聖女にはなれない
中務ひよりはある日、突然この世界に召喚された。
訳がわからないままに召喚されて、人々に『聖女さま』と傅かれたのだ。
ひよりはただの十七歳の高校生だ。
呆然とするしかなかった。
それでも、現代日本に生まれて、育ったネットカルチャーにどっぷり浸かった女子高校生である。
最初のうちは物語のヒロインになったみたいで嬉しかったし、『王子さま』や『神官長』、『魔法使い』と言う存在にもわくわくしたのだ。
けれど、家に帰れないこと、家族に会えないこと、友達も誰もいない事実に打ちのめされた。
そうしていろんな感情が落ち着いて、ここに馴染むしかないと諦めがついたのは、一つ季節が変わった頃だった。
こちらの世界も四季があり、ひよりが召喚されたのは雪の積もる寒い日のことで、薄暗く毎日続く雪と寒さが彼女の心も暗くしたけれど、陽射しが差し込み暖かくなるにつれ、諦めとここでの生活をどうしていくか考える余裕が出てきたのだ。
「ひよりさま、こちらのお菓子はいかが? 料理長のおすすめでしてよ」
公爵令嬢と紹介されたアンジェリーナが微笑んで、ひよりにお菓子を勧めてくれた。
アンジェリーナは、プラチナブロンドに蒼い瞳のとても綺麗なお姫さまである。
「美味しそうね、アンジェ」
彼女はひよりが部屋に閉じこもって、泣いていた時に王城に通って、辛抱強くひよりに話しかけてくれた人だ。
こちらの世界では雪の季節の移動は大変なのに、歳の近い聖女がいきなり召喚されて、泣き暮していると聞いて、深く同情して、熱心に通ってくれたのだ。
知らぬ土地で、知らぬ異性に囲まれては怖いばかりだろうと王城の偉い人たちを説得して、本当に辛抱強く接してくれたのだ。
おかげでひよりは、暖かい春の陽射しとともに引き篭もりから脱し、こうしてアンジェリーナとともにお茶など楽しめるようになったのだ。
「ふふ、ひよりさまが気に入って下さったと知ったら、料理長が喜びますわ」
「アンジェ、ありがとう。貴女がいつも辛抱強く私に付き合ってくれるから、本当に嬉しいわ」
「ひよりさまったら、そんな当たり前のことで…」
アンジェリーナが照れたように頬を染めて、柔らかく微笑んだ。
その愛らしい様に、ひよりは『アンジェの女子力、ハンパねぇ!』と感動していた。
まあ、アンジェリーナに限らず、ひよりが王城で出会うこちらの女性陣は皆女子力が高い。
基本、ひよりに会うことが出来る女性は侍女たちも含め貴族の令嬢たちである。
彼女たちは生まれた時から、躾けられ、磨き上げられているのだ。
そんな令嬢たちを見て、さすがのひよりも本人基準でおとなしく、お淑やかにしているつもりだ。
それでも、彼女たちを見ていると、自分の雑さが身に染みる。
『聖女』と祀りあげられても、ひよりには何もできない。
それでも、アンジェリーナに言わせれば、ひよりがこの世界に来てから、随分と楽になったそうだ。
どこが? とひよりは思うのだが、この世界は自然環境が厳しい上、瘴気と言うものがあるらしい。
正直な話、ひよりにはよくわからないのだ。
けれど、アンジェリーナをはじめ、皆がひよりが居るだけで瘴気が消えていくと言うので、ひよりは『聖女』で『居てくれるだけでありがたい存在』なのだそう。
なので、ひよりとしてはここで、『聖女』としてお姫さま待遇を受けて、何もしないで周りに傅かれても、なんとか受け入れている。
だって、普通の女子高生は短期間ならともかく、ずっとお姫さま待遇で接されて落ち着くことなんて不可能な話だ。
いいのかな? いいのかな? って不安になりながら、アンジェリーナの笑顔に縋りながら、王宮の豪奢な部屋で贅沢な暮らしをしている。
アンジェリーナは、『聖女ひより』に優しく微笑みながら、心の中で謝り続けていた。
ひよりは本当に普通の善良な少女だった。
これが傲慢だったり、贅沢に溺れてくれるような少女なら扱いは簡単だった。
王子でも神官でも、それなりに見目の良い男性に恋してくれても良かった。
そうしたら、適当に表面上だけ合わせて、持ち上げ、出来るだけ長生きしてもらえるように皆で頑張っただろう。
けれど、彼女は怯えて、嘆いて、家族を恋しがり、冬の間に儚くなってしまうのではないかと思うほど泣き暮らしたのだ。
周囲はとても困惑し、焦った。聖女さまには生きていてもらわないと困るのだ。
ひよりに話したように居てくれるだけで、瘴気を浄化してくれるのも事実だ。
けれど、効率を求めるならば、過去の事例から言っても、聖女さまにこの国の民の安寧のために祈ってもらうことが一番だった。
なんの縁もない世界の民のために、無心にされる祈りが一番浄化の力が強いという、とても残酷で酷い事実なのだ。
自分たちが生き残るために、異なる世界から、彼女を家族や友人たち、慣れ親しんだ世界から離し、召喚したのだ。
そして、それだけではなく、これからアンジェリーナは『聖女さま』にこの世界の民の安寧のために祈ってもらうように仕向けるのだ。
なんて、酷いことだろう。
ひよりはどれだけ望んでも、元の世界に、家族の下に帰れないのに、わたくしたちのために祈りを強制するのだ。
本人には強制と感じさせないように、悟らせないように誘導していくのだ。
「アンジェ、どうかした? 何か心配ごと?」
ひよりが心配そうに、こちらを伺うように見てくる。
「いいえ、ひよりさま。大丈夫ですわ。ご心配いただくようなことではありません」
アンジェリーナは、ひよりに言われる『お姫さまのような笑顔』を浮かべるが、心ここに在らずのような気配を漂わせる。
「そう? 心配ごとがあるなら相談してね? 私じゃ何も出来ないかもしれないけど、聞くことは出来るよ?」
善良で、優しい、優しい『聖女ひよりさま』。
アンジェリーナは少し困ったような表情を作り、まだまだ瘴気は強く漂っている地方の話をし、ひよりは気にしなくていいと告げた。
遅かれ早かれ、ひよりが居るのだから、今瘴気が強い所もいずれは薄くなっていくのだから、と。
実際には1日でも早く、浄化しないと今年の作物の出来も変わってくるが。
こんな言い方をすれば、優しいひよりは瘴気の強い場所に行って、アンジェリーナが望むように祈ってくれるだろう。
わかっていて、アンジェリーナは思わせぶりなところで言葉を切る。
なんて、自分は醜く酷い女だろう。
きっと、ひよりは瘴気の強い地方へ行き、祈ってくれるだろう。
そうなったら、自分も着いて行くつもりもある。
アンジェリーナに出来ることと言えば、ひよりの側に居て、優しい言葉をかけ続けることだけだ。
優しいひよりの顔を見ながら、アンジェリーナは強く思った。
わたくしは、聖女にはなれない。




