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4.喧嘩を売る=あなたと友達になりたいです(照)

 「えーっと、だれが被害者ですか?」


 背後で聞こえた聞き覚えのあるアルトの声。

 振り返り、棗は青ざめた。


 「レ、レレレレキさんっ!」

 「ウルはいないようですね。彼には棗さんの護衛をお願いしていたんですけど…」

 「あわわわわ!」


 棗の脳内を巡ったのは魔王とウルの顔。

 魔王さん、ごめんなさい!喧嘩を買うのが礼儀とはいえ、あなたのお仕事仲間であるメイドさんを殴ってしまいました!

 ウルさん、ごめんなさい!これってレキさんにチクったことになっちゃいます!?

 

 「レ、レキさん。お願いします。魔王さんとウルさんにこのことは…ひぇ」


 言いかけて止めた。レキは笑っていた。なのに目がちっとも笑っていなかったのだ。

 確実に怒っている。もちろんその怒りが自分に向けられている気配はないが、とても怖かった。棗に尻尾が生えていたなら、足の間に入って震えてしまうくらいの眼光の鋭さである。


 「…魔王様はともかく、ウルもですか?もしかして彼にチクったら殺すとか言われました?」

 「い、言われてナイデス!あの…ウルさんは私の部屋に結界を張ってくれまして。私が部屋から出てしまったので、これは自己責任で…」


 このままではウルが殺されてしまう。棗はあわあわと弁明するが、焦っているために全く要領を得ない。棗もそれを自覚しているのか半泣きだ。その様子に同情したのか、レキは目元を和らげた。


 「落ち着いてください。歩きながらお話しましょうか。部屋までエスコートさせていただいても?」


 かわいい笑顔を浮かべるレキに腕を差し出され、棗は慌てて首を横に振った。

 

 「レキさん、お仕事ありますよね!?私一人で帰れるので大丈夫ですよ!」

 「異世界からのお客人を部屋までエスコートする。これも魔王様の部下であるぼくの仕事の一つです。ぼくから仕事を奪わないでいただけますか?」

 「あわわ…」


 顔を覗き込まれてしまい、思わずどきっとする。

 棗は魔王のことが好きだが、異性に慣れているわけではない。かわいい系の年上男性に顔を覗き込まれれば、心臓がばくばくしてしまう。


 手慣れているレキはくすりと笑うと、頬を桃色に染め震える棗の手を取り歩き始めた。

 

 しばらく歩いて棗も落ち着いた。

 だから棗はレキに話した。ウルは悪くないこと。部屋を結界に張ることで護衛の仕事を果たしたこと。魔王に会いたくて部屋を出てしまったこと。


 「だから私が悪いんです。ウルさんは悪くないです!」

 「ふふ。わかりましたから。落ち着いてください」


 詰め寄る棗をレキは穏やかになだめる。

 棗は感動した。レキさんはちゃんと私の気持ちを理解してくれた。これでウルさんがレキさんに怒られることはない!と。


 「ありがとうございます、レキさん!」

 「いえいえ」

 

 ぺこりと頭を下げる棗を見て、レキは馬鹿だなぁと笑う。

 レキは「(聖女がクソ馬鹿だって)わかりましたから」と言っただけだ。普通にウルに文句は言うし、魔王にもウルが棗の護衛をさぼったことを報告する。


 だけど…人の言葉をすぐに信じて、疑いもしない。こういう馬鹿が一番厄介なんですよねぇ。レキは内心でため息をついた。

 この手の者はどういうわけか気難しい人間の心にほど、するりと入り込むことができる。聖女は真実を見る力を持つと言われているし。あの子には絶対に近づかせるわけにはいかないな。

 

 一方で笑顔の裏でレキが何かを考えているのか、まったく知らないし考えもしない棗はよかったよかったと笑っていた。


 「そういえば、魔族さんたちはかわいいですね」

 「はい?」


 唐突で突拍子もない言葉にレキの声はつい裏返ってしまった。

 まさか自分の容姿のことを言っているのか?被害妄想の激しいレキは少し苛立つが、


 「さきほどメイドさんたちに喧嘩を売ってもらったのですが、その喧嘩がとてもかわいらしくて」


 えへへと棗が照れたように笑うので、苛立ちは霧散した。

 喧嘩を売られてなぜ照れるのかと疑問に思うが、細かいことは考えなくていい。適当に話を広げよう。


 「その言い方では、棗さんの世界の喧嘩は物騒なのだと解釈してしまいますね」

 「物騒…うーん、鉄パイプで背後から殴りかかるっていうのは物騒になりますかね?私の住んでいた地域では、これがスタンダードな『喧嘩を売る』だったのですが」

 「……あー、物騒だと思いますよ」


 ちなみに喧嘩を売る=鉄パイプで殴るではない。棗が育った環境が特殊なだけだ。


 「そうなんですか!?じゃあもしかして、こちらの世界では喧嘩が終わった後、お友達になったりしないんですか!?喧嘩が友達になるための手段ではないんですか!?」

 「なんですって?」


 思わず聞き返せば棗は驚愕!とレキを見る。が、驚愕だと叫びたいのはレキのほうだ。

 

