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7.聖女は我の敵を脅してくれるらしい

 自分の身の内にしまいこんだ死の魔法が暴走するとき、魔王は決まって同じ夢を見る。その夢は後悔の記憶。


 満月が闇を明るく照らすそんな夜。自分に触れた両親の体が灰になって消えてなくなる姿。

 まぶしい太陽の日の下で、自分を好きだと言ってきた娘たちが両親と同じように灰になり風に吹かれ散っていく姿。

 恐怖に顔を歪め自分から逃げる同族たちが灰と化す姿。

 命乞いをする無抵抗の人間たちが灰となり消える姿。

 草木、動物、精一杯にこの世を生きる命が、自分のせいで散っていく姿。


 今日はもう一つ夢を見た。その夢は有り得る未来の夢。

 自分の大切な者達が、ウルが、レキが、城で働く同胞が……自分を好きだと求婚してくる聖女が灰となって散る姿。


 やめてくれ。


 「我は誰も、殺したくない…」

 「安心してください!私が殺させません!」


 その声は自分の頭上から聞こえた。

 瞬き、顔をあげ、それを見て魔王は言葉を失う。


 「魔王さん!好きです!結婚してくださーい!!」


 棗だ。

 天高く伸びた木々の枝葉を足場にし、こちらへ走ってくる銀狼(ウル)の背に乗って笑顔の棗が自分の元へ向かってくる。死の魔法を放っている魔王の元へ一直線に走ってくるのだ。血の気が引いた。


 「棗、こちらへ来るな!ウル!引き返せ!」

 

 叫ぶ魔王の言葉を聞き取ったらしい。ウルは人間の姿に戻り、棗となにやら話す。魔王の位置からはウルと棗の話声は聞こえないが表情は見えた。棗は笑顔でうなずきウルに抱き付いた。


 「……棗は、我が好きなのではないのか?」


 こんなときだが、魔王はなぜかそんなことを思ってしまった。魔王の感情の揺れに影響を受けたのか死の魔法が揺らぎ死をもたらす範囲を広げてしまった。焦った魔王は力を必死に抑える。

 だから気づかなかった。


 「魔王さーん!来ちゃいました!」

 「は?」


 棗がキャッチボールのごとく投げられたということに。

 もちろん投手はウルで、キャッチャーは魔王だ。青ざめながらも魔王は跳んでくる棗をしっかりと受け止めた。しかし受け止めたこの身体は死の魔法を纏っていて。魔王の脳裏に浮かんだのはさきほどの夢。棗が灰となって消える姿。


 「な、棗!早くウルの元へ戻れ!」


 魔王の腕の中にいる棗はまだ灰と化してなかった。魔王の纏う黒い靄に触れた者は、皆例外なく灰になって消える。棗がすぐに消えないのは聖女の力が彼女を守ってくれているからなのだろうか。焦りながらも魔王は冷静に分析し、棗をウルに向かって投げようとする。が、


 「戻りません!私は魔王さんに会いに来たんです!」

 「なっ!」


 棗は魔王に抱き付いて離れようとしない。

 その顔は昨日と同じようにとても幸せそうな笑顔で、魔王は苛立ちに体が震えた。


 「貴様は、阿保か!?ウルとレキから話を聞いただろう!今の我は無差別に命を奪う殺戮兵器だ!聖女の貴様とてもうじき死ぬ!」

 「死にません。よく見てください。今はもう、魔王さんは誰も殺していません」

 「ふざけるな。ここら一帯にはすでに死の魔法が充満している。死なないなど、なぜわかりきった嘘を…」


 言いかけて止めた。

 魔王は気づいたからだ。笑う棗の額には球のような汗が無数にあり、その体が青白い光で輝いていることに。

 周囲を見れば、黒い靄はあるもののそこに生えている木々や花、草は灰になっていなかった。棗と同じく青白い光を帯びた植物たちは、むしろ生き生きとしていた。

 遠くでこちらを伺っているウルの体も同じように青白い光に包まれていた。

 

