お花畑がすぎる…
驚くほど静かな会場をリアンのエスコートを受けながら歩きつつ、辺りを軽く確認する。
(あら、珍しい)
魔力探知に何か引っ掛かった。攻撃系じゃないから、反応が遅れたけれど……変装系の魔術か。
人間は魔術を使えない。いや、正確には《《使わない》》。一応人間にも魔力はあるが、魔族に比べて、圧倒的に量が少なく、平均的にティーカップ一杯分くらいしかない。そんな量ではせいぜい火球を打てるか…くらいだ。だから、人間の祖先は魔術を使うことを諦め、魔術は魔族だけが使える忌まわしい力だと人間に恐れられることになった。
ちなみに私は特異体質というかなんというか、魔族の中でも例外で、無限の魔力を持っている。魔力が尽きることはないし、逆に多すぎて、溜まりすぎると体調を崩す。戦闘においては有利だけれど、日常生活を送る上では厄介でもあるのだ。
パチッ
灰色の髪の給仕と目が合った。こちらと目が合った瞬間、何やら顔の色が消える。見惚れているわけではない。恐れている。
(へぇ?)
魔術を使っているのはこの人だ。本来の髪色と瞳の色と変えてるんだろう。ごく稀にいるのだ。圧倒的な魔力量を保有する人間が。まぁ、この人は例外中の例外といってもいいほどの魔力量だが。そこらの魔族より多いだろう。しっかり魔術も使えているし、ますます珍しい。しかも、相手の力量がある程度わかるらしい、見た目箱入りの王女相手に、屈強な戦士を見るような目で見てくる。
(まぁ、隠しているっぽいけど)
「アナ?」
小声が斜め上から降ってくる。
「なんでもないわ」
リアンだって気づいているだろうけれど、何も言わないということは放っておいて大丈夫だろう。今の目的は、第一王子だ。
……リーリエを婚約破棄した、私にとっては敵に等しい存在。間違っても攻撃してしまわないようにしなければ。
「王女殿下」
向こうから濃い金髪に翠色の瞳を持った男が歩いてきた。無駄に整っている顔、隣には空色のショートヘアをした少女を伴っている。第一王子と聖女だ。
「お初にお目に掛かりますわ、エドワルド殿下。エリーシェン国が王女アナスタシアです」
「…っあぁ。私は第一王子エドワルド。今後ともエリーシェン国との友好を願っている」
「私もですわ」
(……あぁ、気持ちが悪い)
さっきから舐めるように見てくる。自分の容姿も体型も整っていて、男性の視線を引くことくらいは自覚しているが、ここまであからさまに見られると、不快感しかない。こっちは敬語なのに、偉そうな口調だし。というか、隣に婚約者がいるのにここまでは…
(うん。こういうのを類は友を呼ぶというのね)
聖女(笑)……確かルチアと言ったか、当の婚約者もリアンに釘付けだった。略奪してまで手に入れた第一王子をそっちのけでだ。二人揃ってお互いのことなんて見ていない様子は、まぁよく似ていた。するとリリアが何かを言おうと口を開きかけた。
「こちらは私の《《婚約者》》、ランチェスター公爵家のリアンですわ。今回は、外交官筆頭としても来ていますの」
「よろしくお願いいたします。」
そう言って頭を下げるリアンの腕を引き寄せた。すると、ルチアが一瞬顔を顰めて、エドワルドの袖口を引っ張った。
「私の婚約者も紹介させていただく。我が国数百年ぶりに現れた聖女、ルチアだ」
「お初にお目に掛かります」
ルチアのカーテシーは簡略化された。マナーがなっていない。いくら聖女と呼ばれていようが、所詮出身は男爵家、しかも庶子だ。貴族社会においてのトップは王族。他国の王族相手に、カーテシーを簡略化するだなんて無礼にもほどがある。実際それを見た一部の貴族の顔色が一気に悪くなった。…まともな貴族もかろうじているらしい。
「……殿下のご婚約者は、ヴェイン公爵令嬢だったはずですが。情報の行き違いが合ったのかしら?」
にっこりと微笑みを浮かべて言ってやった。情報の行き違いなんてありえない。嫌味以外の何者でもないが、このくらいは許されるだろう。だって、第一王子もさっきから一貫して自分が上という態度を崩さない。考えなどのもほどがある。
(その頭はお飾りなのかしら。他国の王族に対してそんな態度でいては、国交を打ち切られる可能性だってあるでしょうに。やっぱりお花畑ね…)




