断罪された悪役令嬢は隣国でマジシャンになる
第1章:前世の記憶
窓から差し込む朝の光が、薄紫色のカーテン越しにふわりと広がる。
アイリス・フォン・エルザリーナは、重たいまぶたをゆっくりと持ち上げ、天蓋付きのベッドの中で猫のように伸びをした。
「……今日も、学園かぁぁぁぁ……」
深いため息をつきながら、繊細な指で銀色の髪をかきあげる。
美しい顔立ちはまるで名画のようだが、その表情は思い切り憂鬱そのもの。
「また『悪役令嬢』ムーブ、やらされるんでしょ……断罪ルートは勘弁してほしいんですけど!」
そう、彼女は知っていた。
この世界が乙女ゲーム『マジカルラビリンス学園』であることを。
なぜなら——
「私……前世、日本で、二代目白鳥天女やってました!」
あの日、魔法の授業で盛大に転んだ時に、すべて思い出した。
スポットライトに煌めく舞台、観客の拍手、キラキラ衣装で華麗に舞う自分。
だけど、ここではそんな特技、ゼロ役立たず。
必要なのは魔法とカースト対応スキル(!?)だけ。
「このままだと、王太子レオナルド様に婚約破棄されて国外追放……絶対いやあああ!」
ベッドから勢いよく飛び出し、鏡の前に仁王立ちする。
そこに映るのは美貌の令嬢。
けれど、その瞳は燃えていた。
「いじめ? 断罪? お断りです! 私は平穏にエンディングを迎えたい!」
その日、侍女マリアに対しても優しさ100%の笑顔を炸裂。
「おはようマリア! 今日も可愛いね!」
「えっ……えっ!? アイリス様、熱でも!?」
マリア、完全にフリーズ。
無理もない。
昨日までのアイリスは『高飛車・塩対応・ため息多め』の三重苦だったのだから。
しかし、そんな努力もむなしく、登校した先で——
「おや? アイリス様、相変わらず気位だけは高いですわねぇ?」
現れるはゲーム公認ヒロイン、聖女系ふわふわガール・リリィ。
後ろに控えるのは王太子レオナルド、相変わらずの金髪碧眼・イケメン設定100点満点。
「アイリス様、また誰かを困らせたのですか?」
はい来た、即断罪フラグ!
「誤解ですうううう! むしろ、今日は猫を助けました! ワールドピースに貢献中です!」
思わず全力で弁解するが、周囲の生徒はクスクス笑い。
しかし、その日の魔法実習。
「火球を出してくださいね」
「任せてください! うりゃああ!」
——ドンッ! 大爆発。
煙の中から出てきたのは、ススだらけのアイリス。
「お、おのれ……私の白鳥天女魂が火球に負けるはずが……ごほっごほっ」
周囲は大爆笑。だが、王太子レオナルドは思わずつぶやいた。
「……面白い子だな」
その小さな一言が、まだ見ぬ未来への伏線だと、この時のアイリスは知る由もなかった。
第2章:改心と努力
アイリス・フォン・エルザリーナは、学園の長い廊下をズンズン歩きながら、盛大なため息をついた。
目指せ!「悪役令嬢」卒業計画は、今日も絶賛迷走中である。
「もう誰も傷つけたくない……でも、勝手にフラグは立つんですけどおおお!」
背後で小さく足音が響く。
チラリと振り返ると、そこには緊張でガッチガチの侍女マリアの姿。
「マリア……」
「は、はいぃっ!?」
全身で「ピンチ!」と叫ぶマリアに、アイリスは心の中で土下座したい気分だった。
——だって、前世(とゲーム知識)によれば、マリアはアイリスのモラハラの被害者No.1なのだから。
「マリア、ちょっと話があるの……」
「ひっ……!」
マリア、三歩後退。いや、逃げないで!
