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魔族の誘惑 sideアルノルト

満月が煌々と空に輝く夜。さっさと塔に戻った俺は、さっきの不可解な出来事について考えていた。


(どう考えても、王女の持つ魔力量じゃあない。無限って…それに相当強い魔術師だ。指一つで一国を滅ぼせるレベルだろ)


婚約者の方も王女に及ばなくても相当な魔力の持ち主だった。量は俺の2倍…2.5倍くらいか。

なんとなく部屋をウロウロしながら続ける。


(あんな魔力を持つ人間が二人も揃うわけがない。以前エリーシェンの使者を見たことがあるが、この国の人間と魔力量は大差なかった。あの二人が特別だと考えられなくもないけど、あんな魔力量の人間がそんなにいるか…?)


そうなると彼女達は人間ではなく、アネモネ王国とエリーシェン国の間にあり、誰でも魔力持っていて、成長と共に増える魔力量ががその永い寿命のために膨大になる、


「魔族…」


あくまで俺の仮説でしかないが、そう考えると辻褄が合う。あの美貌も、魔力も、寒気を感じるほどの強さも、魔族なら十分あり得る。


「エリーシェン国の王女を騙った魔族か…それとも征服されたのか?」


使用人達も食事を運ぶ時以外寄りつかない、この部屋で溢した独り言に、返事はない…………はずだった。


「正解〜」


窓の方向から、女の声が聞こえた。女性らしく高い、でも大人っぽさを感じる、そんな声だった。


「は」


驚いて、開いてあった窓の方をみると、バルコニーの外に、男女が一人ずつ、満月を背後に、浮いていた。

女の方は、先程とは打って変わった漆黒のドレスを身に纏い、思わずその美しさに惚けてしまいそうなほど整ってその容姿に、それはそれは艶やかな微笑を浮かべている。

男の方も、煌びやかなものではなく、黒い、まるで女と対になったような刺繍が入った正装。その容貌が女と並んで劣らないほど美麗なのは変わらず、今まで魔術か何かで隠していたのだろう。その頭部には、魔族の象徴であるつのが生えていた。


「こんばんは、王子様。私はアナベル。あなたの言う通り、エリーシェンの王女様を騙る、わるーい魔族よ。あと、こっちはリアンね」


そう自己紹介した女魔族…アナベルは、愉快そうに続けた。


「今は、アネモネ王国の調査に来ているの。それで、王侯貴族に近づこうと舞踏会に参加したら、給仕が魔術を使ってるのを見つけてね。魔力探知をしてみたら、ここが引っかかったのよ」


なんでもないようにいうが、ここから舞踏会が行われていた本宮までは、相当距離があるのだ。ただでさえ難しい魔力探知を、しかも広範囲に行う。その難易度の高さは計り知れない。


「そこまでわかっていて、魔族が何の用だ。幽閉されている王子に利用価値などないだろう」


俺はバルコニーに出て二人に尋ねる。せいぜい俺の価値は王家の血筋くらいだろう。それも、後ろ盾がなければ使えない。それなのに、何をさせようというのか。


「特に何もないわよ?一瞬国ごと滅ぼしてしまおうかと思ったけれど、《《ただの》》魔術師にそんな権限が与えられていないから、諦めたわ。個人的に、魔術を扱える人間に興味があっただけ」


そう言って彼女は、空中でクルッと一周して見せた。


(絶対にこれが、ただの魔術師な訳がないだろうに)


自信を持って言える。このレベルが、魔界にたくさんいるのなら、この人さらに上の魔術師がいるのなら、昔からちょっかいを出し続けている我が国や、人間はとうの昔に滅びている。


「へぇ…使えるかもな」


そこまで考えると、それまでずっと黙っていたもう一人の魔族…リアンがボソッと何かを呟き、アナベルに耳打ちをした。


「…ーーーー…で」

「あら…ーーーの?」


何を言っているのかはよく聞こえないが、当初の予定にはなかった言葉のだろうということはわかる。アナベルの顔には驚きの色が浮かび、チラリとこちらを見た、キツい印象を受けるその切れ長な瞳と、目が合った。


「気が変わったわ。ねぇ、王子様。この国を捨てて、魔界にくる気はないかしら?」


そう言って悠然と微笑むその姿は、人間を堕とそうとする、堕天使かと身粉ごうほどに、美しかった。

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