 「聖女の力です!またの名を愛の力とも言います!」


 ほめてください!そう笑う棗に魔王は殺気を向ける。


 「ふざけるな。こんなものただの時間稼ぎにすぎん!我の死の魔法は一定の数の命を奪わなければ止まらぬ!それに…我が気づかないとでも思ったか!?」

 「え?」

 「その聖女の力、貴様の生命力で補っているだろう!命を奪う魔法に対抗する方法など、命を与える魔法以外にあり得ん!」


 魔王の声はウルにも届いたのだろう。

 ウルは怒りに顔を歪めると銀狼に姿を変え棗の元へ駆けだす。が、棗はそれを手で制した。手で制するというよりかは、頭の上で×マークをつくりウルに見せたのだ。


 「私は時間稼ぎです!!」

 「……っ!」


 そして大きな声で叫ぶ。

 魔王にはよくわからなかったが、ウルはその言葉を聞き、動きを止めた。


 「…貴様はなにをしようとしている?」


 困惑に震える声で問いかければ、彼女は魔王の頬を両手で包み、顔を土色にしながら笑った。


 「あなたを救って。最終的に結婚しようとしています」


 棗はこんなときだというのにブレない。

 ぎゅっと魔王の体を抱きしめながら棗は言葉を続ける。


 「きっと魔王さん…ユーリさんは、やさしい人だから。魔王に選ばれてしまったんですね」

 「なんだと?」


 棗は笑う。


 「命を大切にするあなただから、奪いたくないと思うあなただから。命を奪う魔法はあなたを選んだんですよ」


 死の魔法だってほんとうは命を奪いたくないのだ。

 あなたならきっといたずらに命を奪わないよう抗ってくれる。そう思ったから死の魔法は魔王さんを選んだ。


 「私死の魔法さんにジェラシーを感じます。ウルさんにもです!私の方が絶対にユーリさんを好きなのに!」

 「はあ?死の魔法とウルに嫉妬?いやそれよりも、貴様はなぜ我の名を知っている?」

 「ウルさんが私に自慢してきました。俺は魔王の名前を知ってるんだぜーって!」

 「……。」


 絶対に違う。

 ウルを見れば、彼は疲れきった顔で首を横に振っていた。やはり違った。


 「わわわ!魔王さんが笑ってくれました!かわいいです!」

 「は…?」


 棗が目をハートにして喜んだことで、魔王は己が笑っていたことに気づいた。

 死の魔法を周囲に放ったこんな状況だというのに笑うなんて。

 自分に苛立つ。だが一方で、喜びも感じていて。

 そんなときだったから油断していた。


 「ぐっ…」

 「魔王さん!?どうしたんですか!?」


 魔王の中で、死の魔法の力が強まった。

 顔を伏せうずくまる魔王を棗は慌てた様子で覗き込む。


 「ッ我から離れろ!」


 叫んだと同時に魔王の体から黒い靄が溢れ出した。

 棗は避けることもできずに霧を受け、その体は闇に包まれた。


 魔王の顔は青ざめる。

 死んでしまった。殺してしまった。異世界から来た哀れで不思議な、自分を好いてくれた少女も消えてしまった。

 ほんとうに消えてしまったのか?


 「な、つめ…。棗、棗っ!」


 魔王は黒い靄の中を探しまわった。

 自身の体から溢れる靄は夜の闇のようになにもかもを覆い隠してしまい、手探りでしか棗を探すことができない。そして己の手は、闇の中空を切るだけ。なにも触れることができなかった。


 「…当たり前か。貴様はもう、灰になってしまったのだから」


 魔王の青い瞳から涙が零れ落ちる。


 「嘘つきめ。死なないと言ったじゃないか…」

 「ユーリさん、私死んでませんよ!」

 「え?」


 自分の顔を包む小さな手。魔王は自分を真正面から見つめるその人物に驚き、声も出なかった。


 「すみません。もう少し早くに出てくればよかったですね。ユーリさんが私を一生懸命探してくれるのがうれしくて、もう少し見たいなと思ってしまって隠れていたら。泣かせてしまいました」


