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本日3回目の更新です。
「先程から王太子様は何度も実害が無いとおっしゃいますが、実害はあります!! ミーナを、傷つけたではありませんか!!」
「…………」
「市井の娘にその国の王太子がそういう態度で接してくれば、つい夢を見てしまうものでしょう。私を陥れようとしたのですから、確かにあまり良い心根ではなかったのでしょうが、どんなに乾いた藁でも、火を点けなければ燃えないんです! 慈しみ指導するべき民に要らぬ罪を犯させるような真似を自分の為にしでかしたのだと、もしバルバロッサが、魔王バルバロッサの作者が知ったとしたら、どう思うでしょうか? 王太子様は、そんな事をしてバルバロッサが喜ぶと、お思いですか!? 魔王バルバロッサを貶めたくないとおっしゃるなら、あの小説のファンとして恥ずかしい行為は、慎むべきではないですか!?」
王太子はじっとカトリーヌを見つめたが、ふっと目を和らげると、言った。
「分かった。もう二度とこんな事はしない」
そしてカトリーヌに頭を下げた。
「心配をかけて、すまなかった」
真剣に謝る王太子に、カトリーヌも表情を和らげた。そしてジークムントが座っていた、自分と向かい合わせの席を王太子に勧めた。
本来の定位置に席を移動すると、王太子がカトリーヌに尋ねてきた。
「カトリーヌ、民は慈しみ指導すべきだと言ったね。だから君はミーナにあんな処分を下すよう、母上に進言したのかい?」
「…………」
「我が国の修道院は良家の子女が罪を犯した場合の収容先であると共に、教育機関の役割も担っている。ミーナが入るリアール修道院は、確かに厳しい教育方針で有名だが、院長はかなりの人格者で、入った娘は礼儀作法も含めてきちんと指導する方だ。ミーナの扱いは行儀見習い、しかもそこで真面目に学べば、一年で家に帰ることが出来る。君は、ミーナを罰したのではなくて、機会を与えたんだろう?」
カトリーヌは苦笑した。この王太子、バルバロッサが絡まなければ、聡いのだ。
カトリーヌは紅茶のカップを取り上げると、一口飲んでから答えた。
「今回ミーナについては、この国の司法もかなり念入りに調べました。もしあの娘が誰かの指示を受けて私を婚約破棄するよう王太子様にねだったのであれば、あの騒ぎはそれこそ笑い事では済みませんから。ですが幸い、それらしき黒幕は見つからず、ミーナの独断によるものだという結論が出ました。同時にあの娘の事情も、詳しく分かりました」
カトリーヌはカップに目を落とした。
「ミーナの父親であるリットン男爵は水道工事職人の親方でしたが、浄水機能に関して大変有用な技術を開発した功績で男爵に取り立てられた者です。功績を挙げて貴族になったのですから大いに誇るべきなのですが、元が職人であった為、当然貴族社会のしきたりや礼儀作法には疎く、公の場ではかなり肩身の狭い思いをすることが多かったようです。それはミーナも同様で、交流するようになった同じ年頃の令嬢の間では、浮いた存在だったとか。屈辱を感じる事も、多かったでしょう。だから王太子様と繋がりが出来た時、何としてもこのチャンスを逃すまいとしがみついたのではないでしょうか。自分が王太子様の恋人どころか妃になれば、それこそ今まで自分達一家を見下してきた者達を見返せる。そう考えたとしても、不思議ではありません」
「――それで、リアール修道院?」
「ええ。仮にも罪人とされた男爵本人に、今の段階で必要な礼儀作法や教養を学ぶ機会を直接与える事は難しいですが、ミーナに処罰という形を取って修道院でしっかり学ばせれば、ミーナを通して男爵や男爵夫人、そして他の兄弟も、男爵家として貴族社会で体面を保てるだけの礼儀作法の知識や教養を得られるでしょう。我が国の為に働いて、その地位を得た家です。今ある名家とて、最初はそこから始まったのです。出来る事ならこの国に失望しないよう、名家へ進む道を歩ませてやりたいのです。少なくとも、その機会は与えられるべきだと、私は思います」
カトリーヌがそこまで言うと、王太子は首をかしげて微笑みながら尋ねた。
「でも、ミーナはそれを恩だと思うかな? ひどい修道院に放り込まれたと、君のことを恨みに思ったらどうする? それに、罪を犯したミーナとその家族を、この国の貴族達は、受け容れるかな?」
カトリーヌは王太子の意地の悪い問いに、微笑みで応えた。
「恨みを恐れて政は為せない。王太子様ご自身が私におっしゃった事ではございませんか。ミーナが私を逆恨みするかどうかは、私の関知するところではございません。私はただ、私がやるべきだと思う事をやる、それだけです。私が与えた場をミーナがどう受け取り、どう生かすか、それはミーナの問題でしょう。それからリットン男爵家に対する貴族達の感情ですが、まあ、それはさして気に掛ける必要は無いかと存じますわ。何しろ誰かさんがしでかした事の方が取り沙汰されていて、男爵家にはどちらかと言えば非難より同情の声の方が多いようですから」
そう言ってカトリーヌが笑うと、不意に王太子は真剣な口調でカトリーヌに言った。
「じゃあ、仮にミーナが修道院でちゃんと真面目に教育を受けて、非の打ち所がないレディになったとして、そんな彼女に僕が本気で惚れ込んだら、どうするの? 何しろ、彼女は僕の女神バルバロッサにこれ以上無い程似ているんだよ?」
次の更新は19時前後です。