表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

1.迎えに来たので脅しました

 それは魔王の補佐役を務める童顔の青年――レキが、会議室で書類を整理していたときのことだった。彼は青い空を飛翔する黒竜の姿をとらえた。

 

 「…あれ?」


 黒竜――魔王はよろよろと今にも墜落しそうな不安定な飛行をしていた。レキは首をかしげる。常日頃から政務に追われる魔王は年中寝不足気味で、飛行が安定しているほうが珍しいくらいだが、いつもはもう少し軽快に空を飛んでいる。

 まさか人間界で何かあったのか?

 嫌な予感にいても立ってもいられなくなり、レキは魔王を迎えに行くべく、自身の姿を小さな黒竜へと変え窓から外へ飛び立った。目指すのはもちろん人間界との国境だ。


 国境へと続く森を眼下に飛翔していれば、太陽の光に反射して輝く銀色が目に入った。レキの顔が渋くなる。めんどうなやつを見つけてしまった。相手に気づかれる前に魔王と合流しようと飛行速度を上げたが、一足遅かった。


 「よぉ、レキ~」

 「げ…」


 狼の耳を持つ銀髪の男がにやにやと笑いながらレキに話しかけてきた。地上と空とではかなりの距離があるのに、相変わらず良く通る声をしている。


 「お前も魔王のへろへろ飛びを見たんだなァ」


 彼もレキと同様に魔王の異常に気づき、国境に向かって森の中を走っていたようだ。

 野性的な美しさを持つ、悪く言えば血の気の多そうなその男は軽く跳躍し、空を飛ぶレキの背に飛び乗った。


 「ぐっ。重…」

 「おっせぇな。もっとスピードでねぇのか」

 

 こうなることがわかっていたから、気づかれたくなかったのだ。

 この男はいつもレキに飛び乗ってくるし、話を聞かない。

 早く進めと背を叩いてくる同僚をレキは尾で殴る。


 「ウル、降りてください。ぼくが背に乗せるのは女性だけです。男とか最悪です。というかお前、仕事は?」

 「あ?」

 「し・ご・と!お前は自分が騎士団長であることを忘れたのですか!」

 「あー?俺がいなくても大丈夫だろ。人間ども弱ぇし。お、着いたな」


 人間界と魔界の国境に到着したところでウルはレキの背から下りた。レキも顔に青筋を浮かべながら竜から人型へと姿を戻した。


 「その弱ぇ人間たちに出し抜かれたのはどこの狼ですか」


 めんどくさそうに顔を歪ませるウルをレキがにらむ。

 今回聖女が召喚されたのは、ウルたち騎士のせいとも言えるからだ。


 「お前たちが宝物庫をきちんと守っていれば、何者かに召喚術書を盗まれることもなかったのですよ!」

 「あーはいはい、それは申し訳ございませんでした」


 罰として減給されたんだからそれでいいだろ。ネチネチうるせぇなァと悪態をつくウルをレキがさらににらむ。


 「お前、反省していませんね」

 「今更なこと言うなよ。お前も魔王も俺が反省した姿なんて見たことないだろ」

 「…。」


 ウルが反省している姿を想像したら、胃酸が口の中に広がった。


 「見たことありませんし、実際に見たら気持ち悪くて吐くと思います」

 「ほらな。だから俺は反省しなくていいんだよ。だいたい聖女なんか召喚したところで、たいした戦力にならねーだろぉ」


 ウルもレキも魔王も幼いころに、聖女について教わった。

 聖女とは悪しきを払い、真実を見る力を持つ者。詳細は不明だがその力は膨大。だが戦闘には不向きの能力であるとのこと。


 「ぼくもお前のように楽観的に生きたいものです」

 「ま、聖女が襲ってきても俺が返り討ちにしてやるから安心しろ」


 ギャハハと笑いながらウルはレキの肩に手を回す。重たい。


 ウルとレキは魔王と同じく生を受けて23年目になるが、ウルは図体がでかく、一方でレキは魔族の平均身長よりも小柄だ。そのためウルに肩を組まれるとレキの体はぺしゃんこに沈むのだ。