 ごめんなさいと謝罪しながら魔王の涙を拭う棗。

 そんな彼女の頭の上にはなぜか枯れた花々や、乾燥したフルーツがのっていて。いや、それよりも、


 「我の死の魔法を間近に浴びて、なぜ生きていられる…?」


 棗は至近距離で死の魔法を浴びた。聖女の力をもってしても防ぐことはできなかったはずだ。

 

 「ぼくが超速で城中の生花と果物をかき集めてきたからですよ」


 魔王の問いに答えたのはレキだ。

 青い空を背に飛翔する黒竜姿のレキは両前足に大きな袋を持っていた。

 だがレキのそれは答えになっていない。怪訝な顔をする魔王を無視しレキは棗に指示を仰ぐ。


 「棗さん、第二陣投下してもいいですか?」

 「お願いしまーす!」

 「待て、第二陣とは…うわぁっ」


 魔王が言い終える前にレキは持って来た袋を逆さにした。

 天から降ってきたのは、蕾が開花したばかり生花とみずみずしい果物だ。命あるものに死の魔法は反応し、黒い靄が生花と果物を包み込む。そして黒い靄が消えればそこには灰が…


 「は?」


 本来なら灰があるはずだった。

 しかしそこには形を持ったナニカがあった。

 ぽてんと顔に落ちてきたのは、乾燥された花と干された果物。


 「ドライフラワーとドライフルーツですよ」

 「なんだと?」

 「おー。意外とうめぇーなァ」


 得意げに笑う棗の頭を「でかしたァ。ほめてやる」と撫でくりまわすのはウルだ。魔王だけ理解が追いつかない。

 

 「棗さんの世界では乾燥した花を飾ったり、干した果物を食べるそうです」


 いつのまにか魔王の隣には人間の姿に戻ったレキがいた。


 「まだ我に近づくな。死の魔法が…」


 言いかけて気づく。気づけば自分の纏っていた死の魔法はなくなっていた。死の魔法の暴走が止まるのは、ノルマとなる一定量の命を奪い終えたときだ。今回も森一つ灰にしてしまうだろう。魔王はそう思っていたが、森は半分ほどしか灰になっていなかった。


 「まさか、この花と果物が奪った命としてカウントされたのか?」

 「ぼくたちも棗さんに言われて気がついたのですが、死の魔法で死ぬ=灰になるという仕組みではなかったようです」

 「どういうことだ?」


 はじめに、棗は魔王の死の魔法を見たときに思った。

 死の魔法は言葉のとおり命を奪う魔法なんですねと。


 黒い靄に包まれた草花は一気に灰にはならず、水分を奪われ乾燥して、そして風に吹かれて灰になっていた。これは命を奪う魔法だからだ。炎の魔法であれば草花は一瞬にして灰になり消えただろう。


 そうやって考えたとき、棗の脳裏に浮かんだのはドライフラワーとドライフルーツだ。ちょうど棗がこの世界に召喚される数日前、棗の母がドライフラワーをつくろうと勉強を始めていたのだ。

 母曰く、短時間で水分を抜くことができるか否かでドライフラワーの仕上がりは変わるそうで。


 「魔王さんの死の魔法、灰になる直前で止めることはできないのでしょうか。そう聞かれたときは驚きましたね」


 問われたレキは棗に答えた。

 可能であると。思い返してみれば歴史書の中で先代の魔王たちが死の魔法をつかっても、対象者は灰にならなかった。


 ユーリの死の魔法が暴走するのは、彼が命を奪うことを望まず、その力を殺戮に使わないからだ。死に至らしめる魔法で死者をつくりださない。だから魔法が暴走する。コントロールできないから、命を奪ってさらに対象者を灰にしてしまう。


 「つまりコントールできれば灰にならない。ドライフラワーとドライフルーツをつくれる。私が聖女の力で死の魔法をコントロールします!今日はドライフルーツパーティーですよ!…というわけです」


 レキから事のあらましを聞いた魔王は、唖然とすることしかできなかった。


 「あの、魔王さん!わ、私としては、ずっと魔王さんと共同作業をしたいのですが、聖女の力は有限らしいので、次回から自分の力でドライフラワーとドライフルーツを作れるように訓練しましょうね!」

