鈍感な君の悲劇
いつもと変わらない日常。
ホームルームが終われば、すぐに家に帰る。
気づけば2年生になっていて、リュウの話は1年生でも話題になっていることがわかるくらい人気だ。
昔は少し嫌だった。
同性だし、叶わない恋だなんて思っていても、ライバルには変わらないから。
でも今はなんでもない。
僕の初恋は終わり、今は新しい恋を見つける時だと感じる。
次は僕の感情がしっかり伝わる子がいい。
相手が鈍感だったら、他の人に取られちゃうかもしれないから。
そんなことを考えていた日だった。
雨の土曜日。
いつも家にいるから天気なんて興味なかったけど、雨音がうるさくてあのゲームの小説化版を読もうとしていたが、集中できなかった。
昼の5時。
玄関のチャイムが鳴った。
今、両親はいない。
いない時間は配達の人も来ることはないはず。
お客さん?
疑問に思いながら、ドアを開ける。
すると、体が冷たくなった。
誰かに抱きつかれた。
濡れている。
僕の服が少しずつ濡れて行っているのを感じる。
雨の匂いと共に、吐き気がするほどの甘ったるい匂いがする。
「タツ、タツ…」
僕をタツと呼ぶ人は、1人しかいない。
どうして、君がここにいるの?
左肩が熱くなる。
泣いている。
君が泣く姿は見たことがない。
何があったの?
なんて優しい言葉がなぜか喉から出てくれなくて、僕は彼を抱きしめ返す。
「ごめんっ、ごめんっ…」
どうして彼は僕に謝るのだろうか。
抱きしめ返してからは、彼の力も強くなった。
ドアを開けっぱなしのせいで、雨の音が家の中よりうるさく聞こえる。
でも、そんな雨音すらかき消すくらい、かれの啜り泣く音は僕の耳を捉えて離さない。
「風邪ひくから、とりあえず中入りな。シャワーでも浴びる?服は小さいけどいいよね?同じ下着でも平気?」
「ゔん、ありが、とぉ…」
弱々しい彼を見ていると、胸が苦しくなる。
恋心が再び出てきたからじゃない。
彼の状態があまりにも酷かったから。
僕から離れた彼の首には赤い印があった。
そして、目は赤く腫れ、髪の毛も服も濡れていてもぐしゃぐしゃで、バックはチャックが閉まっていない。
僕の家に来る時、君の綺麗な顔でにこりと笑い、「お邪魔します」と優しく言う声が懐かしい。
でも、今の彼にはそんな暇がない。
僕が腕を引かなければ歩かない。
風呂場まで案内して、脱ぐ気のない服を脱がせる。
すると、首の他にも赤い印があった。
綺麗な肌についた赤い薔薇。
トゲがありすぎて触りたくない。
流石に下を脱がせるわけにも行かないため、「ちゃんとシャワーを浴びてね」と言い、脱衣所から離れ、自室から服を持ってくる。
戻った頃にはシャワーを浴びていた。
彼が歩いたことで濡れた床を拭き、自分自身も着替えて、洗濯機の中に入れた。
ついでに彼の分も入れ、回す。
バックは中を取り出すのは申し訳なくなるため、バスタオルで包み、僕の部屋まで持って行った。
廊下から聞こえる彼の啜り泣く音はシャワーを浴びていても聞こえる。
雨音よりも、シャワーの音よりも聞き取りやすいのは、彼が聞き取りやすい声をしているからか、玄関で聞いたあの声がまだ耳に残っているからか。
数分後、僕の服を着た彼が部屋まで来た。
僕の持ってある服でも大きめのものを渡したが、それでも少し小さかったみたいで、ふとした瞬間腹が見える。
ズボンはそこまで気にならない。
って、こんなに見てたら失礼か。
ベットを背に座らせ、用意しておいた保冷剤をハンカチで包んだものを目にあてる。
「これ持って。これ以上悪化させたら大変だから」
「ありがとう、ここまでしてくれて…」
「いいよ。リュウにはよく助けられてたし」
泣きすぎたせいか、枯れている。
まだ呼吸が荒い。
ダンゴムシのように丸くなるリュウの姿は、僕しかいない部屋でも安心できなさそう。
飲み物でも持ってこようと思い、立ち上がると、服の袖を掴まれた。
「リュ、リュウ?」
「あっ、ごめん…すぐ、戻ってきて」