 もちろんやられっぱなしで終わるわけがない。レキはウルのふさふさのしっぽの毛を束で抜いた。


 「いっでぇ!おまえっ、このチビドラゴンが!また毛抜ぎやがって、わかってんだろうなァ」

 「やりますか?受けて立ちますよ」


 互いの襟首を掴み、喧嘩が始まる。そう思われたときだ。


 「帰ってきて早々部下が喧嘩を…はぁ、2人ともやめてくれ。我を心労で殺すつもりか?」


 頭上で聞こえた静かな声に振り返れば、黒竜――魔王がため息をつきながら2人を見下ろしていた。レキもウルも上司の手前、襟首を掴んでいた手は離す。


 「お疲れ様です、魔王様。聖女召喚は阻止できましたか?」

 「おう、魔王~。飛んでるの見てたぞ~、フラフラしやがって腹でも下したか~?」

 「ちなみに先にしかけてきたのはウルです…痛っ」

 「おー怖ぇ。手が勝手に動いちまった。気をつけろ、敵の攻撃かもしれねぇ…ってぇな」

 「本当ですね。ぼくの手も勝手に動いてしまいました」

 「…はぁ」


 なぜこの2人はこんなにもそりが合わないのか。バチバチ火花を散らす幼馴染たちを見て魔王の頭は痛くなる。

 が、次の言葉でいっそう頭が痛くなった。


 「わわ!魔王さんのお友達はお2人とも別嬪さんですね~。あ、ご挨拶が遅れてすみません。私は棗と申します!魔王さんの妻です!」

 「「……は?」」


 魔王の前足からするりと下りてきたのは棗だ。

 キラキラ眩しい笑顔で棗はレキとウルに挨拶をする。魔王さんのお友達ってことは、きっとお仕事帰りに私たちの家によってお酒を飲んだりしますよね!仲良くなっておかなきゃ!お2人はどんなおつまみが好きなのでしょうか?


 恐ろしいことに棗の脳内ではすでに魔王との新婚ラブラブ生活がスタートしていた。


 なぜ聖女がここに?魔王の妻?は?理解が追いつかないレキとウルは間抜け面で棗を見ていたが、次の瞬間には


 「アハハ!」

 「ギャハハ!」


 2人とも腹を抱えて笑い出した。

 さすが幼馴染。遠慮がない。こういうときだけ2人は気が合う。魔王は不貞腐れて地に伏した。


 「アハハ!聖女が妻!?え、魔王様は召喚を防ぎに行ったんですよね?聖女に求婚したんですか?アハハ!」

 「ご安心ください。魔王さんではなく私が求婚しました。そしてフラれました。ですが私は諦めません!」

 「安心できないし、諦めてくれ」

 「ギャハハ!魔王、お前ェ情けねぇ声だなァ。ウケル!だからフラフラ飛んでたのか」

 「ずっと彼女に結婚しろと迫られていたんだ。疲れも出る」


 洗脳するつもりかと疑うほどに、棗は「好きです。結婚してください」と「世界亡ぼします」を魔王に囁いていた。そのせいで魔王の脳内では棗の愛の告白と脅しがBGMのように流れ続けている。


 「あ?なら気絶させろよ。お前が殺気とばせば人間なんてすぐぶっ倒れんだろ。なにやってんだ。日酔っちまったのかァ?」

 「そんなっ違いますよ!魔王さんはヒヨッチマッタってやつじゃありません!私が脅したんです!私と結婚してくれなきゃ、世界を亡ぼしますよって!」

 「「聖女が魔王を脅した!?アハハ!ギャハハ!」」

 「…棗、貴様はもうしゃべるな」

 「は、はい!」


 魔王さんが棗って私の名前を呼んでくれた!えへへ~と棗は幸せそうに笑う。彼女は惚れた男が今、自分のせいで絶賛不幸せであることに気づいていない。

 

