勘違いされても文句いえませんよ?
最初一週間の予定だった偵察だが、王家主催の健国パーティに参加するためにもう一週間延長された。アネモネ王国中の貴族が集まる、年に一度の舞踏会らしい。その中に、私は異国の王女として招待されていた。
100年に一度だけ、王族が建国パーティーに訪れる、東の大陸、魔界を挟んだ位置にある島国。一応実在はしているが、魔王の支配下にあるので、身分は使い放題だ。今まで、使節団だけは定期的に送ってきたから、建国パーティーの招待状は来ていた。今回の調査にはうってつけだ。ちなみに、王女の顔は誰も知らないから、変装する必要のない。だから、アナベルとして着飾るのだけれど…
「アナ、綺麗だよ」
「そう…」
「似合ってる」
「ありがと」
「やっぱり青いドレスにしてよかったね」
「えぇ」
「可愛い」
「うん」
こんな感じで、リアンにずっと褒めちぎられている。今私たち入るのは控室。一日前に王城に入り、国王の代理である王妃に挨拶し、今は目的の建国パーティーの直前だ。役柄が、婚約者の公爵令息なのをいいことに、ずっとくっついているし、正面からベタ褒めしてくるから、恥ずかしい。顔だって折角した化粧も意味がないくらい赤いだろう。さっきから熱い。
こんなにもご機嫌なのは、私が着ているドレスが理由の大部分だと思う。わざわざ魔法ではなく、デザインから決めて仕立ててもらったマーメイドドレス。色は青色。つまりリアンの瞳の色だ。私の色と反発しない、私に似合うためように作られたドレス。自分でも最高に似合っていると思うし、綺麗だろう。それはわかるが。
「リアン」
「なに?」
私の呼びかけに反応して返ってくるその笑顔は、いつもの微笑みの2倍くらい甘い笑顔。さっき入ってきた侍女達が見惚れていた。これに何が『鬼宰相』だ。ただでさえ整った顔立ちが、蕩けそうな笑顔を向けているのだ。破壊力は尋常じゃない。
………面白くない。
「笑わないで」
目の前にあるリアンの頬を両手で挟む。嫌だった。リアンの笑顔が誰かに見られるのが。だから、隠そうとした。わかっている。こんな行動子供っぽいことは。ただのヤキモチだ。普段なら押し殺すけど、なんか嫌だった。私はこんなに重い女だっただろうか。
そんな私の行動に彼は一瞬キョトンとした顔をして………さらに笑みを深めた。
「わかったよ。それが可愛い可愛い姫様の願いなら」
どうやら私の気持ちが伝わってしまったらしくて、あっさりとリアンは引き下がった。あんまりにもさっきとの温度差がすごいものだから、少し拍子抜けしながらも手を離す。
「隙あり」
頬に柔らかい何かが触れた。軽く、一瞬だけどけれど。
「な!」
すぐ横にあった顔が離れる。そこには、イタズラっぽい顔をしたリアンがいた。私はキスをされた場所を抑える。折角治ったのに、また顔に熱が集まるのを感じた。いくらなんでも、幼馴染としての領域を消えていやしないか。
(こんなの勘違いされても文句言えないわよ!)
「なにして…!」
コンコンコン
「どうぞ」
「失礼致します。王女殿下、ランチェスター様、お時間でございます」
ノックをして入ってきたのは侍女、入場の時間らしい。タイミング…
「わかった。それじゃあ行きましょうか、《《王女殿下》》」
「……えぇ、行きましょう」
誰もいなかったさっきとは違い、今ここで王女としての仮面を剥がすわけにはいかない。それがわかっての行動だろう。一体どこまで計算していたんだか。
「エリーシェン国より、アナスタシア王女殿下、並びにリアン・ランチェスター公爵子息のご入場です!」
そう呼ばれ、開いた扉の先へ、実質的な敵地へ、私たちは足を踏み入れた。




