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魔界の成り立ち

やろうやろうと後回しにし続けた結果が一ヶ月……

最近時間の流れが恐ろしく早く感じます。

ある日、私は少し魔術師団のことで用があり、執務室に来ていた。


「……ですか」


扉を開けようと取っ手に手を掛けると、中から会話が聞こえてきた。オースティンとリーリエだ。


「あぁ、人間も魔族の元を辿れば同じだ。一万年前、双子の王子が王座を巡って争った」


どうやら魔族の歴史、先王国時代の話をオースティンが教えているようだ。わざわざ魔王直々に教える必要もないだろうに。面倒ごとを嫌うオースティンがそこまでするのは、相当気に入っているからだ。本人も聞いたことはないけれど、周りにする態度と明らかに違う。


「戦争…」

「あぁ、歴史上稀に見る大戦だったらしい」


リーリエも満更ではない。この前の女子会の反応でそれは明らかだし、さっさとくっつけばいいのにと思っている。だけど…


(アルノルトがねぇ)


幼い頃から知り合いの、自分と同じような境遇の美しい公爵令嬢。リーリエの事だから、あんな環境でも、誰にでも手を差し伸べていたのだろう。もしかしたら初恋なのかもしれない。あの二人が仲良くなるのはいいいいけれど、そうなるとアルノルトが可哀想だ。どうしたものか。


(まぁ、決めるのはリーリエだし)


どちらを選んだとしても、私はリーリエの味方だ。リーリエがアルノルトを選ぶのなら、全力で応援する。


(どこかで適当に時間を潰すしかないわね〜)


流石にここに入るのは、野暮というものだろう。どこかで時間がすぎるのを待とう。今日の仕事は終わったので、特にやることもない。久しぶりに図書室にでも行こうか。


(そうしよう)


私は、久しぶりに訪れる図書室に心躍らせながら向かった。





☆☆☆





(相変わらず物凄い蔵書量ね)


もはや図書《《室》》の域ではないと私は思っている。つい最近発売されたものから、何千年も前のものまで、とんでもない量の本や資料が所狭しと並べられている。様々な本が入った本棚がズラッと並んでいる光景は圧巻だ。


(神話か…)


何を読もうかと中をウロウロしていると、先王国時代の話を元にした物語が目に入った。子供の頃から何回も聞かされた話だ。普段ならそこまで興味はないけれど、さっきオースティン達が話していたのが、このくらいの時代の事だ。久しぶりに読みたくなって、少し高い場所にあるそれを魔術で取った。


(むかしむかし…)


そんな書き出しで物語は始まった。




『むかしむかし、神により生み出された人間は、互いに協力しあって平和に暮らしていた。羨ましいくらいに和やかな時代だったと言う。しかし、最初は細々と生きていた彼らも、年月が経つにつれて豊かな暮らしを求めるようになり、やがて、いくつかの国に分かれ、それぞれ王を建てた。その中でも一際栄え、広大な領地を持っていたのが、“ラナンキュラス帝国”。現在のアネモネ王国の基となった国だった。


当時、この大陸で強大な影響力を持っていたラナンキュラス帝国には、双子の王子がいた。兄の名はオリバー、弟の名はエドガーと言った。同じ日に、双子として生まれた彼らは、見た目も性格もまるで違っていたと言う。


オリバーは、真っ直ぐな漆黒の髪に、アイオライトのような藍色の瞳で、まるで彫刻のような、美しい顔立ち。本やチェスを愛し、国民の豊かな暮らしを考える、いつでも冷静な、とても聡明な王子だった。


エドガーは、フワフワとした金髪に、エメラルドのような翠色の瞳に、甘くそれは綺麗な容姿。体を動かすことを好み、正義感が強く、全ての人に手を差し伸べる、そんな人望の厚い王子だった。


元々あまり仲の良くなかった二人だが、父帝の亡くなった後、残された帝位を懸けて、争いを始めた。互いが持ちうる全てを使い、他国までをも巻き込んだ大戦に発展した。この大戦は、数多くの死傷者を出し、世界に大きな打撃を与えた。十数年続いた戦いに終止符を打ったのは、これまで人間界に一切干渉してこなかった、神だった。全ての人間を平等に愛していた神は、戦いの被害に酷く心を痛めて、こう言った。


“武器を下ろしなさい。これ以上戦い、多くの血が流れることは許しません。オリバー、エドガー。貴方達が原因でこの戦は起こった。そうまでして帝位を欲するのならば、ラナンキュラス帝国を二つにわけ、それぞれで王として立ちなさい。貴方達の考えは、相容れない。どちらも間違ってはいないのです。この状況で悪魔が現れてしまっては、人間は滅びてしまう。だから、西の地をオリバーが、東の地をエドガーが納め、この二つの地を境に、人間界ともう一つの世界、魔界に分けます。そうすればしばらくは、争いが起こることはないでしょう”


神がそう言い切ると同時に、ラナンキュラス帝国の真ん中で争っていた彼らの間に狭間が生まれ、容易に行き来できなくなった。


そして、東の地ではエドガーがアネモネ王国を建て、即位。奇跡を起こす、聖女を妻に迎え、国民全てを救おうとする彼の姿勢は、多くの支持を集め、太陽王と謳われた。


西の地では、少しずつそこに住まう人間達の姿が変わっていった。角が生え、寿命が伸び、能力によって容姿の良し悪しが分かれていくようになった。数十年もすれば、現在の魔族と近い姿になったという。オリバーは魔王として君臨し、その血脈は今もなお続いている』


そこまで読んで、私は本を閉じた。おおよそ私の知っている通りだった。魔族も元は人間、なぜ西の地で姿が変わったのかは解き明かされていない。初代魔王オリバーは今もな魔王妃と共に生きているし、その時代の魔族も亡くなったものは少ない。


(悪魔、か)


神が言っていた言葉の中に、悪魔に人間が滅ぼされる。というものがあった。子供向けの話では、聞いたことがない情報だ。あの時代にも悪魔はいて、私たちを脅かす存在だったらしい。魔術が扱える今ならば対処できるが、人間の寿命で悪魔を殺せるほどの魔力量や技術を身につけるのは難しい。魔族への変化に関係が……


「アナベルさん?」


深い思考の海に放り出されていた私は、その声で戻ってきた。呼びかけてきたのはリーリエだ。相変わらずの美少女っぷりである。


「リーリエじゃない。どうしたの?何か読みたいものでもあるの?」

「少し、先王国時代の本を」


リーリエが控えめに微笑みながらいう。十中八九さっきのオースティンとの話で興味が湧いたのだろう。真っ先にこちらにきたみたいだから、きっとこの場所は初めてではない。


「そう。だったらこの辺がおすすめね。今読んだものもいいんだけれど、もう少し細かいもののほうがいいかもしれないわ」

「ありがとうございます」


私は後ろの本棚のあちらこちらを指さしながら、色々な本をあげる。最近は忙しくてこれていなかったけれど、私は読書が好きなのだ。オースティンも本を読むけれど、残念ながら好きなジャンルがまぁ合わない。こんなに本の話ができるのは貴重だ。


「少し難しいけれど、この本は面白いわよ!」

「あ、この作者さんの本を以前この図書室で…」





リーリエに本を勧めるのに夢中になった私は、悪魔のことなんてすっかり忘れてしまっていた。

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