 「ギャハハ!魔王がさんざん苦しんできた死の魔法が、ドライフラワーとドライフルーツを作る魔法に変わるのかよ。笑いすぎて腹痛ぇ」

 「ぬわわ!やめてください、ウルさん!」


 ウルは尻尾を左右へ揺らしながら上機嫌で棗の頭を撫でる。棗は頬を膨らませてウルをぽかぽかと叩いて。レキはそんな2人を笑いながら見ている。

 和やかな光景に魔王は苛立った。


 「失敗する可能性もあった…」


 静かな怒気を含んだ声に、己の体を突き刺す殺気にウルとレキは動きを止めた。

 見れば魔王の青い瞳は怒りに満ちていて、その瞳に映るのはにこにこのんきに笑う棗だった。


 「貴様は死ぬつもりだったのか!」


 怒声にビリビリと肌が震える。

 ウルは魔王から棗を守るように2人の間に立つ。無意識だった。

 しかし棗はウルの背中からひょっこり顔を出し、怒りに震える魔王の元へ歩き出す。


 「おい、棗ェ…」

 「大丈夫ですよ、ウルさん」

 「……わぁかったよォ」


 棗は頭の上で○を作ってウルに笑いかける。ウルは舌打ちするものの、ご機嫌そうに尻尾はゆらゆらと左右に揺れていた。それを見てなんだかおもしろくないのは魔王だ。棗に向ける殺気がよりいっそう強くなる。

 

 「棗、我がなぜ怒っているかわかるか」

 「もちろんです!魔王さんはやさしいから怒っています!」

 「……。」


 目の前まできた棗に問えば、彼女はいつものように照れたように笑う。

 自由に人間の姿に変身することができたなら、その頭を軽くはたいたのに。いつもならこんなウルのような発想にならないのだが、今日の魔王は疲れのせいかそんなことを思ってしまった。


 「今日は成功したからいい。だが次はどうなるかわからない。力をコントロールできず、我は暴走し、生花を果実を灰にして、森を消し、貴様も殺すやもしれん」


 魔王は今朝と同様に棗の喉に自分の爪を押し当てる。

 ウルやレキは焦りに体が動く。万が一を考えているのだろう。しかし棗はやはり笑ったままだった。


 「安心してください。魔王さんが暴走したら私が止めます。私が魔王さんを正気に戻します!」


 その自信はいったいどこからくるのか、胸を張る棗に魔王はため息を吐く。


 「口では何とでも言える。今回は運が良かっただけだ」

 「私、というか一目惚れの血筋は「運」という言葉が嫌いです」

 「「「は?」」」


 唐突に始まった棗の家系の話。顔を顰めた3人は知らず知らずのうちに戦闘態勢に入る。無理もない。今まで棗から聞いた家訓や彼女の世界の常識というものはすべて異常であった。身構えもする。


 「運が良かったからテストでいい点を取れた。好きな人と両想いになれた。これらはすべてまやかしです!いい点とるのも、好きな人と両想いになるのも、すべて当人の努力の結果なのです!お母さんがお父さんを頑張って脅しまくったから、私は生まれたんです!努力の一族である私たちの前で、「運」という言葉を使うのは喧嘩を売っていることと同義です!」


 棗は怒りに拳を震わせ叫ぶ。

 3人は思った。棗が異世界に聖女として召喚され、魔王と出会ったのは確実に「努力」では成せなかったことであり、「運」のおかげだと。

 だがまあ言わない。3人とも命は惜しい。


 「というわけで、私は運に頼らず実力で魔王さんを止めます。それでも魔王さんが正気に戻らないのであれば、魔王さんを殺してでも止めます!」


 棗は魔王に安心してくださいとウインクをした。

 もちろん魔王は安心できない。他2人は「アハハ!」「ギャハハ!」と笑っていた。


 「……貴様、我のことが好きではないのか?」

 「えっ」


 棗はぽっと頬を桃色に染めた。

 そういうつもりで言ったんじゃない。

 

