閑話 その頃魔界では sideリーリエ
アナベルさん達がアネモネ王国へ向かってから一週間。魔界では、大きなトラブルもなく、穏やかな時間が流れていた。
(平和だなぁ)
そう思って窓の外を見ると、空は雲一つない快晴で、庭師に丁寧に育てられた花々が美しく咲き誇っていた。
叩かれることもなければ、やらなくてもいい仕事を押し付けられて、夜眠れないことも、なじられることも、罵倒されることもない。侍女の仕事は楽しいし、周りはみんな驚くほど優しい。一年前では想像もできなかった、平穏な暮らし。こんなに幸せでいいんだろうか、これはもしかしたら夢なのではないかと思って、たまに怖くなってしないほどだ。
(次は…魔王様の所ね)
私は窓から目を離し、前を向く。与えられた仕事をこなすために……好きな人のところへ。
☆☆☆
コンコンコン
「魔王様、リーリエです」
「入れ」
執務室の扉をノックすると、中から低い、でも聞いていてうっとりしてしまうような、そんな声が聞こえた。
「失礼します」
中へ入ってすぐ目に入ったのは、相変わらず書類の棚に埋もれかけている魔王様だ。
男性にしては長い艶を感じる黒髪に、まるで夜空のような藍色の瞳。スッと筋に通った鼻梁に、形の良い唇。美丈夫、というか言葉が、本当によく似合う方だ。
「そろそろ休憩にするか」
そう呟き、魔王様はソファに移動する。私はお茶を淹れ、お茶菓子と共にローテーブルに置いて、もはや定位置となっている魔王様の隣に座った。レオナルドさんもソフィアさんもいないのだから、わざわざここである必要もないのだが、少し前にここに座るように言われたのだ。
(嬉しい…けれど、真横に魔王様がいて、心臓がうるさいんですよね。ここだと)
「最近の仕事はどうだ?」
お茶を啜りつつ、魔王様は聞いてきた。いきなり拾われてきた私なんてただ面倒臭いだけだっただろうに、こうして魔王様はよく気にかけてくださる。
私は仕事中にあった面白い出来事や、気がつたこと、初めて知って驚いたことなどを話す。なんでもない世間話。けれども、正直私にとってこの時間は、人生でいちばん幸せな時間だ。
「…仕事といえば、アナベルさん達は大丈夫なんでしょうか?嫌な思いをされていなければいいのですが」
そう言うと、魔王様は驚いたように軽く目を見張った。どうやら私が自分から祖国の話をした子は意外だったらしい。
「もしかしたらアナベルは怒り狂うかもしれんが、それを表に出さないくらいの分別は持っているから、大丈夫だろう。リアンもいるしな……リーリエは、アネモネ王国に対して思うことでもあるのか?」
「そうですね……あまりいい思い出はありませんし、帰りたいとも思いません。ご令嬢達は本当の意味での友人とはいえませんし、周りはみんな敵……あぁでも、一人だけいました。少し似たような状況の方が」
脳裏に浮かぶのは、私と同じ色を持った大切の友人の姿だ。彼は大丈夫なのでしょうか…
「けれども、一つだけ。私の追放先をこちらにしていただいたことには感謝しています。おかげで、魔王様やアナベルさん達に出会えましたから」
魔界側に捨てられることがなければ、アナベルさんに出会えなかった。きっかけとなったルチア嬢に初めて感謝したことかもしれない。
「それもそうか」
そうおっしゃった魔王様の口元には嬉しそうな笑みが浮かべてていて。思わず、動きが止まってしまった。
やっぱり、この方が好きだ。
そう再確認して、私は心の中で気合いをいれなおし、立ち上がった。
「そろそろ、失礼させていただきます」
「あぁ、がんばってくれ」
(ここにいる皆さんに少しでも恩返しができるように、一生懸命働こう)




