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月光

「気が変わったわ。ねぇ、王子様。この国を捨てて、魔界にくる気はないかしら?」


そう、私は目の前にいる王子様にいい、その姿を改めて観察した。

世間一般に見て、美形だといえる容姿をもち、髪と目の色はリーリエと同じ、夜にも映える豪奢な金髪に新緑の瞳。どれもアネモネ王国の王族特有の色だ。確かリーリエは祖母が王女だったと言ったか。華やかな第一王子とは対照に、影のあるイケメン、という印象を受ける。国王とメイドの間にできた第二王子。不義の子であることに加え、人間としては珍しく魔術が扱えることで、王妃や第一王子から疎まれ、冷遇されている。孤独で哀れな王子様。


(私達が魔族だって事も自力で辿り着いていたし、頭の回転も早い。確かに、リアンの言う通り今のうちにこちらに引き入れて損はないわね)


そんなことを考えながら見ていると、アルノルトが少し困惑したような感情を瞳に乗せ、口を開いた。


「なぜ…」

「なぜって…だって有能そうだもの。魔術だってまだ粗削りだけれど、鍛えれば中級くらいにはなれるわ。変なしがらみもなさそうだしね」


私は首を少し傾げながら言った。

この角度で微笑めば、大体の男性は見惚れるのだ。それなのにアルノルトにはそれがない。見惚れるどころが恐れられている節すらある。


(色仕掛けがきかないなら、口説き落とすまで。長年蔑まれて自己肯定感の低い、王族に敬意も好意も持たない王子様。感触は悪くないし)


「魔界に行けば、魔術が扱えることは不吉でもなんでもない、か。力を付ければ、腐り切ったこの国の膿だって取り除けるかもな」

「そうよ。魔王様だって、ちょっと小うるさいけど言い方だし、何より今は人間もいるわ」

「そうか…」


そう呟き、少し悩むように俯いた。


(ダメかしら)


そんな考えが頭によぎった瞬間、アルノルトは夜空に浮かぶ私たちを見上げるように、顔を上げた。


「お願いだ。俺を魔界に連れて行ってくれ」


射抜くようにこちらを見るその瞳は、強い意思に満ちていて、先程までとはまた違う、堂々とした印象を受ける。


「えぇ、もちろんよ。歓迎するわ」


私の返事を聞いたアルノルトは、安心したように、破顔した。





☆ ☆ ☆







「あら、この花綺麗ね」


アルノルトの塔から離れ、本宮への帰り道に、王家ご自慢の庭園を見て回っている。

そして、アルノルトは5日後に迎えに行くことにした。正直い今すぐにでも魔界に帰りたいが、私たちには偽王女としての公務がある。それを終わらせてからではないと帰れない。

まぁ、大丈夫だろう。とりあえず結界を張ったのだから。リアンが。


「魔界でも咲くのかしら……リアン?」


隣を歩いていたリアンが急に立ち止まった。さっきから口数も少ないし、何か変だ。


「ねぇ、どうし」

「アナ」


珍しく、私の言葉を遮った。







「好きだよ」








白く輝く満月を背に、リアンはいつもと同じ笑みを浮かべ、言った。銀色の髪に月光が反射して、キラキラと輝いている。その姿はまるで、精霊のようで。そこにいるはずなのにひどく、儚く見えた。


「な、ん」


唐突すぎて言葉が出てこない。

何があった。リアンに告白された。どうして今。なんで。

色々な疑問が脳内を駆け巡る。


「幼馴染じゃ、満足できなくなっちゃったんだ」


まるで、私の考えが見えているみたいに、答える。私は何か言おうとして、でも何も言葉が出なくて、金魚のように口をパクパクさせるしか出来なかった。


「ずっと考えてたんだよ。告白しようって。唯一無二の幼馴染もいいけど、俺は、アナの恋人になりたい。アナだって、知ってただろう?」


恋人になりたい。はっきりと言葉にしたリアンの瞳は、いつもの穏やかさにと一緒に、何かに向ける熱情と、僅かな焦りが浮かんでいた。


(そうね)


本当は、気づいていたのだ。見ないふりをしていただけ。周りになんと言われようが、過保護な幼馴染だと、言い訳を重ねてきた。


リアンは、私を、好いてくれている。


ただ、今の幸せな関係が壊れてしまうのではないかと、後戻りできなくなってしまうのではないかと思うと、怖かった。そんな危険な綱渡りこをするのは、今度でいい。どうせ、時間は永遠なのだから。リアンだって、そんな私の躊躇いをわかっていたから、今まで言わなかった。でも、今日は、仲の良すぎる幼馴染という線を踏み越えてきた。もう、待てないと。


いい加減私も、腹を括るべきなのだろう。






アネモネ王国編 終

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