「す、すまなかったわああああ!!」
深々と頭を下げるアイリス。
まるで舞台の大トリのような全力土下座。
「今までひどいことして……ごめんねえええ!」
廊下がシーンと静まり返る。
通りすがりの生徒も「え?アイリス様……謝ってる!?」と目をむく中、マリアは唖然とした表情で固まっていた。
「……アイリス様?」
「私は変わりたいのっ! 世界線が何だろうと、この私が自力でバッドエンドをひっくり返してみせるんだから!」
まるで大舞台の告白シーン。
しかし、この迫真の芝居——いや本気の謝罪に、マリアはついに泣き笑いの表情で答えた。
「そ、そんなアイリス様……可愛すぎますっ!」
こうして、まずは侍女マリアの好感度が急上昇。
……ただし、遠巻きに見ていた生徒たちの間には「アイリス様、ついに頭が……」という不穏な噂も流れ始めていた。
そんな中、廊下の窓から見えるのは、お約束のロイヤルイベント。
王太子レオナルド様とふわふわヒロイン・リリィの楽しげな談笑。
「ええい、またイベント発生中!?」
胸の奥がムズムズするのは、乙女心か、胃痛か……たぶん、両方である。
「はぁぁぁ……このままじゃ完全に断罪コース一直線。もはや、愛されより生き残りが目標よ!」
その日の放課後。
アイリスは誰もいない講堂で、ひとり魔法練習をしていた。
「よーし、今日は火球くらい出してやるわ!」
——ドンッ!
結果:大爆発。
アイリス、全身ススまみれ。
「な、何度やっても火球じゃなくて爆発オチぃぃ!」
そこで、突然後ろからクスクス笑い声が聞こえた。
「……頑張っているんだな」
「だ、誰!?」
振り向くと、月明かりの下に現れたのは、黒髪に灰色の瞳を持つ青年。
どこか飄々とした笑みを浮かべている。
「君、ちょっと魔法の癖が独特すぎて、つい見惚れてたよ」
「え、は?誰?」
「ただの旅するマジシャン、ルーカスさ。まあ、僕の方が魔法はちょーっと得意かも?」
「むっ……挑発かしら?」
アイリス、燃える。
もはやススだらけで説得力は皆無だが。
「よーし、なら見てなさい! 次こそ華麗な火球を……って、ええええっ!?」
アイリスの杖先から、不発の火花ではなく、なぜか大量の鳩が「ポッポー!」と飛び出した。
「……白鳥じゃなくて鳩ぉ!?」
ルーカスはお腹を抱えて笑う。
「ハハッ!君、最高だね!」
月の光が二人を照らす中、アイリスは思った。
(こいつ……なんかムカつく。でも……面白いかも)
この出会いが、未来を大きく動かすことになるとは——まだ誰も知らないのであった。
第3章:婚約破棄
学園の卒業パーティーは煌びやかな装飾と華やかな笑顔であふれていた。
音楽が響きわたり、若き貴族たちが優雅に舞い踊る。
けれど、アイリス・フォン・エルザリーナの心は嵐のように荒れていた。
「今日、この日が来るのはわかっていた……」
銀色の髪をまとめ、深紫のドレスをまとったアイリスは、周囲から見れば完璧な公爵令嬢。
しかし、胸の奥は張り裂けそうだった。
遠くで笑い合う王太子レオナルドとリリィの姿が、まるで刃のように突き刺さる。
「でも、私はもう泣かない」
突然、会場に響きわたるレオナルドの声。
「アイリス・フォン・エルザリーナ! 君との婚約を、今ここで破棄する!」
パーティー会場は一瞬で氷漬け状態。
グラスを持っていた貴族が「ゴフッ!」と吹き出し、ウェイターはケーキを盛大に床へ落とした。
アイリスは内心「きたあああああ!」と叫びつつも、顔は完全無表情。
いや、ほっぺたがちょっとピクピクしていたかもしれない。
「殿下、それは一体どういう……」
「君がリリィをいじめたと聞いた!」
「えっ!? してませんけど!! むしろ彼女に差し入れしたクッキー、全校放送で『最高の味!』って言われましたけど!?!」
会場は「確かにそうだったわね……」「むしろ親切すぎて怖いって噂あったわ」と微妙な空気に。
するとリリィが涙目で叫ぶ。
「でも……でもっ! そのクッキー、辛子が入ってました!」
「入れてない!!! それシェフの悪ふざけ!!!」
シェフ(会場隅っこで震えている)「す、すみません……」
