水晶玉から見えたのは sideリーリエ
水晶玉には、岩場に立って悪魔と対峙するアナベルさんが映っていた。
『ご機嫌よう。不法侵入者さん。わざわざ魔界まで来てどうしたのかしら。出来ればこのまま帰っていただきたいのだけど』
可愛らしく首をコテンと傾けながら、彼女は悠然と微笑む。その微笑みの美しさと言ったら。同性の私でも思わず見惚れてしまうほどだった。
風に靡ても艶を損なわないピンクブロンドの髪。切れ長な形を長いまつ毛が縁取る、まるで宝石をそのままはめ込んだような真紅の瞳。この世のものとは思えないほど整った顔立ち。その顔が、一番美しく見えるように計算された微笑みを浮かべるのだ。浮世離れしすぎていて最早恐怖を感じてしまいそうなほどだった。
『コトワル。火球!!』
『〜〜〜〜〜〜』
ボン!!
私が見惚れている中でも、水晶玉の中での銭湯は続く。アナベルさんに向かって、悪魔は火球で攻撃してゆく。一気に十数個ほどを放った。
「危ない…!」
ここの声が届かない事はわかっているけれど、思わず叫んでしまった。火球は、アナベルさんに向かってどんどん進んでいく。
『水球』
ジュウゥゥ
熱したフライパンにベーコンを乗せたときのような音をたてて、火球は消えた。
「これは…」
「水球。これも下級魔法で、攻撃力は皆無ではあるが、火球を相殺できる」
魔術自体、魔界に来てから初めて見る私が目の前に映ったものを理解できずにいると、魔王様が解説をしてくれる。
「なるほど。火球を同等の威力の水球をぶつけて相殺。しかも、ピッタリ同じ威力をぶつけなければ、綺麗に消滅しないのでは?訓練を見ている限り、その威力の操作は難しいのですよね?」
「ほぅ、この説明だけでそこまで分かるとは。大したものだ」
魔王様が満足気に頷く。そんな大したことはしていないのですが…
『随分なご挨拶ね。いきなり攻撃してくるなんて、マナー違反だと思わないの?…まぁ、戦闘にそんなの関係ないか』
アナベルさんが話している間にも次々と火球を放ってくる悪魔たち。かなりの数のそれを次々と相殺しながら、アナベルさんの身長を越すほどの火球を作り出した。
ボン!
てっきり目に前にいる悪魔に放つとかと思ったら、彼女は空に向かってそれを放った。
『ギャーーーー!』
悪魔の悲鳴が聞こえた。たしかに、報告では中級悪魔が一体と下級悪魔が二体だった。まさか奇襲してくるとは。
『じゃあね、不法侵入者さんたち。火球』
更に間を開けず、驚いて固まっている二体の悪魔に向けて、アナベルさんが無数の攻撃を放つ。
ボン!ボン!ボン!ボン!ボン!…
『ア!ッギャ!グゥ!ア!ヴ!』
『〜!〜〜〜!』
一つ一つが小さくても、少なくとも千はある火球が全て当たり、二体とも悲鳴をあげながら消えていった。
「すごい…」
なんの前触れも無しに、あんなに多くの火球が現れるなんて…
「無から何かを生み出すのは、すでに存在するものを動かすよりも魔力を使うんです。あんな数を一気に、しかもその前に巨大な火球を放ったばかりで、普通は難しいんですよ。転移も使っているし。相変わらず、とんでもない戦いをするなぁ」
カイトさんが苦笑しながらも言う。結構自由奔放なアナベルさんのことだから、今日みたいにササっと一人で行ってしまうこともあるのだろう。諦め気味だ。
『破壊』
そう唱えて手を振ると裂け目がバリン!と音を立てて壊れた。
『さ、仕事が終わったし帰ろ。転移』
そうして、アナベルさんは水晶玉から消えた。




