懐かしいなぁ!アリシアの小さい時を思い出す」
私を見てガンドルヴァルガさんが笑い出す。
ちょっとぶかぶかだから仕方ない。
「主様、変なこと言ったら怒りますからね」
「すまんすまん。よく似合っておる。リネもよく来たな」
わふっとリネが答える。
「それでは二人共、そちらの木箱を持っていきますよ」
とりあえずたくさん緑色の小瓶が入った木箱を持ち上げようとするけど傾けるのが精一杯で持ち上げることが出来ない。
まずい。お荷物になってしまう。
「ナズナさん。大丈夫ですか?」
「ごめんなさい…お邪魔になってしまってますよね…」
「邪魔だなんてことはないですよ。いつも一人で二つ持っていってますから大丈夫です。リネさん、ナズナさんを背に乗せて階段を下りられますか?」
わふっとリネが返事をする。
リネにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ナズナにはこれを頼もうか。こいつをエリンに届けてくれ。粉薬がそろそろ切れるころのはずだ」
「わかりました」
ガンドルヴァルガさんから紙袋を受け取り、実験室を出る。
アリシアさんは液体の入った瓶がいっぱいの木箱を二つ同時に軽々持ち上げている。
すごい力持ちだ。
「失礼しました」
「よろしく頼むよ」
「はい」
アリシアさんとリネが部屋から出た後に扉を閉める。
「リネさん、ナズナさんをお願いします。私は足元が見えにくいですから気をつけてくださいね」
リネがアリシアさんさんに向かってわふっと答えると私に背を向けて伏せる。
乗れってことだろうか。
「じゃあリネお願いするね」
リネの背に股がって座ると、リネがゆっくりと立ち上がると、アリシアさんの後を追うように階段を下り始める。
「その木箱はどうするんですか?」
「倉庫にしまいにいくんです。商人が買い取りに来てくださるので」
「そうだったんですね」
特に何事もなく無事に下まで降りる。
「リネ、ありがとう」
左手に紙袋を持っているので空いた右手で頭を撫でる。
「倉庫にご案内します。こちらです」
アリシアのついていき、初めて倉庫に入る。
普通の部屋の扉だったのに中は奥が見えない程広い。
たくさんの木箱が積まれている。
「全部これは全部薬なんですか?」
「いえ、手前はそうですが、奥にはいろいろしまってあります」
「いろいろ…」
「主様の実験室の物もそうですがいつどこで拾ってきたのか、いつどうやって作ったのかわからない物だらけですから」
出かける度に増えてそうだなとなんとなく思ってしまった。
「次はエリンさんの様子を見に行きましょう」
「はい」
二階に私の部屋や師匠の部屋があるから、エリンさんの部屋もてっきり同じ階だと思っていたけど一つ上の三階にあるみたいだ。
「もしかしてナズナさんは三階は初めてでしたか?」
「はい…多分」
「二階はお弟子さんの部屋、三階は城に住んでいる方の部屋という感じに別れています。私と主様の部屋も三階にあります」
「そうだったんですね」
「さあこちらがエリンさんのお部屋です。お眠りになっているかもしれないので静かに扉を開けますね」
階段を上がって三番目の部屋で立ち止まってアリシアさんがそう言うと、どこからか木札を取り出して扉にかざしてからゆっくりと扉を開く。
「アリシア何かあった?」
「エリンさん、今日は起きていらしたのですね。お薬を届けに来ました」
「薬?」
アリシアさんが身体を引いて入口から離れ、私を部屋の中へと促す。
「こんにちは…ガンドルヴァルガさんからそろそろ切れるころだからって粉薬を預かって来ました」
エリンさんはベッドで身体を起こして、両手で包み込むようにくるくると石と水塊と火の玉と光の玉で円を描くように回している。
「ナズナ?よく似合ってるね。アリシアとお揃い?」
「はい…お手伝いをしてて…」
ちょっと恥ずかしい。
私は中に入っていき紙袋を渡そうとして踏み止まる。
「こちらはどこに置いておけばいいですか?」
「ベッドの横の棚の上にお願いしてもいいかな?」
「はい」
ベッドの枕元の横にある棚の上には魔石灯と水の入ったピッチャーが置いてある。ここの上でいいということだろう。
「あの…やっぱりどこか身体の調子がわるいんですか?」
黙っていようかとも思ったけど聞かずにはいられなかった。
「今私の中にはね、二つの魔力があるの」
二つの魔力?
まさか私の魔力がエリンさんの中に?
「魔物になっていたからか私本来の魔力と変異した魔物の魔力が私の中にあるんだ」
やっぱりちゃんと治せなかったんだ。
「でもね長く生きる私達にはね、たまにあることなの。それにほら別に魔法もこうやって普通に使える」
くるくると回し続ける両手をこちらに向ける。
「ナズナのおかげだよ?多分全部が変わっていたら戻ってこれなかった。ありがとうナズナ。私とリーシルを助けてくれて」
記憶の中と同じ優しい笑顔でエリンさんが私に微笑みかける。
でもリーシルはまだ目覚めないし、エリンさんも薬が手放せない。
「力不足で…ごめんなさい……」
静かに頬を涙が伝った。