ここで王太子の取り巻きが「アイリス様が廊下でリリィ様を睨んでいたのを見ました!」と追撃。
「それ、ハチが飛んでたんです!!! 私、虫ダメなんです!!!」
ざわ……ざわ……と広がる疑惑と混乱。
完全なる喜劇状態に、アイリスは思わず天を仰いだ。
そして、ついに吹っ切れた。
「わかりました、殿下。婚約破棄、喜んで承諾いたします!!!」
思いきり宣言すると、会場は「えっ!? そっちから!?」とざわつく。
心配していた侍女マリアは「アイリス様、男前です!」と謎の涙。
その時、後ろからゆるっとした声が響く。
「……派手にやってるね」
振り向くと、黒髪灰色の瞳のルーカスが壁にもたれて、いつものようにニヤリと笑っていた。
「お芝居としては、満点じゃない?」
アイリスは脱力しながらも笑う。「ルーカス、あんた来るの遅いのよ!」
「ハトに道案内させたら迷っちゃってさ」
「なんでハト!??」
こうして波乱の婚約破棄劇は、思わぬコメディとともに幕を下ろすのだった。
——アイリスの新しい物語は、ここから始まる。
第4章:イリュージョン魔法での逃走
煌めく月光が学園の庭園を照らし、アイリス・フォン・エルザリーナは風になびく銀髪を揺らしながら佇んでいた。
その耳に、王太子レオナルドの言葉がリフレインする。
「君との婚約を、ここで破棄する」
——しかも国外追放のオプション付き。
いや、豪華特典はいらないんですが?
「……逃げなきゃ! いや、まず何その雑なシナリオ!?」
舞台仕込みの度胸をフル活用しつつ、心の中では全力でツッコむアイリス。
遠くから馬蹄の音が響き、追手が迫る。ここは見せ場だ——!
「イリュージョン魔法、いざ開演!」
淡い光の中、無数の蝶が舞い上がり、アイリスの姿は掻き消えた。
「おい! どこ行った!?」
「蝶になりました(比喩)」と心で返すアイリスは、森の奥でひと息つく。
「ふぅ……名演技だったでしょ?」
葉っぱまみれでキメ顔するも、誰も見てないことに気づいて赤面。
が、瞳には未だ揺るがぬ決意が宿っていた。
「これで終わり? 冗談、ここからが本番よ!」
新章——いや、新喜劇の幕が、華々しく開くのだった。
第5章:隣国での新たな出発
隣国の街は、どこか懐かしさを感じさせる活気に満ちていた。
石畳の道を行き交う人々、香ばしいパンの香りが漂う市場、そして何やら宙返りに失敗して屋台に突っ込む大道芸人の叫び声——。
そんな賑やかな景色を前に、アイリス・フォン・エルザリーナは、この地で「アイリーン」として新たな人生をスタートさせていた。
「次のステージは中央広場ね……ああ、緊張する」
小さな手鏡に映る自分を見つめ、銀髪を隠すために深い紺色のフードを被る。
その際、思わずフードの紐を引っ張りすぎて「むぐっ!」と顔が半分埋まるハプニング。
慌てて直しながら、小さく気合を入れた。
「よーし!見せてやるわ、私のイリュージョンを!」
中央広場はすでに大勢の観客でいっぱい。
子どもから老人までが、期待を込めてステージを見つめている。
その中には、路地裏でパンをかじりながら妙に鋭い視線を送る黒髪の青年も——。
アイリスが放った第一幕は、煌びやかな光の蝶が宙を舞う幻想的なマジック。
しかし、2匹目の蝶はやたらと酔っぱらったようにフラフラと飛んでいき、観客の帽子に突撃。
「おっとっと!?」という悲鳴が笑いを誘う。
「ちょ、蝶さん!戻ってきなさい!」
慌てるアイリス。しかし、そのアクシデントさえも観客はエンタメとして楽しんでいるようだ。
「頑張れお姉ちゃん!」「蝶も自由だな!」と温かいヤジ(?)が飛ぶ中、最後のトリック——炎の輪を使った瞬間移動マジックは見事に成功し、拍手喝采が巻き起こった。
「なかなかの腕前だな」
背後から響いた声に振り向けば、黒髪と灰色の瞳を持つ青年が立っていた。
アイリスは汗を拭いながら、若干乱れたフードを整える。
「ありがとう。でも……蝶は裏切ったわ」
「蝶の反逆までエンタメに変えられる君の腕前、気に入ったよ。俺と組まないか?」
「……は?」
あまりに唐突なスカウトに目をぱちくりさせるアイリス。