 「す、好きに決まってるじゃないですか!好きです、大好きです、愛しています!」

 「普通、好きな相手に笑顔で殺してでも止めるとは言わないと思うが…」


 言われてようやく棗は魔王が言わんとしていることを理解したようだ。

 慌てた様子で訂正を入れる。


 「えぇ、違いますよ。好きだから魔王さんの意思を尊重して殺してでも止めるんです!魔王さんは絶対にウルさんとレキさんを殺したくはありませんよね。でも暴走したら2人を殺す可能性もあります。だからその前に私が魔王さんを殺すんです!安心してください、魔王さんを殺したら私も後を追いますので。1人で天国へ旅立つわけじゃありませんよ」

 「……。」


 たしかに棗の言う通りだ。

 魔王は暴走してウルとレキを殺すくらいならば、死を願うだろう。

 だが、棗を人殺しにはしたくない。そう思うのに、言葉にできなかったのはなぜだろうか。棗に己を殺すと言われて安堵したからか?それとも、後を追うと言われて、1人にしないと言われてうれしかったからか?


 わからない。とりあえず言えることは、


 「貴様は頭がおかしい」


 これだけだ。

 自分の感情がよくわからず、不安にうつむく魔王の顔を両の手で包み棗は笑いかける。


 「魔王さん知らないんですか?女の子はみんな恋をするとおかしくなっちゃうんですよ」

 「……っ!」


 えへへと笑いながら頬をすりよせてくる棗。

 昨日までとは違って、至近距離で微笑む棗の顔を見てしまった魔王は心臓が飛び出してしまいそうな錯覚を覚えた。


 「だから結婚してください!」


 まあこの言葉ですぐに平常にもどるのだが。


 「考えさせてくれ」

 「わわわ!こ、断られなくなりました!うれしいです!!」

 「なっ!ち、違う!考えると言っただけだ!勘違いをするな!」


 しかし墓穴を掘ったせいで、魔王はまた心臓が暴れ始めていた。

 感激のあまりに抱き付く棗と、慌てふためく魔王。

 そんな2人を見るウルとレキは楽しそうに笑っていた。


 「おっもしれェ~。俺はァ、棗のこと気に入ったぜ」

 「おや?ならさっさと行動に移すことですね。チョロい魔王様のことですから、一晩経てばほぼ確実に棗さんに惚れてますよ」

 「あ?なに言ってんだお前ェ?」


 本気で何を言っている?という目で見てくるウルに、レキは首をかしげる。


 自分が楽しければ他人が苦しもうが泣こうがどうでもいいあのウルが、魔王から棗を守ろうとしていたし。異性に求めるのは快楽だけで愛情のみならず親愛も友情も抱かないあのウルが、気に入ったと言ったし。

 てっきり彼女に惚れたのかと思ったのだが、違ったようだ。レキは笑ってごまかした。が、


 「イダダ。まただ、クソ。心臓がいてぇ」

 「…それっていつから痛いんです?」

 「んー、棗が魔王の死の魔法をドライなんだかに変えるから力を貸せって、俺とお前に言ってきたあたりからだなァ」

 「へー」

 「おい、なんだよその顔はァ」


 ウルは顔に青筋を浮かべながらレキの肩に手を回す。レキはいつものようにウルの尻尾の毛を束で抜いた。

 頭上で「いっでェな!」と叫ぶウルの声を聞きながら、レキは魔王に同情した。

 初恋が23歳でしかも惚れた自覚なしとか。これから棗さんは苦労しますね。


 え?なぜ、苦労するのは棗なのに同情するのは魔王なのかって?ウルに振り回される棗に振り回される魔王。このように考えれば、一番苦労するのは魔王となる。だから魔王に同情した。


 「棗っ!?おい、しっかりしろっ!」

 「っ!」


 同情したそばからこれだ。

 疲れて気絶したらしい聖女を魔王は抱きかかえていた。ウルがらしくもなく焦った様子で2人の元へ向かう。あーあ、なんだか魔王様より、ぼくの方が苦労するような気がしてきました。


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