 「私のいた世界では、拳で語り合うんですよ。そして喧嘩が終わった後、「お前やるじゃねーか」「お前もな」と言った具合に友達になります。だから売られた喧嘩を買わないのは、あなたとは友達になりたくありませんという意味になってしまうんですよ」


 母に教わりました。棗は胸を張ってうなずく。

 レキは思った。この親にしてこの子あり。これは絶対に普通じゃない。棗の一家が特殊なだけだ。真実、その通りである。

 しかしそこでレキは閃いた。


 「……そういえば、似たような話を聞いたことがありますね」

 「え!ほんとうですか!」

 「はい。たしか、ウルが棗さんとまったく同じことを言っていました」


 嘘である。


 「えー!そうだったんですか!」


 たしかにウルさんとは同じ匂いがしたんですよぉ~。棗はすぐに騙された。そして同類にされてしまったウルの哀れなことよ。レキは笑いを堪えるのに必死だ。


 「ぼくが思うに、ウルは今日棗さんに喧嘩を売ったのだと思いますよ」

 「なんと!」

 「彼、素直じゃないので。棗さんと友達になりたかったけれど、どうしていいかわからなくて部屋から出るなとあなたに命令したのでしょう」

 「あれは喧嘩を売っていたんですね!」


 棗は喜んだ。ウルと友達になりたいなぁと思っていたからだ。

 レキも喜んだ。聖女の戦闘データがほしいなぁと思っていたからだ。


 「私早くウルさんと喧嘩してお友達になりたいです!ウルさんと友達になったら魔王さんのお話をいっぱい聞かせてもらえますよね!」

 「それではウルにすぐ棗さんの部屋に向かうよう伝えておきますね。ウルは魔王様と幼馴染ですから、きっとたくさん思い出話を聞かせてくれますよ」

 「ほ、ほんとうですかぁ~!!」


 悲しいかな。ウルにはまともな友達が魔王しかいない。

 そうこうしているうちに棗の部屋に到着した。


 「レキさん、ありがとうございました」

 「お礼を言うのはぼくのほうです。とても楽しい一時を過ごせました。…ですが、もっと、あなたとお話がしたいです」


 レキは艶やかな笑みを浮かべて棗の手を取る。

 聖女はきょとんとした顔でレキを見ていた。こちらの方向での攻めは違ったらしい。作戦を変えて今度は人懐こい笑みを浮かべた。


 「魔王様ではなく、ぼくにしませんか?ぼくならあなたの想いに応えることができますよ」


 そしてその手を自身の口元に持っていく。が、気づけばレキの手から棗の手は消えていた。

 顔をあげて聖女を見れば、彼女はいたずらっ子のようにクスクス楽しそうに笑っていた。


 「うふふ。レキさんはチャラ男というやつですね。母が言っていました。チャラ男はよく女性を口説くけれど、それはどれも本気ではないから相手にしてはだめよって」

 「…お母様もたまにはまともなことを言うんですね~」

 「え?母はいつもまともですよ?ともかく、私は魔王さん一筋なので、ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げる棗の頭をレキはなでた。


 「わわわっ」

 「フラれてしまいました。悲しいです。…棗さん、あなた髪がべたべたしていて気持ち悪いですね」

 「コーンスープを頭からかぶりましたからね」


 コーンスープ臭くなった己の手を見てレキはやれやれと肩をすくめる。

 魔王は言葉の通り魔族の王だ。そんな彼が聖女に求婚されているなど体裁が悪いにもほどがある。棗は魔王には一目惚れしたらしいから、惚れっぽいのだろうと考え自分に好意が向くように振る舞ってみたが効果は言わずもがな。そのうえチャラ男だなんて言われてしまう始末。ここは魔王様に頑張ってもらうしかないようですね。


 一方の棗は頭がぐしゃぐしゃにされて少し不満だ。だが昔遊んでくれた年上のお兄さんがよくこうやって棗の頭をなでてくれたので嫌な気はしなかった。

 

 「まあぼくは棗さんの味方も、魔王様の味方もしません。せいぜい頑張ってください」


 レキは苦笑しながらその場を去った。


 小さくなっていくレキの背中を見ながら、棗は気づいた。


 「あ。レキさんに魔王さんの部屋につれていってもらえばよかったです」


 そもそも彼女が部屋を出たのは、魔王に会うためであった。

 ああでも大丈夫だ。棗は茶色の瞳を輝かせた。


 「ウルさんに案内してもらえばいいですよね!」


 30分後、入浴中にウルとエンカウント、からの20時間耐久バトルをすることになるとは棗はもちろんウルも思いもしなかった。


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