「俺はルーカス。旅するマジシャンだ。二人なら、もっとすごいショーができると思う」
「……ふっ、面白そうじゃない」
内心「誰よこの黒幕感漂う男は……」と警戒しつつも、なぜか頬が緩む。
思いがけず、舞台は次なる幕を迎えようとしていた——。
第六章:過去との対峙
その後、二人はコンビを組み、隣国中の広場を巡ってはショーを繰り広げていた。
最初はギクシャクしていたが、ルーカスの無駄に派手な演出(時に爆発オチ付き)と、アイリスの華麗な手さばきが絶妙に融合し、"爆笑イリュージョンコンビ"と呼ばれるようになる。
「今日も大成功だな、アイリーン!」
控室で大きなハイタッチを交わす二人。
だが、手を合わせた瞬間にアイリスが「痛っ!」と叫ぶ。
どうやらルーカスのリングが直撃したらしい。
「悪い!大丈夫か?」
「ええ、これも漫才の一部ってことで」
二人は笑い合うが、アイリスの心の奥には微かに沈むものがあった。
過去は消えない。でも、それを笑い飛ばせる未来があれば——。
その夜、ドアをノックする音が響く。
「アイリーン、手紙が届いてるよ」
ルーカスが差し出した封筒には、王家の紋章。
恐る恐る開封したアイリスの目に飛び込んできたのは——まさかの結婚式招待状!?
「な、なんで私宛に来るのよ!」
「何かの手違い……ってわけでもなさそうだな」
差出人はレオナルドとリリィ。
アイリスは封筒を握りしめ、数秒フリーズする。
「……行くわ」
「お、物好きだな?」
「断罪エンドの元ヒロインが逃げるわけにはいかないでしょう?」
結婚式当日。王城は華やかな装飾で彩られ、笑顔と祝福が溢れていた。
そんな中、会場の隅にこっそり紛れ込む黒ドレスの女性と、妙に派手な燕尾服を着た男が一組——。
「潜入成功!でも、なんであんたまで来てるのよ?」
「面白そうだから」
その時、突然司会の声が響く。
「余興のマジシャンコンビ、アイリーン&ルーカスのお二人です!」
「は!?頼んでないわよ!」
「おいおい、せっかく来たんだ。やるっきゃないだろ?」
かくして、結婚式の余興ステージが急遽始まることに——。
光の蝶は再び観客席へ飛び去り、爆発オチはやはり健在。
そして、最後に響くのは大きな笑いと拍手だった。
「幸せになってね、レオナルド」
その言葉を最後に、アイリスはルーカスと共に会場を後にした。
次なるステージは——未来だ!
第七章:新たな未来
結婚式が終わり、夜空には星がこれでもかと瞬いていた。
まるで「お疲れ!」と祝福しているようだ。
王城の大広間から抜け出したアイリスは、ふわりとドレスの裾を翻して庭園を歩く。
背後から聞こえる祝宴の賑やかな音に、思わず小さく息をつく。
「これで、ようやく終わったのね……長い茶番劇が。」
しみじみと呟く声は安堵と微妙な疲労感に満ちていた。
あの断罪イベントからのジェットコースター人生、長かった。王太子レオナルド?
うん、まあ、過去は過去!
「アイリーン。」
背後から響いた声に、ビクッと肩を跳ねさせて振り返る。
そこには月光を浴びたルーカスが、ドラマのように立っていた。
完璧なタイミング、どこのラブコメ王子様?
「待っててくれたの?」
「もちろんさ。君が『イベントフラグ』を回収するって信じてたから。」
その軽口に、アイリスは思わず吹き出した。こいつ、ほんとズルい。
「もう逃げない?」
「ええ、もうシナリオからは逃げないわ。改変はするけどね!」
ルーカスは破顔し、「それなら、次の章も君と一緒だ」と言わんばかりに手を差し出す。
アイリスはその手をしっかり握り返し、ニッと笑った。
「ええ、行きましょう。バグがあろうが、伏線が回収されてなかろうが、二人ならきっと大丈夫!」
こうして、新たな物語が幕を開けた。
波乱は約束されているけれど、なんだか面白くなりそうな気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク登録、広告下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします。