帰ってきました、魔界!
「…と言うことで、こちらアネモネ王国の第二王子、アルノルトです」
「お初にお目にかかります」
アルノルトはそう言って深く礼をした。美しい動作だ。いくら冷遇されていたとしても、マナー講師は最低限つけられていたらしい。
あれから一週間、アネモネ王国でも仕事も終えて、魔界に帰ってきた。一応正式な任務だったので、謁見の間で魔王陛下に、四天王の一人として、リアンと共に報告をしている。まぁ、9割くらい喋っているのはリアンなのだけれど。
(リアンと一緒にいると、私何もできない人見たいよねぇ)
そんなことを呑気に考えられるくらいには甘えっぱなしである。勘違いしないで欲しいが、私が仕事ができないわけではない。リアンがなんでもできすぎるだけなのだ。…なんか言い訳がましいな。
「アナベル、リアン、ご苦労。報告はそれくらいでいい。ここからは、無礼講だ…アナベル」
「は〜い。転移」
オースティンから目線で指示を受け、執務室へその場にいた全員を手にさせた。
「……それで、なぜお前はまた人間を拾ってくるのだ」
重い重いため息を吐きながら、オースティンは呆れたような表情で言った。
「有能そうだし、アネモネ王国はいらないと言わんばかりの対応だったから。それに、今回は拾ったんじゃないわよ。ス•カ•ウ•トしてきたの」
隣のアルノルトが、驚いたような気配を感じた。それはそうだろう。さっきまで威厳に満ちていた、魔王は疲れたように眉間を揉み、私はその魔王に向かって砕け切った言葉に態度だ。私のそれは臣下が王に対してするものではない。
「はぁ、お前の拾いものは今に始まった事ではない…そなたはそれでよかったのか?」
「っはい。あの国では、俺の居場所はありませんでした。魔術が扱える、不吉な王子だと忌み嫌い、民を虐げ自分たちは贅を尽くす。そんな人たちに未練などありません。どうか、ここに置いてください」
「そなたはいいならいい、それに今はここにも人はいるからな…入ってきていいぞ」
オースティンが声をかけると、いつも通りメイド服に身を包んだリーリエが入ってきた。約一カ月ぶりだ。
「リー、リエ、嬢?」
アルノルトが驚愕して目を見開く。まるで、幽霊を見たかのような反応だ。
「お久しゅうございます。アルノルト殿下」
リーリエは膝を折り曲げてカーテシーをした。相変わらずお手本のような所作である。
「生きて、いたのか」
恐る恐る、と言った様子で、アルノルトはリーリエに手を伸ばした。存在を確認するように触れ、彼女を見る。
「はい。エドワルド殿下に婚約破棄された後、アナベルさんに拾っていただきました。今は、侍女として働かせていただいております……殿下も、ご無事で、何よりです」
顔をあげたリーリエは、そう言ってフワッと微笑んだ。見ているだけで癒される、聖女のような笑みだ。正真正銘聖女だけれども。
「っ」
(おやおや?)
一瞬アルノルトが、その微笑みに、見惚れるように固まった。注意しなければ見逃してしまうくらいに一瞬だけれど、私は見逃さなかった。私はそっと後ろを確認する。もちろんオースティンも気づいたらしく、面白くなさそうに眉をあげた。
(面白い)
どうやら、魔界に帰ってきても、まだまだ一波乱ありそうだ。




