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5.脅されても怖くありませんよ

 棗がレキと別れてきっかり30分後、棗の部屋で爆発が起きた。

 それはもちろん、


 「テメェ!奇襲しかけてくるたァいい度胸だなァ!?つーかレキと魔王にチクりやがって、ぶっ殺すぞ!」

 「ひどいです、ウルさん!私の裸を見ていいのは魔王さんだけなのにッ!私と友達になりたいからって、売る喧嘩の内容をもうちょっと選んでください!」

 「なに言ってんだァ、こいつ!?」


 この2人の仕業だ。

 棗とウルはのんきに話しているが、のんきなのは口元だけで手足は常人には見えない速さで動き続けている。殴る、防ぐ、蹴る、防ぐ、投げる、躱す、魔法、爆発と棗の部屋はボロボロだ。

 

 ちなみに棗はバスローブ姿で髪は濡れている。

 なぜこんな姿かというと、入浴中であった棗の元にウルが瞬間移動してきたからだ。

 ちょうど風呂を上がろうとしていた棗は立ち上がっていて、そうしたらウルが現れて、棗を見たウルが一言


 「うわ、絶壁」


 棗は真顔でウルを殴った。

 彼女が真顔になることは滅多にないとだけは言っておこう。

 ともかくして、こうして棗とウルの戦いは始まった。


 「謝ってください!あれはさすがにひどいです!」

 「うるっせェなァ!?俺のせいじゃねェって言ってんだろ!?魔王とレキにお前んところに強制転移させられたんだよ、俺は被害者だ!」

 「それじゃないですよ!それはもういいですよ!絶壁って言ったことですよ!」

 「俺は真実を言っただけだろ。なんで謝らなけりゃならねーんだよ!」

 「ウルさん、ほんとうに私と友達になりたいんですか!?」

 「お前と友達になりたいなんざ言った覚えはねぇよ!?」


 お互い一歩も引かない攻防戦。

 もう何時間打ち合っただろうか。空を照らしていた日が沈んで、月が空を照らし、また日が空を照らしはじめようとしていたときに勝負はついた。

 先に降参を持ちかけた、というよりかは疲れたと言ったのはウルだった。


 「俺は明日も仕事なんだよ。お前に付き合ってられるほど、暇じゃねーんだわ」


 打撲痕や擦り傷まみれのウルは、スプリングが飛び出したベッドに大の字に寝ころんだ。

 ウルのそれは負け惜しみなどではなく、ほんとうに疲れていたのだろう。朝はピンと立っていた耳が今はへにゃりと垂れていた。


 「……私も、疲れました。すごいですね、ウルさんは」

 「あ?当たり前ェだろ。俺はすごい。だから魔王に騎士団のトップを任せられてる」

 「ふふ。ほんとうに、すごいですね」


 棗の読みが正しければ、ウルはまだ5時間は余裕で戦えたし、その場合自分は負けていた。棗が肩で息をしているのに対し、ウルは全くと言っていいほど息を乱してなかった。

 棗もへなへなとその場に座り込む。


 「つーかなんで誰も止めに来ねーんだよ」

 「たしかに。誰も来ませんでしたね」


 ウルと棗2人が首をかしげたところで、ウルだけがレキの企みに気づいた。

 あの野郎、聖女がどれだけの力を持っているか俺で試しやがったな。つーことは魔王もグルか。ウルは戦闘バカだが、賢い男だった。


 「おい、聖女」

 「いたた。蹴らないでくださいよ、ウルさん」


 起き上ったウルは床に座り込む棗を蹴る。棗が顔をあげてウルを見れば、彼はなんとも悪そうな顔で笑っていた。ウルの犬歯がキラリと光る。


 「お前との戦いはわりと楽しめたァ。だから褒美をやる」

 「え?ご褒美ですか!なんで…」


 棗が言い終える前にウルは棗の頭を叩いた。

 どういう原理か。ウルに叩かれた瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪み宙返りをしたような浮遊感に襲われた。ぐるりと目が回ってやっと平衡感覚をつかめたとき、棗はやわらかくてすべすべしたものの上にいた。

 

 「うわぁっ!?」


 叫んだのは棗ではない。

 わりと近くで聞こえた声に、もしやと顔をあげれば。棗の目の前には、


 「ま、魔王さん!!」

 「棗!?なぜ貴様が我の部屋に…ウルの仕業か」


 自分の腹の上に突如現れた棗に魔王は最初こそ驚いたが、彼女が体中擦り傷、打撲痕だらけであることからウルが棗を転送したことを悟った。

 一方の棗は大好きな人と会えて大喜びだ。しかも自分は今、彼に抱き付いている。彼女はこの地でできた友人に感謝した。


 「持つべきものは友ですね」

 「友?」

 「ウルさんは私の友達です」

 「はあ?」


 疑問符浮かべまくりの魔王に気づかないのか、棗はうふふと魔王の腹に頬を摺り寄せる。某映画のツインテール娘のポジションは最高だった。


 「って駄目ですよ!私は魔王さんと結婚するんですから!あんなポジションに甘んじたりはしません!」

 「貴様はなにを言っている?頼むから我にもわかるように話してくれ」


 魔王はさきほどまでぐっすり眠っていたのだ。

 まだまだ頭が通常通りには働かない。

 そう、頭が働いていなかったからに違いない。


 「貴様は危機感が足りないのではないか?」

 「へ?」


 魔王は自身の鋭い爪を棗の喉元に押し当てた。

 棗は意味がよくわからないのか目を瞬かせる。そんな棗の態度が魔王を苛立たせた。


 「なぜ怯えない。我の爪は貴様の喉を容易に掻き切ることができる。貴様は小さい。逃げても捕まえて殺せる。我は棗を殺すぞ」

 「えー。無理ですよ」


 棗は笑ってしまった。

 魔王が真面目な顔をしていたからなにを言われるのかと、もしやプロポーズされるのではとどきどきしていたら、出会ったときと同じようにやさしい言葉をかけられたのだ。

 私の大好きな魔王さんはブレませんね。


 「意味がわからん」


 困ったのは魔王の方だ。

 のんきな棗に苛立って殺すと脅したのに、棗は幸せそうに笑うのだ。爪はまだ棗の喉元に押し当てられたままだというのに。


 「魔王さんに私は殺せませんよ。魔王さんはやさしい人だから」

 「……貴様は我に幻想を抱いているだけだ。我のことを何も知らない」

 「でも魔王さんも私のこと、知らないですよね」


 棗はきゅっと魔王の爪に自分の喉を押し当ててみた。するとおもしろいことに魔王が慌てて手を引っ込めたのだ。


 「ほらやっぱり、殺せません。魔王さんは人を殺したくないんですよね」

 「なにを言って…」

 「私を攫ってくれた時も、魔王さんはコスプレヤクザさんたちに危害を加えなかった。私を連れ戻しにきたときも、魔王さんはあの人たちに一切手を出さなかった。魔王さんは暴力が嫌いです。人を殺せません。やさしいです。好きです。結婚してください」

 「…っ!」

 

 やさしく微笑む棗に魔王の心は揺れそうになる。

 が、魔王は首を横に振った。


 「やはり貴様は知らない。勘違いをしている。我は、いともたやすく命を奪う」


 眠れ。魔王の低くて優しい声が頭に流れた瞬間、棗はコトンと眠りに落ちた。

 自分の腹の上でスヤスヤ寝息を立てる棗を、魔王は焦がれるような羨むような困惑した瞳で見た。


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