6.あなたの敵はすべて私が脅します!
「してやられました」
「ハッ。俺がせっかくお膳立てしてやったってぇのに、魔王のやつお前のこと襲わなかったのかよ」
ぷっくり膨らんだ頬をぐりぐりと突くのはウルだ。
本日のウルは真面目に護衛の仕事をしていた。まあそれは今日の話であって、明日はどうなるかわからないのだが。
ともかく棗は自分の頬を突くウルの手をぴしゃりと叩き落とす。
「お、襲うとかやめてください!魔王さんは紳士です!そんなことしません!」
初心な反応にウルは驚いた。
「好き好き、結婚してって言いまくってるお前のことだから、積極的なタイプだと思ってたが。まァ、そんな貧相な体じゃ無理か。悪いこと言ったなァ」
「そ、それは関係ありません!!」
真っ赤になってポカポカと棗はウルを叩く。
音こそかわいいが、その威力は半端じゃない。1ポカで並の人間は沈む。2ポカでレキは沈む。4ポカはウルでなければ耐えられなかっただろう。
「そういうわけで、ウルさん。魔王さんのところへ連れて行ってください!」
「お前、今何時かわかってるか?」
「朝の8時です!」
「俺達の喧嘩が終わったのは何時だァ?」
「朝の3時です!」
「おりこうさんだな、寝ろ」
ウルがそう言って棗をベッドに沈める。顔面から沈めてきたので棗は息ができない。もがく棗を見てウルはケタケタ楽しそうに笑う。
ちなみに前使っていた客室は2人のバトルのせいで全壊したので、魔王は新たな部屋を棗に与えた。が、ウルが棗の護衛である限り、この部屋が使えなくなるのも時間の問題だろう。
「…ぶはっ!ウルさん!私を殺す気ですか!?いくら友達とはいえやりすぎです!」
「ギャハハ。朝から何の冗談だ。いつ俺がお前と友達になった?」
「喧嘩を売って、喧嘩を買った。拳を交わした私たちは友達ですよね?」
「なんだよ、その気の狂った友達の作り方は」
「え?レキさんが私と同じことをウルさんも言っていたって…わふわぁ~」
「よぉし、10分で戻ってくるから、お前この部屋出るなよォ」
ウルはふわふわな尻尾で棗を往復ビンタした後、笑顔で部屋を出て行った。彼が会いに行ったのはもちろんレキだ。レキの場合は握りこぶしで往復パンチされる。
一方昨日と同様また部屋に一人になってしまった棗は、
「よし!魔王さんに会いに行きましょう~!」
懲りもせずまた部屋を出て行った。
この後きっかり10分後部屋に戻ってきたウルは、棗が部屋から消えていて怒りで天井を壊した。せっかくレキを往復パンチできて上機嫌だったのに、また機嫌が悪くなってしまった。
//////☆
ところ変わってメイドたちの休憩室。
カラスメイド、猫耳メイド、うさぎメイドの仲良し3人組は優雅なティータイムもとい休憩をしていた。昨日は夜番だったのだ。疲れを癒やすべく丸テーブルを囲み、各々が持ち寄ったお菓子を食べる。
ちなみに3人とも聖女にやられた怪我はまだ癒えておらずボロボロだ。
「そういえば、もうすぐ魔王様のアレがありそうよね」
「あぁ~。そうですわね。前回がちょうど半年前ですもの」
「アレってなんですか?」
「なにあんた知らないわけ?魔…ギャアアア!聖女ォォオオ!」
「「ギャアアア!!!」」
もはや棗恐怖症だ。
しれっと仲間に入っていた棗に、メイド3人は発狂する。隣に座られていたからカラスメイドなんて今にも気絶しそうだ。
「えへ。なんだか懐かしいです。私の世界の友達も私が声をかけると皆さんのように飛び上がって喜んでくれたんです」
「そいつら絶対あんたのこと友達だと思ってないわよ!?ていうか、私たち喜んでいるわけじゃないから!?」
「わぁ。懐かしいです。それもよく言われましたぁ!」
「「「……。」」」
棗にはなにを言っても無駄だ。メイド3人は諦めた。
「ところでさきほどの魔王さんのお話を聞きたいのですが…」