「わかった」
急いで飲み物を用意する。
いつもの麦茶をおぼんに置いて持っていく。
部屋のドアを開けて中を見てみると、僕より少し大きなリュウが小さく見える。
下を向き、保冷剤で目を冷やしている。
「リュウ、少しでもいいから飲んで。ゆっくり深呼吸して」
「うん」
大きく息を吸い、吐く。
その後に麦茶を飲む。
その姿を見ながら、僕も少し飲む。
落ち着くまでお互いに黙り、僕は彼を目から離さなかった。
呼吸が整った後、彼は口を開いた。
「急ごめんね。ちょっと、色々あって…」
「いいよ。助けになれたなら」
その色々が気になる。
でも、その色々を聞いたらまた呼吸が荒くなる気がして、何も言えない。
僕の放った言葉に安心するような表情は嬉しくなる反面、嫌になった。
でも、何か覚悟を決めたような表情になって、目を震わせながら僕と目を合わせてきた。
「タツ、俺、お、れ…」
「辛いなら言うな」
「っ、」
「どうしてリュウがこうなったのかは気になるさ。でも、僕はまたリュウが嫌な目に遭う方が嫌だ」
本心からの言葉だ。
友人として、彼を助けたい。
今の弱々しいリュウを見ていると、傷つけたくない。
また泣きそうなリュウを見たくない。
「ごめん、言わせて…」
「言ったら、リュウは軽くなる?」
「うん、」
「わかった」
相談相手として、僕は務まらない気がする。
友達はリュウしかいない。
恋愛経験はリュウへ向けた恋以外にない。
リュウよりも何事の経験値も少ないのだ。
リュウが一体どうしたのか知らない。
大体の予想は彼の体についていたモノでつくが、それでも細かいことはわからない。
「俺、鈴花ちゃん、木下さんに襲われて、」
「おそわ、え?」
「起きたら手足縛られてて、俺ので遊ぶようにして、それで、それで…」
話をすると、涙がまた出てきていた。
僕の部屋にはもうティッシュしかなく、それをリュウに渡す。
呼吸も過呼吸になりかけながらも話してくれた。
今日はデートする予定だったが、雨が降ったせいで木下さんの家でデートをすることになったらしい。
最初は映画を一緒に見たり、喋ったりをしていたらしい。
ご飯を一緒に食べていた時に盛られたんだろう。
媚薬と睡眠薬を彼は摂取してしまった。
起きた時には服を脱がされ、手足を縛られ、彼の息子をフェラしたり、ゴムはありだが中に入れたりなどしたらしい。
リュウは快楽よりも恐怖が勝ったみたいだ。
嫌だと抵抗するも、ゲームに付き合ったんだからいいでしょ?と言い放ち、行為は続けられ、やっと解放された時に逃げ出したみたいだ。
気がつけば僕の家のベルを鳴らしており、今に至ると。
「俺、ほんとに、怖くて、こわくて…」
高校生はそれなりに性欲が強いお年頃だ。
相手がビッチでも頷ける。
しかしリュウはきっと純粋で、そこらの知識は基礎しか知らない。
手足を拘束されることがまず怖くなり、同意もなしに襲われたことで怖いが最大まで言ったのだろう。
リュウの顔はいい。
女で遊び放題だとか思う人もいる。
木下さんもその中の1人だったのかもしれない。
いや、2人が付き合ってからは5ヶ月は経つ。
そろそろいいと思ったのだろう。
彼女のいけないところは、無理やりと言うところだ。
でも、そんなことリュウにとっては知った事じゃない。
怖いものは怖いし、嫌なものは嫌だ。
「俺もう、鈴花ちゃんのところに、いれないっ…」
「リュウ」
優しく声を出して、両手を広げた。
いつもしない事だが、なんとなくそうしたかった。
リュウは涙目で飛び込んで、さっきは声を殺して泣いていたが、今は大きくして泣いた。
呼吸のしやすいようにリズムよく背中を叩き、もう片方の手ではふわふわの触り心地の彼の頭を撫でた。
いっぱい泣いた彼は、途中で寝落ちた。
目が腫れていても彼はイケメンで、寝顔は可愛い。
昔の僕だったら、彼の唇を奪っていたかもしれない。
ベットまで引き上げ、寝かせる。
たくさん泣いて、たくさん寝て、少しでも楽になればいい。