 「とにかくそういうわけで、棗の処遇をどうするか判断に困っている。なにかいい案はないか」

 「いや、なにがそういうわけだよ」

 「ぼくたち笑っていただけで、なにも理解してませんよ」

 「……。」

 「見つけたぞ魔王!聖女様を返せ!」

 「きゃあ!コスプレヤクザさんたちが!そんなにも私の小指がほしいんですか!?」

 「あ?なんだァ、勇者率いる魔法騎士団の皆さまじゃねーかよォ」

 「まあ聖女を奪われたらそりゃ奪い返しにきますよね」

 「……。」


 魔王はもう泣きたかった。


 さすがの棗も大好きな人の負のオーラには気づいた。

 魔王さん…とても疲れ切った顔をしています。私が彼を守らなきゃっ。


 恋する乙女は無敵だ。愛する人を守るために、棗はいまにも魔王に襲いかかろうとしていた勇者一向の元に走っていった。


 疲れのせいか、厄介な聖女が厄介な行動を起こしたことに魔王は気づいていない。休息を訴える身体に鞭を打ち魔王はレキに指示を出す。

 

 「ここは我が引き受ける。レキ、とりあえず棗を城へ…」

 「聖女なら人間たちの元へ向かいましたよ」

 「……。」

 「でもって人間どもを殴ってる。あいつ相当狂ってるなァ。ほんとに聖女か?」

 「……。」


 棗は聖なる力を拳にのせて、自分の小指を狙って追ってきたであろう人間たちを一網打尽にしていた。屍の山はみるみると積み上がり、彼女は最終的に勇者と対峙した。


 「くっ。なんて強さだ」


 棗の一撃一撃はとてつもなく重い。こんな可憐な少女におれが負けるなんて。これが聖女の力だというのか。勇者は驚きと同時に焦りを覚えた。


 「私の小指は誰にも渡しません!左手の薬指は魔王さんのものですけどね!」


 ふざけたことを言いながらも(本人としてはいたって真面目なのだが)、棗も自分の力に驚いていた。

 私、こんなに強かったでしょうか?


 もとより棗は強かった。「一目惚れの家系」は惚れた男を脅してでも手に入れろという家訓を体現するように、一族の女は皆戦闘能力が高かった。棗はかれこれ17年間生きてきたが、喧嘩で負けたことは一度もない。

 だがしかし、1対100で勝てるほど強くはなかった。


 なぜ急にパワーアップした?棗は首を傾げ、気づいた。


 「これが、愛の力というやつですね!」

 

 ちがう。


 「愛の力だと!?」


 ちがう。


 勇者はそれを聞いて青ざめた。むろん、彼は棗が愛の力でパワーアップしたとは思っていない。が、


 「魔王が、聖女様に魅了の魔法をつかったのか!人の心を操るなんて、なんてことを!この極悪非道の化け物め!」


 勘違いはしていた。

 一方で愛する人を化け物呼ばわりされた棗は顔を真っ赤に染め上げ怒った。


 「魔王さんになんてこと言うんですか!許せません!魔王さんに謝ってください!謝らないなら痛いことしちゃいますよ!私は本気です!」

 「くそ、聖女が我らを脅してくるなんて。魔王はどれほど強い魅了の魔法を彼女にかけたんだっ!ひとまず撤退するが、覚えておけ魔王!必ず聖女を救い、我ら人間がお前を討ってやる!」

 「……。」


 この場において魔王だけが被害者だ。


 勇者たちは悔しげに魔王をにらみつけてから撤退した。棗はその背中に思い切りべーっと舌を出す。


 棗の愛する人をいじめるものは皆敵だ。出会ってまだ1時間も経っていないが、魔王に対する棗の愛は深い。絶対に魔王さんを守る!


 棗が決意を新たにする一方で、守る宣言された魔王は、とりあえず肩を震わせているチビドランゴンとオオカミに後で覚えとけよと殺気を向けた。


 「あ!魔王さ~ん!どうでした!?私、甲斐性ありますよね!見てくれてました?」

 「……。」


 返り血まみれの棗はすっばらしい笑顔で魔王の元へ走ってくる。走るたびにピチャピチャと飛び散る赤い血が地面を汚す。

 魔王が静かに天を仰いだのは言わずもがな。


 「ップ。アハハハ!もう無理!笑いを堪えられませんっ。甲斐性って、それは普通男性側、つまり魔王様が見せるところですよ!アハハ!」

 「ギャハハ!魔王、てっめぇダッセーなァ。女に守ってもらうってか!?ギャハハ!」

 「……。」


 数秒後、バカ笑いするレキとウルに雷が落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