「いやよ。なんで私たちがあんたに教えなくちゃいけないのよ。あんたと私、友達だったかしら?」
カラスメイドは強気に出るが、棗に殴られないかびくびくしている。猫耳とうさぎメイドはカラスメイドを静かに応援した。
棗は殴らなかったがキョトンと首は傾げた。
「え?私たち友達ですよね?」
「ちがうわよ!?」
「またまたぁ、拳で語り合った仲じゃないですかぁ」
「語り合ってないわよ!?私たちが一方的に語られたわ!少なくとも私は語っていない!」
今から語ってあげましょうか!?と腕を振り上げるカラスメイドを止めるのは仲間2人だ。
「ネネ、話しましょう。私殴られたら嫌ですわ」
「そうよ。この子、魔王様の話を聞くまで絶対私たちに付きまとうつもりよ」
「デスワさん!ソウヨさん!ありがとうございます!私頑張って付きまといます!」
「「私たちそんな名前じゃありませんわ/ないわよ!」」
猫耳メイドとうさぎメイドは珍妙なあだ名をつけられたことに怒っているが、カラスメイドは棗が付きまとう宣言をしたことの方が気になった。つきまとわれるだけならまだいいが、この女絶対に暴走する。そして花瓶とか天井とか壁を壊す。そのときメイド長にお叱りを受けるのは自分たちだ。
なぜ聖女に嫌がらせをしようなどと思ってしまったのか、過去の自分を恨みながらカラスメイドは口を開いた。
「わかった。話してやるわよ」
「カラスさん!」
「カラスじゃなくてネネよ!…魔王様はね、とても気性の荒い方なの。ま、攫われたあんたなら身を持って知ってるでしょうけど」
「……?」
棗は首をかしげる。
魔王はやさしい人だ。言葉の意味がわからない。
しかしカラスメイドだけではなく、猫耳メイドもうさぎメイドも魔王を恐ろしいと思っているらしい。カラスメイドに同意するようにうなずいていた。
「あんた魔族たちの王がどうやって決められるか知ってる?」
「王様だったらやっぱり世襲制ですかね?魔王さんのお父さんが前の王様だったんじゃないんですか?」
「人間はそうかもしれないけど、魔族には血も家柄も関係ないわ。魔族の王は死の魔法に選ばれた方がなるの」
「死の魔法…」
口に出して、棗は目を伏せる。
なんて悲しい響きなのでしょうか。
「先代の王たちはこの力をもって人間たちと戦ってきたわ。でも今の魔王様は人間にも同族である私たちにも無差別に死の魔法を使うの」
「気に食わないことがあれば死の魔法で殺す。血も涙もない。一晩で森を灰にしたことだってあるわ」
「魔王様はその力で実の両親も殺してしまったのよ」
棗の脳裏に浮かぶのは、昨日悲しそうに笑った魔王の顔だった。
『やはり貴様は我を知らない。我は人を殺す』
胸がざわつく。
「……魔王さんは、やさしい人ですよ」
「あのねぇ、それはどうでもいいの。私が言っているのは、魔王様が人間も魔族も殺すっていう真実だけ。魔王様は定期的に癇癪を起して、種族関係なく無差別に灰にするの!」
「そ、そんなことしませんよ」
「す・る・の!もうすぐ癇癪を起すと思うから、自分の目で見て確かめるといいわ!」
「私たちはお仕事にもどりますわ」
「テーブルのおかし、食べたきゃ食べれば」
メイド3人は去って行ってしまった。
ぽつんと一人残された棗は丸テーブルの上に置いてあったお菓子を食べ…ようとしたところで、横からそのお菓子を奪われた。
「これ、食べる…だめ」
棗からお菓子を奪ったのは金髪の少女だ。お人形のようなかわいらしい顔をしていた。
メイド3人と同じメイド服を着た彼女は、棗の目の前にお菓子を持ってきて首を振る。
「これ、魔族、食べる、いい。人間、食べる、毒。腹、下す」
「そうだったんですか!ありがとうございます!」
お礼を言うとメイドさんはうれしそうに頬を桃色に染める。
