恋する魔族の恥じらい
「大変ご迷惑をおかけしました。ソフィア、薬ありがとう」
そう言って私は、執務室内にいる全員に向かって頭を下げる。自分の魔力を扱いきれずに倒れるなんて、四天王としても団長としてもあり得ない失態だ。魔術師団の方へは、回復して一番に行った。よかったです、と喜んでくれる彼らは、最高の団員だと思う。絶対今度何か奢ろう。
「いきなりなんだ」
「珍しい」
「明日は雨かな?」
「ちょっと酷くない⁉︎」
あまりのいいように思わず私は顔をあげる。この差は何だ。いや、数日執務を抜けて迷惑かけた自覚はもちろんあるが。まるで私が普段謝罪をしないやつみたいではないか。大変心外。謝罪が必要なことを普段していないだけだと言うのに。
「元気になってよかったです!」
「リーリエぇ」
「あ、アナベルさん!?」
嬉しそうな笑顔を浮かべるリーリエに思わず抱きつく。困惑するリーリエの声が聞こえるけれど気にしない。どうしてこの子はこんなにも優しいのか。この場での味方はリーリエだけかもしれない。
「アナベル」
「なぁに?羨ましいの?」
「どうしてそうなる……。本当に体は大丈夫なんだな?」
「えぇ!むしろ休みすぎていつもより調子がいいわ!」
「ならいい。じゃあ、仕事手伝ってくれ」
「りょーかいです!」
(なんだかんだ優しいのよね)
幼馴染の気遣いに、思わず口元が緩む。いつも怒らせて、呆れさせてばかりだけれど、オースティンが心配してくれたのはリーリエから聞いて知っている。普段は厳しく振る舞っているけれど、本当は誰よりも優しいのだ。
「何をニヤニヤしている」
「別に〜?さ、何すればいい?」
(元気になって良かったなぁ)
今ある幸せを噛み締めながら、私は数日分の仕事に手をつけ始めた。
☆☆☆
「疲れた…」
あれから四時間。半分くらいの仕事は終わったけれど、流石に集中力が切れてきた。それは他のみんなも同じだったようで、休憩するか、というオースティンの声で、みんな伸びをしながら中央のソファに集まった…のだけれど。
「流石にいや!」
「いいじゃないか。今までだってやってきただろ?」
「それは!普通に座ってたのに、リアンが勝手にやったからでしょ?」
「結果的に一緒じゃないか」
「全然違う!」
最初から膝に乗せようとしてきたリアンに、私は全力で抵抗していた。恋人になってからリアンは、ただでさえ優しかったのに、さらに甘くなったのだ。もう溶けるんじゃないかと錯覚するくらいには、デロデロに甘やかされている。もちろん嬉しい。嬉しのだけれど…!
「相変わらず、アナベルがいると騒がしいな」
「いいじゃないですか。賑やかで私は嬉しいですよ」
「まぁな」
「何がそんなに嫌なんだ」
「急に抵抗し始めたじゃん」
そこで四人の呆れたような声が聞こえてきた。彼らにはしょうもない、意味のない抵抗に見えているだろう。だってこの手の駆け引きで、私はリアンに勝てたことは一度もないのだから。けれど、今日は、今日だけは絶対に乗るわけにはいかないのだ。だって…
(絶対重いじゃない‼︎)
そう、私は太ったのだ。仕事は書類仕事ばかりで、訓練で走ることは滅多にない。それじゃあ団員に示しがつかないというのはそうなのだけれど、本当に仕事が多いのだ。書類仕事の方が多いのは平和な証だけれど、どうしたって運動不足になる。それに加えて、ここ数日のリアンの甘やかしだ。私に歩かせない、動かさない、必要なことは全部やってくれる。宰相の仕事もあるし、断ったのだけれど、恐ろしく要領のいいこの恋人は、仕事と私の世話を両立させられてしまったのだ。おかげで、酷く怠惰な数日を過ごせた。
(そりゃあ、運動していないのにあんだけ甘いもの食べれば太るだろうよ!)
とにかく、私はリアンに太ったことを悟られたくないのだ。見た目は取り繕ってえても、普段から私を運びたがるリアンが、体重の変化に気付かないわけがない。だから、全力で抵抗させてもらう。
「強情だなぁ…」
「っ、ちょっと!」
私は講義の声を上げる。いきなりリアンが私の腕を引っ張って、自分の膝に乗せてきたのだ。普段は使わない強引な手段。なんとか降りようと踠くけれど、ガッチリホールドされているせいで、全く抜け出せない。
「おろして!」
「…なるほどね」
リアンの納得したような声が聞こえる。気付かれた。カッと頬が熱くなるのがわかった。
「〜っ、リアンのせいだからね!」
「なんでさ」
「あんなに甘やかすから!」
「自分の恋人を甘やかして何が悪い」
恥ずかしげもなく言ってのけるリアンに、言い返すことができない。周りにみんないるというのに恥ずかしい。悪くないと開き直るのがタチが悪い。
「え」
レオナルドの声が聞こえた。何事かと、首だけ後ろを振り向くと、四人がひどく驚いたように、目を見開いていた。
「どうしたの?みんな揃って」
「あ、いや……恋人????」
「いつのまに⁉︎」
「聞いてないぞ!」
一体どうしたのだと首を傾げると、勢いよくレオナルドが詰め寄ってきた。そういえば。
「言ってなかったっけ?」
「「「言ってない!」」」
綺麗に三人の声がシンクロする。そういえば、アルノルト関連の話でいっぱいだったから、報告していなかったような気がする。私は訓練場にいたから、リアンと執務室で絡むことはそんなになかったし。
「まじか」
「おめでとうございます!」
「やっと…やっとか」
「あぁ、記念すべき1000周年だな…」
「1000周年ってなに?」
聞き捨てならない単語が聞こえたような気がした。何が1000周年だというのだ。私の片思いはそんなもんじゃない。
「なんでもない、こっちの話だ」
「いろいろ聞きたいことはあるけど」
「取り敢えず」
「「「おめでとう」」」
「…ありがとう!」
幼馴染三人からの祝福に、顔に笑みが浮かぶのがわかった。当事者のはずのリアンも、仕事をしていた時とは違い、ひどく穏やかな顔をしていた。
それから私たちは、四人、特にレオナルドとソフィアからの追及をうけ、アネモネ王国でのくだりを、洗いざらい吐くことになったのだった。
お待たせしましたぁ!!何が1000周年なのかは、最初の方を読めばわかるかも…?