彼女は棗にぐいっとちがうお菓子を押し付けた。
「これ、人間、食べる、いい。さよなら」
「あ!ありがとうございますっ!」
メイドさんは去ってしまった。休憩時間を押していたのかもしれない。
親切な方でした。ぜひお友達になりたいです。
棗はほんわかと幸せな気持ちになっていた。幸せは幸せを呼ぶ。
休憩室を出た棗は窓の外に魔王がいることに気づいた。森の中を一人歩く魔王を見つけ、棗のテンションは上がりまくる。
「魔王さ~ん!!」
「っ棗!?待て、我に近づくな!」
魔王の声は棗には聞こえていない。棗は感情のままに窓から飛び降りて、魔王へ抱き付こうとした…ところを横から現れた狼に妨害された。
グルルとうなる銀色の大きな狼は棗を咥え、魔王から距離を取る。
「ちょ、ウルさんですよね!離してください!」
「死にてぇんなら離してやるよ!それともなんだァ、魔王に殺されてェのか!?あ?」
「どういうことですか?」
魔王から距離を取ったところでウルは人間の姿に戻り、あれを見ろと遥か彼方森の中に1人いる魔王を指さした。
「……あれ?」
棗は目を擦った。魔王の周りに黒い靄のようなものが見えたからだ。
「やっぱり今日だったか」
「今日?それは…うぎゃ」
「チッ」
唐突にウルが棗の首根っこを掴み自身の方へと引き寄せた。棗は思い切りウルの堅い胸板に顔面をぶつけてしまう。
「ウルさん。喧嘩なら後で買いま、す…」
棗は非難に眉を寄せウルを見るが、そんなウルの背後に見えた光景に言葉は消えた。
ウルの背後、棗がさきほどまでいた場所には、緑生い茂る草原があった。しかし今はなにもない。草が枯れた等ではなく、言葉通りそこには灰しかなかった。
眉を寄せるウルの視線の先にあるのは魔王だ。
「今回もひっでーなァ」
黒い靄に包まれる魔王は、グルルとうなりながら森を灰にしていた。
魔王の足元に咲く花々も徐々に水分を失い、枯れ、そして風に吹かれ灰になっていく。
「みなさん、こちらに避難してください!」
どこからか聞こえたレキの声で我に返った。
レキは慣れた様子で外に出ていた騎士や使用人たちを城内へと誘導していた。
「俺らもいくぞ」
「魔王さんは…」
「ああなったあいつは誰にも止められねェ。収まるまで放置。それがあいつのために俺達がしてやれることだ」
ウルは棗の腕を掴み城内へと向かう。引きずられるように歩きながらも棗の視線の先にあるのは魔王だ。魔王は唸りながら森で暮らす者達の命を奪っていく。
蘇るのはカラスメイドの言葉。
『魔王は死の魔法に選ばれた者がなる。魔王様は人間も同族である私たちも殺す。癇癪を起して、森一つを灰にする』
外に出ていた者たちは棗とウルを除き、全員が城内へ避難していた。
魔族たちは皆、怯えた顔で魔王を見ていた。彼らの瞳には森を灰に変えていく魔王は恐ろしい存在として映っているのだろう。
真実そうなのかもしれない。だけど棗にとって彼は、やっぱりやさしい黒竜にしか見えなかった。
「うん。そうしましょう!」
「は?」
棗はウルの手を振り払い、走り出した。
もちろん彼女が向かうのは愛する人の元だ。
焦ったのはウルだ。慌てて魔王の元へ走る棗を捕まえる。
「おい、待てやァ!クソ聖女ッ!」
「っ離してください!私は魔王さんのところに行くんです!」
「あ゛?」
同時に苛立ちも覚えた。
理由はわからないが魔王はこの人間の娘に目をかけている。そうでなければ騎士団長である自分を聖女の護衛に任命などしない。魔王は棗を傷つけたくないのだ。
だというのに、目の前のこの女は魔王のやさしさを踏みにじろうとしている。どこまでも自分勝手に生きるその姿にウルは怒りをあらわにする。
「お前、いい加減にしろよ。自分なら魔王に殺されないとでも思ってるのかァ?」
「私は…っ」
掴まれた手に力がこめられ、棗の顔が歪む。
「死の魔法をなァ、あいつは制御できねェんだよッ」
「……っ!」
「魔王さんは私の王子様だから、運命の人だから大丈夫。殺さないわ。好き好き~ってか?ッざけんなよ。ユーリは12歳の時に魔王に選ばれた。そのときに死の魔法を制御できなくて両親を殺しちまった」
魔王さん…
棗の瞳から涙が零れ落ちる。それをウルは鼻で笑った。
「私が魔王さんを救わなきゃ。傷ついた心を私の愛で癒してあげなきゃ。って?気持ち悪ィ。お前みたいな偽善者は今まで何人も見てきた。全員、自分ならユーリを救えると信じて疑わなかった。拒絶するユーリに付きまとって、だけど結局死の魔法を浴びて自滅する。ユーリはそのたびに自分を責める。心を閉ざしていく。同族に誤解される」
ウルは棗の胸倉を掴み自身の方へと引き寄せた。
ウルは身長が高い。棗の足は地を離れ、ふるふる震える。しかしそんなことはウルにとっては関係ない、額がつくほど顔を近づけ、銀狼は聖女に殺気を向けた。
「ユーリのことが本気で好きなら、あいつに近づくな」
ウルの殺気を間近で受けた棗は、頷く…と見せかけて、ウルに思い切り頭突きをした。
「いっでェ!?てめっ、なにしやがる!」
「私は怒っています!」
今度は棗がウルの襟首を掴んだ。
ぐっと自分の方へ引き寄せて、水色の瞳を真正面からにらみつける。
「ウルさんは私の魔王さんへの愛を、今まで魔王さんの元に現れたギゼンシャさんとやらと一緒にしました!私は誰よりも魔王さんを愛しています!」
「はあ!?」
「あとお前より俺の方が魔王さんのこと知ってるんだぜって、マウントとられたのもむかつきます!幼馴染なんだから知ってて当たり前じゃないですか!自慢しないでください!魔王さんのお名前は、本人の口から聞きたかったですッ!私、怒ってます!!」
予想だにしない行動に最初は唖然としていたウルであったが、いつもと変わらない調子の棗に怒りが再熱した。
「あ゛あ゛?てめェ、いい加減にしろよ」
「いい加減にするのはウルさんのほうです!」
「ちょっと2人ともこんなときに喧嘩はやめてくださいよ!」
顔に無数の青筋を浮かべながら2人の元に走ってきたのはレキだ。
レキはキレていた。外に出ていた者たち全員の避難を急いで終わらせたレキは、紅茶を飲み一息ついていた…のに、部下から死の魔法が迫る森近くで、言い争いをしている棗とウルがいると報告を受けたのだ。苛立ちのあまりティーカップを握りつぶしてしまった。
しかしレキが現れたところで棗とウルは止まらない。
「お前じゃ、ユーリを救えねぇって言ってんだよ!」
「救えます!」
「聖女の力か?便利だなぁ、聖女サマの力はァ!だけどその力は有限なんだよ、知ってたか!?今聖女の力でユーリを救えても、10年後20年後は絶対に無理だ!」
「え!ウルさんは、10年後も20年後も私が魔王さんとラブラブ生活を送れるって思ってくださるんですね!」
「頭かち割るぞ」
本気で拳を振り上げたウルから棗を守るべく、レキは慌てて2人の間に入った。
「もう、2人ともやめてくださ…」
「冗談ですよ」
レキの背中からひょっこりと顔を出し笑う棗に、ウルとレキは顔を顰める。
どこからどこまでが冗談だよ。
「ム!10年後も20年後も云々のところですよ!愛する人の危機に、私がふざけるわけないじゃないですか!」
「つまりそれ以外はすべて本気なんですね…」
「はい。私は本気で魔王さんを救います。いえ私なら彼を救えます!」
「だからァ…もびゃ」
ウルは言葉を途中でやめた。
棗がウルの口を手で鷲づかみにしてしゃべるのを止めたからだ。
「ウルさん、お忘れですか?私は聖女である以前に異世界人ですよ」
棗の瞳は自信にあふれていた。
「聖女の力を使わなくても、私なら魔王さんを救えます!…えっと、少しは使いますけど」